23話 満を持して、彼ら彼女らは戦いに臨む

 北沢きたざわさんとの問答を終えてグランドに戻ると、待ちくたびれたと顔に書いているいずみとそれを横目に苦笑いを浮かべている水無みなせに迎えられた。


 残るメンバーである二人。篠原しのはらたかし井上いのうえ道弘みちひろとも適当な挨拶を交わし、全員が集まったところで泉から改めて呼びかけられる。


「よし! じゃあ簡単におさらいしとくけど、攻めの基本は俺と春樹はるきでいく。手数が足りない時は涼也りょうやに戻して、時間を稼ぎつつ一撃奇襲を狙う感じだ。守りはたかし道弘みちひろに任せる。細かいところは春樹がカバーしてくれるから、二人ともドンドン突っ込んでくれよ!」

「おう、後ろは任せとけ!! まぁ、素人だから壁になるぐらいしかできないけどな」

「そうだね。でも足には自信あるし、時間稼ぎくらいはこなしてみせるよ」


 炎天下がよく似合う、熱意が込められた声で恭介が鼓舞すると、その気合に負けない返事をそれぞれしてみせる。


 たしか篠原しのはらは野球部、井上いのうえは陸上部に所属しているんだったか。体力面では泉たちにも負けず劣らず、直前の準備時間に行われた練習でもぎこちない動きはしていなかった。


 そしてなにより、二人とも球技大会に対しては前向きな姿勢だ。彼らの言う通り、もし現役のサッカー部相手に後れを取っても、諦めて棒立ちになるような真似はしないだろう。こういうイベントだと、やる気十分というのは結構なアトバンテージになりえるものだ。


 覇気のある声を聞けて満足といった様子で、水無みなせは嬉々として彼らに声をかける。


「二人とも頼りにしてるから、よろしくね~! ていうか恭介きょうすけ、僕だけ攻めも受けもやれってどういうつもり? どっちかっていうと、僕は攻めより受け派なんだけどなー?」

「そりゃそうなんだが、役割的にどうしても守備のほうが手薄になりやすいんだ。無理言ってる自覚はあるけど……悪いな、今日も存分に頼らせてくれ」

「全然冗談伝わってないし、相変わらず熱血系だなぁ。 ……ま、それでこそ恭介だよね! いいよー、好きなだけ頼っちゃって。その代わり、そっちもいつもどおり点取ってよね?」


 水無とは阿吽の呼吸といった様子で、互いの調子を確認し合うように強気な笑みを交わし合う。

 彼らからすれば、今更改めて格式ばったことをしても逆効果なのだろう。普段通り全力で臨むことこそがシンプルな最適解であり、そこに疑いの余地はなかった。


 そして順を追うように泉はこちらへ顔を向けて、それに流されるように三人の目線も集まる。


「涼也はパス回しの要だからな。特に攻めるときは恭介もマークされやすいだろうし、俺が単独でぶち抜くのも限界はあるから、そんときはよろしくな!」

「わかってる、危なくなったらすぐにこっちに回してくれ。すぐにフリーなところへつなげるから」

「え~? 涼也、なんか消極的じゃない? そこはさぁ、後は俺がなんとかする!! くらい言ってくれてもいいんじゃないの?」

「できないことをやろうしても、迷惑をかけるだからな。そのあたりは現役組に任せる」

「いやいや、そんなことないだろ? 授業で練習しているときにも思ったけど、この二人に合わせてボール回してるだけでもすげぇって。俺なんかフツーについていくのがやっとだっての」


 わざとらしく口を尖らせる水無を受け流そうとするが、そこへ畳みかけるように篠原が被せてきた。井上も同意見なのか、うんうんと首を縦に振っている。


「……とりあえず、やれるだけのことはやるってことで」


 特にうまい返しが思いつかず、それらしく話を流す程度で留めることにする。


 二人とも泉が誘うだけあって気さくというか、ぱっと見の印象としては篠原は豪胆さ、井上は奥ゆかしさを感じさせる一面が強く出ているように感じられた。チームとして動くことについても、特に困るようなことはなさそうだった。


