21話 思惑を賭し、賽は投げられる①

『全校生徒のみなさ~~ん!! 猛暑に負けず、命を燃やす準備はできてるか~~!?』


 教室のスピーカーから快活なかけ声が校内に響き渡ると、それをかき消す勢いで獣のような喚声があちこちで聞こえてくる。

 体育祭のときにも痛感したことだが、こういうかけ声や合いの手に対して全力で応えてくれる生徒の割合は思った以上に多いらしい。


 規模を問わず、イベントは参加者が盛り上がらないことには幕が上がらない。

 その点、この松籟しょうらい高校に在学する生徒の多くは積極的なスタンスを示してくれている。運営側としても、そのほうが色々とやりやすい面もあるのだろう。


 ……とはいえ、さっきから聞こえてくる獣のような雄叫びは少々やりすぎている気がするが。

 盛況のようで何よりだと満足するにしたって、流石にこの騒々しさの前ではただでさえ下手くそな笑顔が一層引きつってしまいそうだ。


 公共の場において騒音はマナー違反になりがちだが、その影響で事と場を問わず騒ぐことそのものが悪と捉えられてしまうことも少なくはない。


 声を上げることは即ち、自らの存在を主張することであり、それは多かれ少なかれ観衆の目を引くことになる。そして望もうが望むまいが、是非を問わずその存在は評価されるのだ。


 今回行われる学校行事――――球技大会においても、それは例外ではない。


 先程からスピーカー越しに聞こえてくる激励に盛り上がる生徒や、誰を応援しに行くかで談笑し合う生徒がいれば、それらを疎ましいように白い目で見る生徒も、我関せずと携帯の画面に視線を落とす生徒だっている。


 違いがあるのは立ち振る舞いだけではなく、各種目に参加する生徒は既に体操服に着替え終えていた。

 授業でも使う何気ない格好も、今日に限っていえば参加者であるか部外者であるかを一目で見分けることができる証になる。

 

 球技大会は体育祭以上に生徒が主体となって動くことが求められるイベントだ。学校側が練習する時間を確保するわけでもなく、参加を希望しない生徒を咎めるわけでもない。


 ただ忘れてはいけないのは、球技大会をはじめとした学校行事は全て、学校という組織の中で行われているものであるということだ。何を当たり前なことをと鼻で笑う生徒ほど、この事実を正しく認識できていないことが多いのである。


 実際にこのクラスの中にも、参加に後ろ向きな姿勢を示す生徒が見受けられるうえに、以前話した時の夜宮さんもまたその一人だった。参加が自由であるのなら、やりたい奴が勝手にやればいいと、関心さえ持とうとしない。


 こういう思考に陥る要因の一つが、学校をただの教育機関でしかないと捉えているからだ。それも俗にいう、お勉強という一括りのものだけを教育として考えている。


 最も、学生の本分は勉強だと指導されることは多く、加えて学校の教師からは勉強しろと教わる以上、そういう勘違いを引き起こしてもしかたがない一面もあるとは思う。


 だがそういう意味だけで学校を評価するというのなら、組織としてはあまりに無駄が多すぎるのだ。学校行事だなんて、その最たる例と言い切れるだろう。だからこそ、こういうイベントに参加することはおろか、その存在意義さえも否定しようとする。


 その考え方は間違いであると糾弾したいわけではないし、わざわざ口にするようなことでもない。いつもどおりくだらないことばかり考えているあたり、今日も平常運転であることを自覚できた。


 ……とはいえ、この後の問答次第ではそんな悠長なこともいっていられないかもしれないけれど。


『――――それではお待たせしました! ただいまより、公立松籟高等学校、夏の球技大会の開催いたします!! 各種目の場所についてですが、グラウンドにて男子サッカー、第一体育館ではバスケットボール、第二体育館では女子バレーボールとなっています。特に第一体育館は男女それぞれを並行して進めていきますので、出場する生徒の皆さんは試合時間を間違えないよう、スケジュールの確認を念入りにお願いします。各エリアには生徒会も巡回しておりますので、何かあればお気軽にお声掛けください! 以上、生徒会一年、早瀬はやせ瑠璃るりでした!!』


 言葉遊びもほどほどにして、意識を内から外へと向けると開会の宣言が終わったところだった。着席していた生徒たちも次々に立ち上がると、喧騒を交えながらぞろぞろと動き出していく。


「おっはよー、涼也! 体育祭のときもそうだったけど、やっぱこういうイベント系はテンション上がるよね~」


 その波をすり抜けるようにして、水無みなせは朝から景気のいい挨拶をしてくる。


「おはよう春樹。元気なのは結構だけど、朝からそんな勢いで体力は持つのか?」

「任せてよ~。体格で見劣りしてても、僕だってれっきとした体育会系だからね。涼也こそ、準備に時間かかるなら早めにアップしておきなよー?」

「そうさせてもらう。ところで、恭介はどこに行ったんだ? さっきから姿が見えないんだが」


 朝の開会宣言があるからと教室に集まったときから、既に恭介はいなかった。

 といっても、空席になっていたのは恭介に限った話でもなかったためさほど気にしていなかったのだが、暇を見て確認した携帯にはメッセージも入っておらず、現在進行形で行方知らずである。


