第9話
声は第二問を出題する。
―問題です。その救出した男性、彼の犯した罪は?
千里が不可解な面持ちになる。
―ヒント。十年前、七節町で発生した事件です。
声は続けて告げた。
―制限時間は三日後の午前十時。時間切れ、不正解、及び解答がない場合、七節町で人を殺します。今度はひとりではありません。
その発言に、捜査本部内の空気が張り詰めていく。
―配信は一旦中断し、当日、指定時間の五分前になりましたら再開します。その際に答えをおっしゃってください。皆さん、お疲れ様でした。
生配信は一時終了した。すると、高円寺は慌てた様子で言う。
「この街で事件が何件起きてると思ってんだよ。しかも十年前って・・・」
高円寺はそばにいた柿田に訊ねた。
「柴谷って男、前科はあるのか?」
「いえ。ありません」
壁に寄りかかっていた千里がポツリと声を発した。
「そいつの家や職場の近辺から洗ってみたらいいじゃない」
「警部に言われなくてもやるつもりでしたよ」
つんけんした口調で答えた高円寺は、捜査員らに各自指示を出す。そんななか、千里は滝石を呼び寄せた。
「滝石さん、ちょっと」
話を聞かれたくないのか、千里は歩いて高円寺と距離を置いた。
捜査員が散っていくと、高円寺はひとり、サイバー犯罪対策課のスペースへと向かった。
「堀切君、その後はどうだ?」
高円寺が堀切に声をかけた。
「もう少し時間をください。犯人が使用している端末が特定できそうなんです」
ノートパソコンを操作しながら答える堀切の肩を、高円寺はポンと叩いた。
「わかった。判明次第、報告してくれ」
千里は長机を隔てて向かい合う滝石に訊いた。
「竹林って奴、フリーライターだったんでしょ。第三の被害者」
「ええ」
「十年前もそうだったの?」
「はい。それがなにか?」
滝石が問うと、千里は申し入れた。
「だったら、その頃になんか事件の取材してなかったか訊いて来てくれない?七節町の事件があれば詳しく」
千里には思うところがあるのだろう。滝石はうなずいた。
「わかりました。再度、聞き込んできます」
「私は地検に行ってくる」
「地検って、東京地検ですか?」
「そう」
一時間後、東京地方検察庁のロビーに千里はいた。そこに男がやってきた。オールバックにした黒い髪、目鼻立ちがはっきりとした顔、紺のスリーピーススーツでかっちりと身を固め、四十代前後といった様相の男は、検事の
「緋波警部、お久しぶりです。去年の公判以来でしょうか」
微笑んだ望月は、折り目正しく挨拶した。千里はそれを仰々しく感じていた。
「それで、ご用件は?」
望月が千里に問いかけた。
「供述調書、見せてくれる?」
「供述調書ですか?」
「十年前に七節町で起きた事件の」
千里はスマートフォンを取り出し、画面を望月に見せて続ける。
「で、そのなかに、このふたりの名前が記載されてるやつがあるか、調べてほしいんだけど」
スマートフォンの画面にはメモ帳アプリが表示されていた。第一と第二の被害者の名前のみが打ち込まれている。望月が目を細めてそれを見た。
「検察ならできるわよね?」
千里が訊ねた。望月は少し考えると、笑顔で答えた。
「正攻法ではないですが、まあ、構いませんよ」
望月が通路に向けて手のひらを差し出した。
「どうぞ。こちらです」
同じ頃、警視庁の廊下を綿矢が歩いている。角を曲がったところで鑑識課の芳賀が立っていた。綿矢は会釈して通り過ぎると、芳賀がついてきた。
「綿矢。お前、麻木をクビにするつもりなのか?」
どこからその情報を摑んできたのか。綿矢は不明瞭ながらも答えた。
「はい。監察も同じ決定を下すはずです」
綿矢の背中を追う芳賀は問い詰めた。
「麻木の奥さんが病気なのは知ってんだよな?」
「ええ」
「その奥さんのために、あいつが横領したのも知ってたんだろ?」
「ええ」
ひと言で片づけた綿矢がエレベーターの前で止まり、上りボタンを押した。
「確かに麻木のしたことは悪い。クビになって当たり前だ。でもな綿矢、せめて奥さんの病状が安定するまで待ってやっちゃくれねえか。あいつは逃げることなんてしねえよ」
芳賀は綿矢を見ながら、麻木に恩情をかけてもらうべく説きつける。だが、当の綿矢は正面を向いたまま即座に一蹴する。
「できません」
その無慈悲さが解せぬ芳賀は、やや感情的になった。身内同士の馴れ合いが良くないのはわかっている。しかし、この場合は趣が異なる。
「お前の部下だろ。それともなにか?お前の出世に響くからか?」
黙っている綿矢に、芳賀はさらに言葉を重ねた。
「綿矢、お前が率先して麻木の不正を告発したらしいじゃねえか。上司の自分から言えば、少しは責任を問われずに済むもんな。参事官の椅子が近いお前にとっては、身辺に悪影響が及ぶ奴は取り除きたい。だからそうしたんだろ」