 そうこうしているうちに、生徒会が集まる放送席から次の試合の準備をするようにとの連絡がグラウンドに響き渡る。


「よし、と。そろそろ俺たちも移動しないとだし、定番だけど円陣でも組むか!」

「お、いいね。やっぱりこういうときは円陣組まないとやる気でないもんな!!」

「それわかる。やるのとやらないのとじゃ、気合いの入り方が違うよね。ほら、二人とも早く早く」


 泉がそう提案すると運動部としては意見が合うのか、篠原と井上はすぐに泉と肩を組んでこちらを手招く。それに倣って空いているところを埋めると、泉は豪快に声を張り上げた。


「それじゃ――――優勝目指して、勝ちにいくぞっ!!」

「「おうっ!!」」





****




 

「……そろそろ行かなきゃ」


 携帯で時間とスケジュールの確認を済ませてから席を立ち、教室の外へと向かう。

 

 既に各エリアでの試合は始まっているが、お目当ての試合まで時間がある生徒は何人か教室に残っていた。それ以外にもまばらに座っている生徒はいるが、あれは残っているというよりも残らされているというほうが正しいのだろう。


 球技大会の前に朝霧君と話していなかったら、私も同じことをしていたと思う。

 点呼がある昼休みになるまで、流れてくる文字を目で流すだけの空虚な時間。賑わう校舎に背を向けて、誰もいない正門から真っ直ぐに家に帰り、余った時間の使い道に頭を悩ませている自分の姿をありありと思い浮かべることができた。


 そうして階段を下りていく途中、向かいから上ってきた一人の先生とすれ違う。

 こんにちは、と朗らかな挨拶をされたから軽く頭を下げて、そのまま上っていく先生の後ろ姿を見送る。


 『――――そもそも、何故球技大会なんてものが学校行事として組み込まれているのか、考えたことはあるか?』

 

 ふと、彼が言っていたことが頭をよぎった。

 どうしてあの先生は多くの生徒が集まるグラウンドや体育館ではなく、教室の見回りをしているんだろう。


 貴重品を守るとか、防犯のためとか、それらしい理由はすぐに思いついた。でも、そのどれもが動く理由としては弱く感じる。それに先生だって暇なわけじゃないんだ、どうせ見回るなら有意義な時間にしたいはず。


 ここでしかわからないもの、賑わう会場よりも静まり返った教室を優先する理由。


「……そっか。だから教室に残るなって言ってたんだ」


 そこまで考えてみて、今更ながら彼の言おうとしていたことがわかった気がした。

 少なくとも観戦していれば、スクールカーストばかり考えている連中の目からは逃れられる。だから気にするべきはそういった面倒な生徒だけだと思っていた。


 でもそれだけじゃ足りない。学校行事に参加していない生徒を誰よりも気にするのは先生だ。だったら、その先生から見て彼らはどういう風に映るだろうか。


 可哀想だなんて思うわけもなく、どうにかできないかと考えるわけもない。そういった生徒に先生が何をするかなんて、私は知っていたはずなのに。どうして見落としてしまっていたんだろう。


「というか、そんなに大事なことならはっきり言えばいいのに……なんて、私が言えたことじゃないか」


 自然に漏れ出たその言葉に、どの口がと言っているんだと自嘲する。

 朝霧君を応援する理由も、この試合でしてもらいたいことも、何一つ本人の前で口にしてはいないのに。


 きっと自分にとって都合のいい結果が向こうから訪れることを、どこかで期待している自分がいるんだろう。

 でも、そうやって待ちぼうけているだけじゃどうにもならないと今は正しく知っている。だから、こんなところで立ち止まってなんかやらない。


 気を引き締め直すために大きく深呼吸をして、再び足を動かす。


 今まで考えようとしなかったこと、目を背けてきたこと。その繰り返しの結果がこのどん詰まりだというのなら、今からでもあがいてやる。

 今の私にできることは、せめて舞台から見える場所に席を設けること。会場の外側ではなく内側に入ること。


 そんなのただの強がりで、負け惜しみでしかないとわかってる。この球技大会で私に変えられることなんて何もないんだから。今更のこのこ出ていっても、白い目で見られるだけ。


 それでも、周りに合わせて我慢し続けるなんてバカらしいと君は言った。助けを求めれば必ず、私の味方をすると誓ってくれたから。だから、私は君を応援すると決めたんだ。


 ――――神崎こうざき君が背負う期待の全てを、否定するために。

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