第2話 私はあなたの暖房になる

 彼女のことを慰め続けて二十分ほどが経過した。部屋の温度はほとんど下がることはなく安定している。


「ん……誰?」


 私の腕の中に治った彼女がようやく目を覚ましたようだ……っていうかこの状況相当異常なんじゃ……!?

 私は部屋の隅っこまで出来る限り彼女との距離を取る。まぁもう何言っても言い逃れできないアウトなタイミングだろうけど。彼女からしたら今までほぼ認識すらしてなかったであろう隣人に自分の部屋に助けを求めたとはいえ無断で侵入され当然のように抱きしめられている。下手したら今から警察に通報されても何も言い訳できない。


「わっ、私は隣の二〇二号室の清水です…か、勝手に部屋に上がってごめんなさい!」


 私はまだ布団に包まり眠そうに目を擦る彼女に向かって必死に土下座する。


「え……! そんな土下座なんてしなくていいんですよ〜…なんだかお見苦しい姿を見せてしまってごめんなさい! 私は朝一あさかずと申します。で隣の部屋の清水さんがなんでわざわざ私の部屋にいるんですかね?」


 朝一さんは完全に目は覚めたものの流石に情報の理解が追いついていない。そりゃそうだ。私だって同じ状況下に置かれたら同じ反応をしてしまうだろう。

 私は今までの経緯を朝一さんに話した。


「そうだったんですか? とにかく、清水さん本当にありがとうございます。何かお礼ができたらいいのですが……」


 そう言って朝一さんは部屋の片隅の冷蔵庫を開けるがなんか肩がしょんぼりしてるので冷蔵庫に何も入っていなかったのかもしれない。あ、そういえば私シチュー作ってたじゃん。


「朝一さん、シチュー作ってあるんですけど一緒に食べます?」


 私がそう誘うと朝一さんは涙目で私の方を見て


「し、清水さん、まさかあなた…メシアなんですか?」


と言う。私はその例えに一瞬ポカンとしてしまった。


「私はただの真っ当な凡人ですよ」


 そう笑って返した。私みたいなような人間が救世主メシアになってしまったら地球はすぐに滅びてしまうだろう。

 

 ◇ ◇ ◇


 私は自室から温めたシチューを鍋ごと持ってきて朝一さんの部屋で一緒に食べるこ

とにした。


「わ〜〜久しぶりに自炊のご飯が食べれる!」


 朝一さんは鍋に入った大量のシチューを前に目を輝かせている。


「朝一さん、私とシチュー作りしてないですけどね」


 そう言いながら私はシチューをお皿に盛り付ける。


「清水さんちょっと待って〜もうすぐご飯炊けるから!」


 朝一さんがいつの間にか視界から消えてる。さっきまでの数分でご飯炊く時間なんてあったかな?と私が疑問に思っているとチンと廊下の方から音がした。

 朝一さんがほかほかと湯気の上がるラップに包んだご飯の塊をお手玉のように手の

ひらでアチアチと弾ませながら廊下の方から出てきた。


「うちはシチューにご飯入れるんだけど清水さんはどうだった?」


そう言われて私は久しぶりに実家のことを思い出した。


「私の実家は入れない派ですね、というか朝一さんが私の出会った人の中で唯一のご飯入れる派の人間です」


「ええ……!? そんなに珍しいもんなのかな〜ご飯入れる派の人間って」


 そう言いながら朝一さんはシチューの中にご飯の塊をぽいっと入れて崩した。

まるで朝一さんのシチューの皿は公園の砂場のようだった。

 そしてシチューと混ざったご飯を朝一さんは頬張る。


「ん〜〜! このシチューめっちゃ美味しい! 程よくとろみがついててご飯によく合うし、ジャガイモとかニンジンも柔らかくなってる!」


 自分の料理を食レポしてくれるなんてなんだかちょっぴり恥ずかしくなってくるな。

 そんな調子で朝一さんは私より身長は少し低いが全然私より食べる人で、シチューだけでも四皿分ほど食べてくれた。ちなみに私の胃袋は二皿分が限界だった。


「ふうぅぅ……ごちそうさまでした!」


朝一さんは満足そうに膨れたお腹をなでなでする。


「そう言えば聞いてなかったけど、清水さんって学生さん?」


そう言えば朝一さんには言ってなかった。


「はい、一応高校生です」


「高校生!?」


 朝一さんは相当驚いたのか勢いで半分身体が後ろに引いている。


「本当に!? 嘘ついてないよね……!?」


 朝一さんに私はユッサユッサと身体を揺さぶられる。高校生が一人暮らしってそんなに驚くことかな?うっ……食べたばっかりなのにそんなに揺らすと床にリバースしてしまう。


「そうですけど……何か問題でも?」


すると朝一さんは私から目を若干逸らしながら


「い、いや、なんか少し事情があるのかなって思ってさ……」


と言った。私は無意識だったが若干曇った顔をしていたのだろうか。


「別に無理に言わなくてもいいよ!?思い出したくないことだったら尚更……」


「個人的にちょっと居心地が悪かったんで出てきただけです。それだけですよ」


 私がそう言うと朝一さんは考え込んでいるような素振りを見せた。


「清水さんは一人は寂しい?」


 柔らかでどこか寂しそうな表情で朝一さんが私に問う。


「そうですね、寂しいなと思う時は正直あります。けど乗り越えないとちゃんとした大人にはなれないので」


 そう言った瞬間朝一さんは私の身体をぎゅっと抱きしめた。


「大人になっても一人は寂しいままだよ」


 さっきより少し低めの朝一さんの声が小さくもしっかり私の耳に刺さり、若干揺れた声は寝言の時の涙声によく似ていて、朝一さんの吐く息はひんやりと冷たく感じた。


「いきなりごめんね! さっきまでただのお隣さんだった大の大人が高校生を抱きしめるなんておかしいよね……」


 朝一さんは腕を退かし、一転して明るく振る舞う。

 この人みたいな環境に作用するタイプの能力は能力が原因で命を危険に晒してしまう可能性がある。せっかく見つけた私と同じ能力者、死なれたら困るし、隣の部屋が事故物件になるのは流石に嫌だ。


「一人が寂しいなら寂しい同士、私と一緒に暮らしませんか」


「え?」


「私と一緒に暮らしてくれませんか」


「えぇぇ!?」


 初雪が降ったこの日、寂しい同士で私たちは同居することにした。

 私は彼女、朝一雪菜の暖房になることになる。彼女の心と身体が凍らないよう温め続ける暖房ヒーターに。


————————————次回「温めてくれた、それだけで」


カクヨムコン9参戦作品です!

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