第11話 剣士と盗賊団④ ラインバルトと黒の商人
イダンが、倒れた。
ラインバルトは、不機嫌そうに槍を担いだ。
「さてて、実験の時間ですよよ?」
「くそ、獲物を奪いやがって。そのままおねんねしてても、良かったんだぜ?てめぇがただのバカなら、ぶん殴ってたぜ」
「おやおやおやや、ご冗談を?まだ、貴方には使い道があるのですよよ?今は、観察対象のままでいてください、実験材料には早いですよよ?」
倒れていた男は、盗賊に襲われた商人では無かったようだ。しかし、今更気づいても遅すぎる。ラインバルトと対等に話している所を見ると、盗賊の下っ端というわけでもなさそうだけれども。
ノモサとニオン、冒険者である二人は、動けなかった。
代わりに、前に出たのは職員のアネッサだった。
「貴方も、ラインバルトさん達、盗賊の仲間ですか?先ほどイダンさんに使った技は、魔術ではないと思われますが」
「おやや、どうしてそう思うので?」
「魔力の流れが不自然でしたから。見るに、その指輪、宝石が関係しているのでは?」
「おおおお、よくわかりますねぇ。賢い方は嫌いじゃないですよ、わたくし貴方の事が気に入りました。それで、続きをどうぞ?」
「宝石は媒体なのか、消耗品なのかは定かではありませんが、イダンさんの肉体を傷つけずに意識だけを失わせているのを見るに、闇系統の魔術ではないでしょうか?」
男は、首をかしげる。
「20点、と言ったところでしょうかね。まあ、現状の情報から導きだした、及第点と致しましょう」
「ありがとうございます。そういえば、貴方は研究者なのですか?先ほど、『実験』等とおっしゃられていましたが」
ノモサは、気づいた。
恐らく、アネッサは救援が到着するまでの時間稼ぎをしている。あの一瞬で状況を把握し、自分に出来ることを見つけて動いた。自分には、出来なかったことだ。
魔物相手ならば、敵味方の区別がすぐにつくが、咄嗟に見分けがつかないのが人間同士の争いの難しい所なのかもしれない。
ちなみに、男は研究者と言われて興奮していた。
「はははは!!わわわかりますか、わたくしは研究を生業としておりまして。あなたも魔術に詳しいので?」
「これは丁寧にどうも、私はギルド職員のアネッサと申します。魔術に詳しいのは、単純に好きだからですね」
「それは素晴らしい!人の叡智の結晶である魔術、そして人の魂は、まさしく無限の……」
しかし、そこにラインバルトが割って入る。
「うるせぇ、クズ同士が話すのは勝手だが、目的を忘れるんじゃねぇ。どうせ殺すのに、自己紹介してどうすんだ!!」
「邪魔しないでください、わたくしは、今アネッサ殿と崇高な魔術談義を行っているのですが」
「崇高だか観光だか知らねぇが、きちんと仕事はしてもらわないと痛い目を見るぜ」
「では、貴方は先にあそこの冒険者三人……おや、実験動物が一人逃げましたか。では、あの二人を半殺しにしてください。殺しは無しですが、手足は潰していいですよよ?実験に必要なのは、心臓と頭ですので」
「あいあい、俺は雑魚を潰しとくよ……ってわけで、うっせえから泣きわめくんじゃねぇぞ」
やばい、こちらを狙っている!
ラインバルトがこちらに歩いてくるが、何をすればいいのか分からない。だが、もう一人のニオンは魔術師だ。ということは、前衛は俺がやらないと!取り合えず剣を構えてアネッサから少し距離をとるが、攻撃が通用する気がしない。
後ろで、ニオンが杖を構える。
「とりあえず、吹っ飛んじゃえ!」
ニオンは水球をいくつも作り出し、それをラインバルトめがけて打ち出した。
いくつもの水球がラインバルトに迫る。
「邪魔くせぇ」
しかし、ラインバルトは槍で全ての水球を薙ぎ払った。近くの水球も風圧で散り散りになる。
「うそでしょ、これならどう?」
ニオンは、様々な魔術をラインバルトに対して放つ。しかし、ラインバルトはどれも槍で、あるいはその鎧で防ぎ、歩みは止まらない。
「援護お願い、私じゃかなわない!」
「え?……あ、はい!」
ニオンがこちらに呼び掛けてくる。ああ、そうだ。俺も戦わないと!
とにかく、時間を稼がないと!
「くそっ」
ラインバルトに向かって走り出す。そして、そのまま攻撃を……どこに当てればいい?頭も含めて鎧で覆われている。いや、考えるのは後だ。相手の攻撃を捌くことだけ考えないと!
「走ってくんな、雑魚が」
ラインバルトが槍でまっすぐ突いてくる。顔を狙っているのがわかった瞬間、強引に走るのを止め、左前に体を倒す。頭のすぐ右を、槍が通り抜けていく。
槍を持っている相手と戦ったことは無い。しかし、長いツノで攻撃してくる魔物と戦ったことならある。相手の懐に飛び込めば、攻撃は当たらない!
そのまま、脇腹めがけて剣で切りつける。鎧を切れるとは思っていないけど、どうにかバランスを崩せばその間に隙が生まれる。
剣と鎧がぶつかり、火花が散る。そのまま力づくで剣を振りぬいた。ラインバルトは少し体勢を崩したが、そのまま後ろに跳んで槍を構えなおす。
「……」
何か悪態をつくかと思ったが、そのままラインバルトは突っ込んできた。今度は、槍を片手で構えて横に薙ぎ払ってきた。避けるのは難しそうなので剣で受けて、そのまま押し返す。
上から、頭、右から、腹、足、避け切れない、剣で受ける、突き、狙いは胸、剣で受け流す!