「ん? 恭介なら朝からずっとグラウンドのほうにいるよー。どうせすぐこっちくるから、いちいち戻るの面倒だーってさ。ほんと、ボールは友達ってな感じで熱中してたよ」

「開始早々にフライングか。あいつは中学の持久走で何を学んだんだか……」

「まぁまぁ、いいじゃんか。律儀に教室戻って来てるほうが少数派だし、僕だって荷物置くついでに戻ってきただけだからねぇ」


 身軽になった体を見せつけるように水無は肩をすくめ、おどけてみせる。


「なら、既に全員グラウンドに集まってるんだな。春樹、悪いけど少しだけ用があるから他の皆に遅れてくるって、伝えておいてくれないか?」

「おっけー、みんなにはそう伝えとくよ。僕たちの試合まではまだ時間あるし、ちょっとくらい遅れても大丈夫でしょ。それで用事っていうのは?」

「ちょっとした野暮用だ。そんなに時間はかからないと思うから、すぐに追いつく」

「ふーん……まぁいいや! じゃあ涼也、また後でね~。目指すは全戦全勝~!」


 軽快な足取りで教室を出ていく水無を見送ってから、制服のポケットにある携帯を取り出す。コネクトにあるアカウントから目的の人物に電話をかけると、数コールと待たずしてつながった。


『――――北沢です。突然電話をかけてくるなんて、どうかしましたか?』


 球技大会の運営でせわしなく動いているであろうにも関わらず、聞こえてきた声に焦りや動揺は感じられなかった。


「試合が始まる前に少し話しておきたくてな。いまから時間取れるか?」

『構いませんよ。それなら生徒会室にまで来ていただけますか? 戸締りのほうを任されているので。それに、ここなら人目につくこともありませんから』

「……わかった、ならすぐに向かう」

『ええ、お待ちしています』


 手短に電話でのやり取りを済ませ、教室から生徒会室へ向かう。

 校舎に残っている生徒の多くは制服姿のまま、そのほとんどが立ち話に興じている。しかし通路全体で見ればその割合は少なく、道としては空いている状態だった。


 滞りなく校舎の中を歩いて階段を行き来しつつ、この球技大会に関連した自分の持ち札を振り返る。


 その多くを占めているのは、一年4組についての情報だろう。偶然とはいえ、榎森えのもりさんからメンバーを選出する流れを聞くことができたのは良い収穫だった。泉や水無の証言を踏まえても、やはり4組の男子サッカーに出場するメンバーには疑問が残る。


 それに夜宮さんも球技大会に関心こそなさそうだったが、俺が男子サッカーに参加すると聞いたときは明らかな動揺を見せていた。少なからず、この種目に対し何か思うところがあると考えるのが自然だろう。


 しかしながら、これらの情報だけではまだ足りない。疑うべき対象を決めたところで、それのどこが問題であるのかわからないからだ。その確信が得られないかぎり、どう対処するべきなのか見定めることができない。そして今日に至るまで、この問いに対する答えを出すことができずにいた。


 とはいえ、手かがりがないわけではない。 他の証言はともかく、彼女が意図した発言には必ず裏がある。それがわかっていて最初から頼りにしていたからこそ、今回は一年5組の情報に着目していたのだから。


 彼女は言った、朝霧涼也に期待などしていないと。それはつまり、現時点の俺では対処のしようがない相手のことを示唆している。


 重ねて彼女は口にした、今回は手強い相手になりそうだと。俺に期待しないと言うのなら、それは彼女本人にとって脅威となりうる存在であるということだ。


 北沢由莉であっても警戒の対象となり、かつ球技大会が始まるまでに俺が気づくことができる、今回の球技大会で最も不自然な動きをしている人物……そこまで絞られれば、該当者は一人しかいない。


 なんにせよ忠告の真意を確かめるのならば、当の本人から直接聞き出すのが道理である。


 電話を切ってからものの数分。人気のないロビーを抜けて、生徒会室の前にたどり着いた。

 物々しい雰囲気があるわけでもないというのに、その扉の前に立つとまるで敵陣に乗り込んだかのような緊張が走る。


 ……もっとも待ち構えられている時点で、建設的であっても友好的な会話になることはない、ということだけは確かだが。


 ――――中に入ると思っていた通り、そこにいたのは北沢由莉だけだった。扉を閉めると同時に彼女は振り返り、柔和な微笑みを浮かべて口を開く。


「おはようございます。思っていたよりもお早い到着ですね、朝霧さん」


 手にしていたバインダーをテーブルに置き、北沢さんはこちらへ近づいてくる。


 彼女もまた女子バスケットボールの種目で出場するため、学校指定の体操服に着替えていた。両腕には黒のアームカバーを身につけており、普段は下ろしている黒髪もサイドテールにまとめ上げられている。


「忙しい時に呼びかけて悪かったな。一応の確認だが、時間の方は本当に大丈夫なのか?」

「確かにあまり時間はありませんが、私としても朝霧さんとは試合が開始する前に話しておきたかったので。むしろ、早めに来てくれて助かりました。 ……それで、わざわざ生徒会室に足を運んでまで、話したいこととはなんでしょうか?」


 北沢さんは興味深そうに目を細めて、こちらの出方をうかがっている。


 情報の駆け引きで彼女と競い合ったところで、勝ちの目はない。

 以前この場所で言われた忠告の意味。それを予想することはできても追求するだけの根拠がない以上、はぐらかされるのは目に見えている。 


 ――――だったら。たとえ不正解だろうとも解を出してしまえばいい。そうすれば少なからず、北沢きたざわ由莉ゆりは採点せざるを得なくなる。


「単刀直入に聞くが――――神崎こうざきかけるの評判が上がることで、何か不都合なことでもあるのか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る