四章 日々と成長
第31話
夏期休暇が終わって皆が魔法学校に帰ってくると、後期の授業が始まる。
「皆には前期の授業で、多くの呪文を教えました。もちろん、まだその全てを使える訳じゃない子も多いでしょう」
後期の最初の授業は、地下にある魔法の練習場に移動しての、基礎呪文学。
教科を担当するゼフィーリア先生は、久しぶりの授業に浮き足立って、集中力を欠いた僕らを見回して、溜息を一つ吐いてから、言葉を紡ぐ。
確かに、試験の前は魔法の繋がりの練習ばかりだったが、それ以前は授業の度に新しい呪文を教えてくれたから、既に結構な数を習ってる。
ざっと数えると……、火に関する魔法が、火を灯して、広げて、放って、弾けて、四つ。
水に関する魔法が、水を出して、形を変えて、放って、温度を下げて凍らせて、四つ。
風に関する魔法が、風を吹かせて、風に熱を帯びさせて、風に冷気を帯びさせて、強い風で打ち据えて、四つ。
土に関する魔法が、土を大地から盛り上げて、形を変えて、放って、石に変えて、四つ。
他に、光を灯して、闇に覆わせて、遠くの物を手元に引き寄せて、逆に強く押して、四つ。
……合計で二十の魔法を教わっていた。
あぁ、僕は他に、収集の魔法も習ったが。
「以前は魔法には系統に応じて適性があり、それに欠ければ習得は不可能だという迷信がありましたが、今ではそれは否定されています」
ゼフィーリア先生の言葉は続く。
そう、僕は今のところは、教えられた全ての魔法を習得しているが、これができているのは、クラスメイトの中ではほんの一握りだった。
ただ、習得してない呪文のあるクラスメイトが、出来が悪いのかといえば、決してそんな事はないと思う。
何故なら、多く呪文を取りこぼしてるクラスメイトも、魔法の繋がりに関しては上手かったりしたし。
そのクラスメイトは、火と風の魔法を多く取りこぼしてたから、系統への適性はあるんだと思ってたんだけれど、ゼフィーリア先生はそれを否定する。
「苦手な魔法には、それを苦手とする理由があります。例えば心のどこかで火や水を怖がっていたり、風や土のイメージが定まっていなかったり」
火を灯す事はできるけれど、広げたり、弾けさせるのは無理で、なのに遠くには放てるクラスメイトは、……なるほど、火が怖かったのか。
自分の中に恐怖があるから、心が火を大きくしたり、爆発させたりするのに躊躇いがある。
風のイメージが定まりにくいのも、確かにそうだ。
特に熱風、冷風を吹かせるイメージなんて、体験した事がなければ急に掴むのは困難だろう。
僕は、ドライヤー、冷風機、エアコンといった代物で、仕組みはさっぱりわからなくとも、熱風や冷風を浴びた経験、もといその記憶があるから、すんなりとイメージはできたけれども。
授業中にそれを成功させたクラスメイトも、ゼフィーリア先生が軽めの熱風や冷風を浴びさせて、それでイメージを掴んで成功させてた。
単に見本があったから真似る事に成功した訳じゃなくて、あれには熱風や冷風を経験させるって意味があったのか。
「もう少し高度になると、どうしても感覚が掴めない魔法や、或いは魂の力、魔法を操る才の不足という壁に当たる事もあるでしょう。ですが基礎呪文の範疇では、それはありませんから、安心して練習に励みなさい」
今、教えてる魔法は、練習すれば必ず習得できるのだと、ゼフィーリア先生は言う。
それは呪文の習得が遅れている生徒に、自分は魔法が不得手だと、才能がないのだと、苦手意識を持たせぬ為か。
苦手だと思い込み、魔法を成功させるイメージが持てなければ、呪文の習得は遠のくだけ。
なにも良い事なんてありはしないから。
「魂の力に関しても、成長と共に、魔法使いとしての経験と共に、強くなる事がわかってます。また高度な魔法も、工夫で難易度を下げる事はできます。魔法の繋がりもその一種です。故に安易に魔法使いとしての自分を見限らぬように。自分で限界を決めてしまえば、それ以上の自分はなくなります」
後期に入ったばかりの今、ゼフィーリア先生はこんな話をしてるのだろう。
という事は、つまり、今日は前期の復習をする様子。
夏期休暇の間に、呪文の習得に励んだクラスメイトもいると思うし、その確認もあるのかもしれない。
魔法学校の外では、大怪我を負っても癒してくれる医務室はないし、他の魔法使いも近くにはいないから、魔法の乱用は控えるようにって言われてた。
でも禁止されてる訳じゃないから、場所を選んで魔法を使ったクラスメイトは、きっと多い筈だ。
僕も、いやまぁ、僕は学校に残って過ごしてたけれど、呪文の練習も多少はしたし。
「それでは皆、今日は前期の復習をしましょう。扱う呪文の多さは、魔法使いとしての実力です。簡単な呪文でも構いません。多くの手札を揃え、状況に応じて適した魔法を行使する。それが優れた魔法使いです」
思った通り、先生が今日は復習だと宣言したので、残念ながら今日は新しい呪文は覚えられそうになかった。
まぁ、そういう日もあるだろう。
少し物足りない気もするけれど、新しい呪文を覚えられずとも、気兼ねなく魔法が使えるだけでも、それなりに楽しい。
「戦闘学では、もしかすると真逆の事を言われるかもしれませんが、それは戦闘という状況が特殊だからです。しかし魔法が必要とされる状況は、戦闘だけには限りません。寧ろそれ以外の方が、ずっと多いでしょう。この基礎呪文学では、一つでも扱える呪文を増やす事に専念しなさい」
ちなみに戦闘学の方でも、呪文は幾つか教わっていて、貝、盾、鎧の三種類の防御魔法と、力よ敵を撃てと唱えて発動する、基本的な攻撃魔法である魔法の矢で、合計四つだ。
しかし、ゼフィーリア先生は時折こうして戦闘学に言及するけれど、……何か思うところがあるんだろうか。
基礎呪文学の試験結果を、戦闘学の試験前にギュネス先生に伝えてるくらいだから、仲が悪い訳じゃないと思うんだけれど。
まぁ、確かにギュネス先生は、手札が多くても迷うだけだから、選択肢を絞って、自分の得意な魔法を磨き、戦い方を構築して身体に覚え込ませろって言っていた。
いや、逆にそう言うだろうって察してる辺り、ゼフィーリア先生がギュネス先生を、戦闘学を理解してるって事でもあるのかもしれない。
魔法を使った戦い方を教える戦闘学は、その魔法を教える基礎呪文学とは切り離せない科目だ。
だからこそゼフィーリア先生も、戦闘学の内容を把握しつつ、しかし戦いのみに思考を引っ張られないよう、基礎を大事にしろと言葉を重ねるのか。
魔法使いの活躍の場は、戦闘のみに限られる訳では、決してないから。
「キリク、ちょっと復習に付き合ってくださる?」
シズゥがそう誘ってきたので、僕は頷き、杖を握る。
彼女は土の魔法が苦手だから、今日はそこを重点的に復習しようか。
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