到着音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。綿矢は中に入ると振り返り、芳賀に正対して言い切った。
「芳賀さん。あなたならば融通を利かせるでしょうが、私は一切、そんなことはしません」
綿矢はボタンを押して扉を閉めた。芳賀は眉を顰めながら、その場に立ち尽くした。
数時間が経ち、夜となった。聞き込みを終えた滝石が帰署すると、制服姿の若い女に呼び止められた。両手に山積みされたファイルを抱えている。
「あの、この署の方ですか?」
その女、七節警察署交通課の巡査、
「ええ。そうですよ」
「刑事課はどこにあるんでしょう?」
黒いストレートボブの髪型、少し垂れた大きな瞳、小さな鼻と唇。二十代の前半といった茉莉の顔立ちは、初々しい印象を感じさせた。
「自分、刑事課なんで案内しますよ」
温和な笑みを浮かべた滝石は、茉莉が手にしているファイルに視線を向けた。書類がぎっしりと綴じられた分厚い物ばかりで、とても重たそうに見える。
「あとそれ、持ちましょう」
滝石はファイル一式を軽々と受け取ると、茉莉をエスコートした。
茉莉は廊下を歩きながら申し訳なさそうに言った。
「すみません。私、警察学校出てからここに配属されたばかりで、まだ右も左もわからなくて」
「新人なら、みんなそうですよ」
その隣で滝石が笑顔で返した。
「刑事課っていえば、今、捜査本部が立ってますよね?」
茉莉が滝石に訊ねた。
「はい。鋭意捜査中です」
「犯人がクイズを出してるとか?」
「うーん・・、そうなんですど・・、外では言わないでくださいね」
滝石がやんわりと釘を刺した。
「あれ、言ったほうがいいのかな・・・」
茉莉が呟く。その声が耳に入った滝石が問いかける。
「ん?なにか気になることでもあるんですか?」
「署内でなんですけど、何日か前にスマホで変な話をしてる人がいて。それを偶然聞いちゃったんです」
「変な話?どんな話をしてたんです?」
滝石が重ねた問いに、茉莉は答え始めた。
刑事課の前に着いた滝石は、茉莉にファイルを返した。
「ありがとうございます」
笑顔で礼を述べた茉莉が室内に入っていくやいなや、顔色を変えた滝石は、捜査本部のある会議室へと駆け出していった。
その捜査本部では、捜査会議がちょうど開かれたところであった。会議室に入った滝石は、最後尾の席に座る千里の隣席に腰掛けた。
「緋波さん、あとでちょっとお話が」
千里は滝石を一瞥し、ひと言返事をした。
「終わったら聞く」
進行席にいる高円寺がマイクに向けて言った。
「諸星、柿田組。報告を」
そのふたりが手帳を持ち起立した。先に柿田が切り出す。
「柴谷功吉の自宅、及び職場近辺で起きた事件がないか探ったところ、それには該当しませんが、十年前、柴谷の店の近所に住む女の子が殺害された事件が一件ありました」
進行席に設置された三台の大型モニターに、事件現場の写真画像が数枚映し出された。
その十年前の事件は、六月の終わりに起きた。被害者は
報告を聞いた高円寺が後ろのモニターを指差して訊ねた。
「この事件に柴谷が関わってるっていうのか?」
柿田が難しい表情で言う。
「わかりません。柴谷は二十年前から電器店を経営していますが、当時は名前が全く上がっていませんでした」
さらに高円寺が訊く。
「布施は今も服役しているのか」
それには諸星が答える。
「いえ。すでに死亡しています。刑務作業で使用されるカッターナイフの替え刃を無断で持ち出し、房のトイレで手首を切ったそうです」
「自殺したのか」
高円寺が訊き返すと、諸星はうなずいた。
「はい」
腕を組んだ高円寺はふと考える。
「延長コードが凶器・・。柴谷は電気屋の経営者・・・」
妙に気になった高円寺がマイク越しに問う。
「凶器は布施が持ち込んだのか?」
柿田が手帳を見ながら答える。
「自分のではないと供述していました。ですが、写真にあるとおり、現場は古い家電や家具が大量に不法投棄されていた場所です」
確かに、映し出された遺体のそばには、旧式の冷蔵庫や電子レンジなどが乱雑に置かれている。柿田は続けた。
「凶器のコードも、かなり古い物のようなので、布施はその場に捨てられていたコードを咄嗟に使用したのではないかと、当時の捜査本部は見ています」
モニターを見ながら高円寺は呟いた。
「こりゃ、担当者に訊いてみるしかないな」
振り返った高円寺がふたりに訊いた。
「当時の捜査担当者は?」
諸星が言いづらそうな声を発する。
「それなんですが・・・」
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