第3話
「ははぁ、ボロ、そりゃジャムを作っているの?」
「パチ」
パチはとうに目を取り戻していた。被せられた金魚鉢越しに大葉の形の蚕が埋められている。
「そりゃピンの仕事だろう?奪ってるのか、そりゃ先生がお前をイ子にするぞ」
「パチ…砂は溶けなかったの?」
「いいや!そりゃ最悪だ!ラカはもう、もう、ころを越えて…ルーカスだ!そりゃこんなのも使いたい!あのラカの三角が頭にゴロゴロと入り込んできやがった!あんなの、イ子にされちまえばいい!」
目まぐるしく大葉がデロデロと咲いては散ってを繰り返す。灰色の目が怒りで街をうつした。
「あああああ!そりゃ誰だってそうだ、よりによってラカなんか、三角に染まるなんて想像したくない!思い出すだけで…」
グラグラと揺らぎだすパチの頭にしまったなとボロはヒロモロを噛んだ。
「パチ、仕事が速いのねぇ…」
「いいや?聞いてくれボロ、おれは1人でもまとめられることに気がついた、そりゃ知ってたよ、そのジャムのように…そうだ、もう一度聞くがそりゃなんだ?」
しまったなとボロは左目をカコンと外し、ヒロモロの端で拭いてみた。
「うん、ジャムだよ!」
「そりゃそうだ、どう見てもそりゃジャムだ、それ以外に何がある?そりゃ…」
「ボロはね、ジャムはジャムでも食べられるジャムを開発したいなぁ」
「そりゃ、きっと先生から耳本があるだけ盛られるぜ!ホントにお前はころ野郎だ!だからピンはお前の事をそりゃ言う訳だ、そうだ、ピンは?」
パチを目の前にしているせいか口の中がシュワシュワとしてきて、ヒロモロが絶え間なく「シナマヒ」と喚くのを聞こえるふりをした。そういえばボロはオフにしたままだと気がついて、ヒロモロをオンにした。
「リリモモル」
「はぁ!そりゃーー、明日はぎっ、」
大葉を畳んだパチはグルン、と金魚鉢をかき混ぜて、ボトリと蚕を落とした。そうするとやはり、何もこばらずにとぼとぼコンセントの奥底に歩いていってしまった。
ボロは蚕を拾うと、髪に差してコロりと目をはめ直した。
「パチは晴れが人一倍苦いんだね」
「キートッド」
ジャムは煮詰まって、毒々しい匂いを発した。しかしこれがやけに効くのだ。
「1つ目は、ピンでも辛かったんだねぇ」
「リピ」
ぴぃとやかんの音がして、ボロは机を降りた。ボロはそもそも繕い屋なのだ。ジャムを煮詰めたところで、かわりばんこにやってくる荷物は2人になれない。
「あ」
電灯に吊るされていた洗濯物が、ボロの机に座っていた。
「だあれ」
「…」
「かぁいそうとは言えないよ、ボロは好きな物で出来たくて、そのせいでこんな底の抜けかけた靴と解けかけた服をしているんだ」
「…」
「なんで出てきたの?」
「…」
「羨ましい」
ボロはヒロモロの一筋を引っこ抜くと、洗濯物の端から端まで全てをシマシマに入れ替えてしまった。
外の仕事だったから、洗濯物はそれで尽きていた。じきにピンがここに来るだろう。
「ポルルル」
「どうしたのヒロモロ」
「ヒューモモッタ」
「洗濯物…うん、あのね、グレープ味のアスファルト、きっと見落としてたみたい」
「トロプ」
「先生、どこに浸かったのかな…」
また煮詰めの机に座って、ボロはヒロモロを自分の脇に置いた。食べても良かったかもしれないが、ヒロモロは強く拒んだ。
「ピエール!お待たせ!」
「チル!こっちはキリだよ?」
チルがすきま風から入ってきて、ランニングウェアの隙間から目を細めては片っぽだけの枝みたいな足でパラパラとかりんとうみたいに鳴いた。
「ううん、そう、うん!キリに見つけた、貴方のこと、そうね、探しているの明日を」
「仕事ね、君は大変だね、キリ以外なんて」
「同じことだよ!ぼかぁ君もパチも先生も、ぜぇんぶ重なって見えるんだから!」
「リバリに、チルみたいなのが沢山いていいね」
「うん、探している、教えて明日!」
ボロはグルグルとして、隣で「ピッパパ」と歌っていたヒロモロを見た。
「ア?」
「明日を探しているみたい、先生も知ってるのかな」
「キー」
「うーん…」
目の裏で目が乾くくらい渦潮が出来てはまっすぐになっていく。成長した渦潮はまた、口の中でバチバチした。
「ベランダがいいんだっ」
ボロのからそれが零れた途端、ぐるりとキリ中の屋さん達がボロを見つめた。目の中は全部ぼんやりと街をうつしている。
道屋がボロと同じように口を開いた。顔にけさがけになった口が開いて、僅かに空気が鼓動した。
「ダメだ。だからお前はボロのままなんだ。暑かったか?寒かったか?」
「…」
「…」
「明日をくれます」
「忘れるな、右目を取った理由」
そして、皆が口々に喋りだして、ボロはそこから目をずらしてチルを指した。
「なにの話が欲しかったか忘れちゃった、きっと夢にもならない些末なことかも」
「ニルア」
「そうか!明日っていらないかも!ね、じゃあ先生は?先生に謁見するの!ピエールは今煮詰め屋でしょ?」
チルは歯をガチガチと鳴らして笑った。ボロは片目をパチパチした。
「よく知らないの?」
「まさか!新鮮な餅をさっき踏んだよ!」
「そっかぁ」
餅が落ちてるならそういうことなのだから、触るべきでは無いことをボロは知っている。
「先生のリンゴはまだ鳴ってないよ。きっと歯が逸れて逸れて、バターになっちゃったに違いない」
親切にもボロはそう唱えてやる。するとチルは思わず口を転ばせた。
「またね!カラカラになっても違うことは松脂のように。トロのうちにはネジだとかが沢山含まれてしまうのだけれど、チルのようになるためには頭のパイはスプーンに入れられることなきよう!ピエールも先生も餅に、あみあみの形にならないみたいにしてね!」
チルが叫んですきま風に落ちていく。
「あ、先生はラカを。ヒロモロ、これは役不足かな?」
「ビール」
「だね」
ボロは机を見ると、それに重なった十字架の軍隊に目の色を変えてみた。蚕は無意味に糠に、ネジを刺して…逆さ吊りの紙1枚になる。
苦し紛れの繕いは、誰も救えないのだとボロは口をもついばまれた。
博愛は手のひらを拐かすと揃って日で焼いて見せた。それってきっと灰色になるためには必要だけれど、まるでサファイアをすり鉢に押し付けるみたいに、高くて僅かな音を産む。高くて、僅かな。
砂は砂であるからこそ地球では無いのではないのと考えるうち、ボロの小指が流星を取り逃した。
「あっ」
片目を結べば、流星は水を得ては花を求めた。詰りに、ヒロモロがオフになった。
「タエキテレワコ」
静電気?
