第26話

 災難とは荒れ狂う台風のようなものだ。


 ある日突然やってきて、進行を邪魔するすべてのものを勝手気ままに吹き飛ばしていく。


 集落全体に鳴り響く太鼓の音を聞きながら、宗鉄は東屋造りに似た建物の影に隠れた。


「おい、一体何が起こっている? また例の獣でも出たのか?」


 虚空に向かって大声で尋ねると、上空から淡い光に包まれたエリファスが眼前まで降りて来た。


 血相を変えて宗鉄の問いに答える。


「大変大変! 何か大勢の人間が武器を持って襲い掛かってきたよ! 今は何とか頑丈な扉のお陰で持ち応えているけど、その入り口の扉が壊されるのも時間の問題かも……」


 一難去ってまた一難か。宗鉄はチッと舌打ちした。


「集落の人間たちはどうしてる? 何か準備は整えているか?」


 再度、宗鉄は斥候を任させたエリファスに訊く。


「それぞれ武器を持って入り口周辺に集まって来ているわ。見た感じ相当やる気になっているけど」


「そうか」


 とため息混じりに返事をしたとき、宗鉄は自分たちに走り寄って来る気配を感じた。


「こんなところにいたのか?」


 ウィノラである。左手には弦を張った弓矢、そして右手には十数本の矢が入った矢筒を携えており、足元には赤い舌を出して荒く呼吸をしているクアトラを連れていた。


「まずいことになったぞ。ついに連中が本格的に攻めて来た」


 宗鉄と同じく建物の背後に身体を潜めたウィノラは、建物の影からそっと顔だけを出して入り口周辺を覗き見る。


「連中? 山賊か盗賊の類か?」


「どちらかと言えば後者だな。だが普通の盗賊とはまるで違う。数十人ほどの少人数なのに、これまで狙った獲物は逃したことがないという恐ろしい連中だ」


 ウィノラの簡素な説明を聞いて宗鉄は思案顔になった。


 たった数十人で百人近い人間が住む集落を襲撃するなど肝が据わっている。


 しかもこの集落に住んでいる人間たちは戦闘のいろはを知らぬ農民の集落ではない。


 少なくとも五十人ほどの戦闘に長けた人間がいる戦闘民族の集落であった。


 それはたった数日間ほど世話になった宗鉄でさえ理解できた。


 下手に少人数で集落を襲ったところで返り討ちに合うのが関の山だろう。


 それでも盗賊と思しき連中は少人数で襲撃を敢行してきた。


 これはやはり相当な実力を兼ね備えた盗賊なのだろう。


 それとも、単に自分たちの力を過信している勘違い輩の集まりなのか。


「まあ、手合わせしてみれば嫌でもわかるか。ウィノラ」


 宗鉄は苦笑するなり、持っていた鉄砲をウィノラに投げ渡した。


 ウィノラは振向くや否や、自分に向かって飛んできた鉄砲を慌てて摑む。


 と同時にウィノラの両手からは弓矢と矢筒が地面に零れ落ちた。


「お、おい……まさか、わたしにこの武器を使えと?」


 畏怖と好奇が入り混じった眼差しで、ウィノラは鉄砲を食い入るように見つめる。


「馬鹿、そんなわけあるか。少しの間だけ持っていてくれ」


 そう言うなり宗鉄は身体を潜めていた建物をざっと見上げ、わずかに出っ張っていた部分に手と足を掛けて登り始めた。


 幼少の頃からあらゆる武術を習い覚えてきた宗鉄は、鍛え上げた筋肉を巧みに行使してあっという間に屋上に辿り着く。


「よし、ウィノラ。その鉄砲をもう一度こっちに投げて寄越してくれ」


「なるほど、そういう意味か」


 ウィノラは両手で持っていた鉄砲を宗鉄目掛けて高らかに投げ放つ。


 空中を綺麗に舞った鉄砲は、少々ずれたが無事に宗鉄の元に舞い戻った。


 宗鉄は炮術師の魂とも呼ぶべき鉄砲を手にすると、敵の姿をざっと確認するために視線と意識を入り口周辺に向けた。


 ウィノラが言うように入り口の扉の向こうには、ピピカ族とは違う衣装に身を包んだ数十人単位の人間たちがたむろっていた。


 あれが異国の盗賊たちか。


 頭部と上半身をすっぽりと包む砂色の頭巾を着用し、ユニコーンと呼ばれる馬に乗っていた盗賊たちは未だに集落の中には進入できていない。


 数日前にガマラという名前の獣が集落を襲ったとき、ガマラは開け放たれていた扉から堂々と中に進入して好き勝手に暴れ回った。


 最終的には宗鉄が鉄砲で仕留めたとはいえ、凶暴な肉食獣を簡単に集落の中に引き入れてしまったのは集落側の落ち度である。


 だからこそ宗鉄は族長のアコマに進言していた。


 せめて出入り口の扉は硬く閉ざし、用事の際のときにだけ開けたらどうか、と。


 するとアコマは救世主と崇めている宗鉄の意見をすぐに受け入れた。


 それだけではない。


 何とアコマは細い木を束ねただけだった入り口の扉を、武家屋敷の正門に相当するような頑丈な扉に造り変えてしまったのだ。


 そしてそのときの宗鉄は、自分の意見が集落の人間には過剰に伝わってしまうのだと頭を抱えた。