ラインバルトが繰り出してくる猛攻を、傷を負いながらも捌いていく。
そして、振りかぶってまっすぐ突いてきた一撃を、左腕にかすりつつ避けてから、左膝の鎧の継ぎ目めがけて切りつける。継ぎ目なら、攻撃は通らなくても衝撃を与えれば鎧を壊せるかもしれない。
しかし、その攻撃はただ鎧の表面に傷をつけただけで、有効打にはなっていない。そのまま一旦後ろに数歩跳んでから、ラインバルトを見る。
ラインバルトは、攻撃してこなかった。鎧を着ているから顔は分からないが、かなりイラついているのがわかる。
「てめぇ、雑魚のくせにちょこまかとうぜぇんだよ。この鎧に隙間なんてねえっつただろ、……いくら切ろうが、無駄なんだよ!」
「……ラインバルトさんは、どうして盗賊の頭なんてやってるんですか?そんなに強いのに」
「あぁ?……てめぇが雑魚なだけだ。俺よりつえーやつなんていくらでも……チッ、いるが、俺は誰かの言うことを聞いて付き従ってるなんてうんざりなんだよ!俺の人生は俺が決める!奪うこと、騙すこと、……くそが、弱い奴をぶっ殺すこと!楽しい事だけしてればそれで……いいだろうが、雑魚が、水ぶつけてくんなうぜぇんだよ!!!!」
ラインバルトが話し始めた途端、水の魔術で攻撃するニオンに、切れている。別にダメージがあるわけでは無いが、鬱陶しいのだろう。
「誰かの楽しみを邪魔してまで、自分が楽しければいいんですか?」
「当たり前だ!だからてめぇらをぶっ殺すんだよ!」
そのまま、突っ込んでくる。右手で槍を構えて、大きく振りかぶっている。
恐らく、さっきと同じ軌道で、左肩を狙ってくるだろう。突き出される槍に合わせ、最小限の動きで避ければいい。そう思っていた。
しかし、ラインバルトはそのまま右手で、槍を投げてきた。距離を詰めるよりも早く、攻撃が飛んでくる。しかも、避けにくい体の中心めがけて、だ。
「うわっ!」
どうにか剣を盾にして後ろに弾いたが、そのままバランスを崩す。しかし、ラインバルトは槍を投げているから、拾わせなければ時間は稼げる。
「吹っ飛べ雑魚が!」
しかし、そのままラインバルトは突っ込んできて、腹めがけて右腕で殴りつけてくる。避け切れない。
「うぼぐっ!」
「ノモサ君!?」
「嘘!?」
腹に、とてつもない衝撃と痛み。骨が砕ける感覚。口から、血と胃液をまき散らしつつ、後ろに吹っ飛ばされる。体がくの字に折れ曲がり、そのまま何度がバウンドして、そのまま街道の脇の木に背中からぶつかる。背骨にひび位は入っていそうだ。
痛みで意識ははっきりとしていたが、体を動かそうとしても動かない。どう頑張っても、指一本動きそうにない。ニオンとアネッサが駆けよって来る。
「まずは水を浴びせてくるお前からだ。手こずらせやがって」
「まって、どっか行って、やめて!」
ニオンがどれだけ水の魔術で攻撃しても、効いていない。鎧のせいで、何も攻撃が通っていないのだ。
地面に落ちていた槍を拾い、こちらに歩いて来る。
その時、ラインバルトに商人が歩み寄る。
「おやおややや、殺さないで下さいねぇ?」
「あ?うぜぇからぶっ殺すとこだよ、文句あんのか?」
「……殺さないで、下さいねぇ?新鮮な実験材料が欲しいのです」
「うぜぇんだよ、お前からぶっ殺してやろうか!?」
ラインバルトは、イラついた態度で商人に対して槍を叩きつける。
商人は、ゆらりと避けた。
「ほぉぉぉ?わたくしを裏切ると?」
「あぁ?元から、お前は取引相手でしかないだろうが。俺様に歯向かうなら、敵だ!」
「そーうですかかか。残念ですね」
「あ?何が……」
「永遠に、眠ってくださいねぇ?」
「くっ……」
ラインバルトが距離を取るよりも早く、商人の手がラインバルトの鎧に触れる。
その瞬間、イダンの時と同じように崩れ落ちる。
「ふむむむむ……わたくしでも手こずりそうです、ここは引くとしましょうか」
「待ってください!……えっと、貴方の名前は?」
「おやややや、これは失礼。ラズレ―と申します。『黒の商人』、等と呼ばれておりまして、そちらでも覚えていただければ。今後、どこかでお会いしたら、ゆっくりと魔術談義でも。では」
早口でそう言うと、商人はラインバルトに手を添えて、聞いたことのない魔術を唱える。そして、指輪が強烈な光を放った。眩しくて何も見えない。
そして光が消えると、商人の姿が消えていた。そして、代わりにそこにいたのは……
「くそ、逃げられたか……」
金級冒険者のヤベッツだった。エラントが呼んできてくれたのだ。
色々と言いたいことはあるが、ひとまず助かったのだろう。
張りつめていた気が緩み、意識が遠のいていく。
「ヤベッツさん、ノモサ君を早く病院へ!」
「え……おい、大丈夫か!アネッサさん、何があったんだ?」
「詳し……は道中……く!」
「……った、……」
そこで、ノモサは意識を落とした。
辺境の剣士 山目舜 @Yamame3935
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