甘い匂いが仕損じて、指先が浸された。めんはまるで伽藍堂だったらしい。流星はほど近く柵に首を伸ばし、砕き屋の履歴によって裏を表に返された。
「弾けてしまう」
ボロは靴の底を宙から滑らせた。頭を大袈裟に振る。
キリは地面を尊重するから、何番目からの生まれは常に同じ場所を守るように言いつけられるのが決まりになっていた。それによりどれもが、頭の上の修羅場を水1つにだって鏡に出来なかった。
「ケイ」
「まさか、背鰭族の餌…」
ぐるりと再び串刺しに。ボロは夢中でヒロモロを口の中に詰めて呼吸を塊にした。
「ペテラの靴はミートアイスの作りでも、丸色のキキキの、ドローン城とサイコロ味。ペテラって?それはリバリ。リバリはきいろを…そうだ、ダルマの手のひらを食用にしよう!ジャムのカチカチとはシンクに落ちるために生まれてきたのだって!」
串はゆっくり抜かれて、ピンがいないことを心の底でアサリをみつけたよ。やったぁ!
「ケイ」
「庭にわ」
理科室はキリの内側を内包している外骨格の外にある。ために行かなければ。
「先生はラカを水槽でカタチ処理をしてるみたい。リバリは広いしキリは田藻。前に先生はビドロの味に匂いに光沢してたよ。扉は赤い」
世の中は、糸を紡ぐ間もなく。
キリを出るのは出勤した後だけ。でもそれはどれも確認しないから。から、理科室は無効なのだ。
通りをボロの手をこまねくと、上はすぐに理科室に繋がっていく。しかし今日日の理科室は、ラボリアの大繁茂のせいで、歯磨き粉を入れる間もなく埋まっていた。
「入れてもらえるかしら」
ラボリアは気難しい。そして背鰭族は大嫌い。でもヒロモロは似てるから、胃に収めるのが適温だ。でもボロは近いなのだ。彼らはボロを入れてくれるのか。辞書にもきっと書いてもらえない。
「レヤクマウ」
「ラボリア!」
トゲがひとつ、下から鋭く飛び出すと、その先には丸が着いていた。
「何用」
「はぐれ者…落し物!」
「何色」
「えと、えと…」
「チ」
「ビドロではない、色!」
「先程」
「瞬く前だよ」
「…」
ラボリアのがくは入口をかき混ぜてごちゃ混ぜになってしまう理科室をボロの脳みその中に作ってくれた。理科室はあからさまに麻ではなかった。キリの田藻より価格の高いのは、理科室の方。
「用早済帰」
ラボリアの跡には癖で右目がひびついて、落ちること相違なかった。どうだって、流星を樽に戻して更ないと、どうしたって。
理科室は入り組んでいた。燃え盛るようなラボリアと、入国審査を失敗した大きな人魂の残骸を抱え込めなかった二酸化炭素がたっぷりと込められている。
「…ヒロモロ、流星のたたらは背鰭族には」
「イナ」
「うーん、どこにいったの?もし、もし背鰭族がボロの靴の舌を見つけたら…。止まる前に行かないと」
浮き足立つとは言えない。でもボロはそうみたいだった。モーターの味がして、さてはくらい。
「お前」
ささくれみたいな音で、ボロは背鰭族がラボリアに絡みついていることに目を落としそうになる。ヒロモロの糸がくっつけたから、落とさなかったのだけど。
飛び出せば靴の舌が見えるのは必然。ボロの靴の底は首の皮だったから。
「見えている 霧の住人」
「奪われ お前」
「過迫害?」
「あっ」
靴の底がラボリアの雌株に引っ掴まれて、ボロのボロ着はラボリアではないに吸い込まれた。ボロは上を下にして丸まった。瞼の裏で目玉をくっつけたヒロモロも、これにはシャカシャカと混ぜ込まれ、遂には呆気なく、ラボリアの胃下垂に放り出された。
そこはまさに、雨と晴れの喧嘩地点みたいだった。
「背鰭?」
「霧の住人」
「連無仲間無我侵犯」
「おいしそう 知らない」
ボロはヒロモロをかき集めてから目を嵌めた。でも空ではマーブリングの水の上だ。
そこはまさに、晴れと雨の喧嘩地点。
シカイの飛 五味 @hakumei75
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