 だが、結果的にはその過剰に伝わった意見が功を成したようである。


 なぜなら、出入り口の扉を頑丈に造り変えたお陰で盗賊たちの侵入を紙一重で防いでいるからだ。


 その証拠に盗賊たちは頑丈な扉に明らかに苦戦していた。


 数人がかりで扉を破ろうと四苦八苦している姿が建物の上からだとよく一望できる。


 だが、いくら頑丈に造り変えた扉だろうといつかは破られる。


 おそらく四半刻(約三十分)も経たずに。


 だからこそ宗鉄は即決行した。真下にいるウィノラにすかさず指示を送る。


「ウィノラ、今から俺が言うことを戦に参加する人間たちに伝えてくれ。連中が扉を破って進入してきたら、入り口周辺の広場に連中を固めておいてほしい、と」


 ウィノラは片眉を吊り上げた。


「無茶を言うな。相手は外の世界でも名が知れた盗賊だぞ。そんな連中を一箇所に固めておくなど……」


「出来ないのか?」


 間髪を入れずに宗鉄は問いかけた。


 ウィノラは一瞬だけ口をごもらせたが、やがて表情を引き締めてきっぱりと答える。


「誰も出来ないなどとは言っていない。ピピカの戦士は優秀だ。その気になれば何でも出来るさ」


「だが」とウィノラは言葉を紡ぐ。


「それでも長くは持たせられないだろうな。連中も馬鹿じゃない。


 自分たちが意図的に固められているとわかれば、すぐに散開して個々の実力にモノを言わせてくるぞ」


 それは宗鉄も予想していた。半ば自然の要塞と化しているこの集落に少人数で襲撃を掛けて来る連中だ。


 強者揃いはもちろん、戦術に長けた人間も多少は含まれているはず。


「それでもいい。出来るだけ連中を一箇所に固めておいてくれ。任せたぞ」


「わ、わかった。すぐに伝えてくるからお前も気をつけろよ」


 ウィノラは地面に落とした弓矢と矢筒を拾い、クアトラを引き連れて入り口周辺の広場に向かって走り出す。


 そんなウィノラとクアトラを見送った宗鉄は、早速とばかりに準備に取り掛かる。


 腰帯に吊るしていた胴乱から火縄を取り出すと、左手首に数回巻きつけから火挟みに挟み込む。


 その後、仕込んでいた早合の中身を巣口から入れ、火薬と玉が奥まで行くように銃床の底部で軽く建物の屋根を叩く。


 宗鉄の発射準備はまだ終わらない。


 胴乱の中から火打ち石を取り出した宗鉄は、火縄挟みに挟んだ火縄の先端に火を点けた。


 最後に火皿の中に火薬を混入して終了なのだが、万が一のときを考えて常に火皿の中には火薬を混入してある。


 つまり、これで玉を発射する準備はすべて終了したということだ。


 宗鉄は左半身に身体を構えると、両足を肩幅よりも少しだけ開き、身体の中央に重心を感じるように意識を研ぎ澄ませる。


 左手で発射準備を整えた鉄砲の銃身を水平に持ち、火蓋を切ってから右手は銃床に添えるようにして引金に人差し指を置く。


 この瞬間、宗鉄は確実に鉄砲と一体化する充実をひしひしと感じた。


 ずしりと手に馴染む重量。銃床に密着させていた右頬から伝わってくる木の感触。


 着火させた火縄から漂う焦げる匂い。


 そして引金を人差し指で引くだけで巣口からは神速を超える速度で鉛玉が飛び出し、狙い済ました場所に向かって飛んでく。


 そう、自分が狙い定めた場所に目掛けて――。


 やがて宗鉄がごくりと生唾を飲み込むと同時に、集落の入り口周辺に動きがあった。


 喉を枯らさんばかりの怒声を張り上げた盗賊たちが扉を破って集落の中に雪崩れ込んできたのだ。


 無論、集落の人間たちは気迫で負けぬようにと大声を出して威嚇する。


 だが集落の人間たちは無闇に突貫せず、盗賊たちを扇状に囲むような陣形を取った。


 どうやらウィノラは目的を首尾よく果たしたようだ。


 遠巻きから弓矢で攻撃するに留まっているピピカ族の戦士たちを見て、宗鉄は自分の指示が無事に伝わったことに満足気に頷いた。


 同時に宗鉄は一度だけ大きく息を吸う。


 乾いた空気が両肺を駆け巡り、次第に意識が鮮明になっていく。


 刹那、宗鉄は呼吸を止めて砂色の塊目掛けて引金を引いた。


 雷鳴の如き火薬の炸裂音が響き、銃身に詰めた玉が神速の速度で放たれる。


 すかさず宗鉄は二つ目の早合を取り出し、一射目の手順通りに次弾を装填。砂色の塊目掛けて引金を引く。


 二度目の雷鳴音が響くと、さすがに砂色の塊にも変化があった。


 一箇所に固まっていた集団が散り散りに動き始めたのだ。


 しかし――。


「甘い」


 宗鉄はまったく無駄のない動きで三発目を装填。


 散り散りに動く盗賊たちの中、比較的固まっている集団目掛けて引金を引いた。

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