21 姉妹、挫けず迷宮を進む
レオノールが放った、圧縮収束された固有魔法【
それにより頭部を撃ち抜かれた超巨大亀だが、それでもなお動き襲いくる。巨大なだけあり、その生命力も高いのだろう。
だが、そこまでだった。
地響きを轟かせながら迫りくる超巨大亀の足が、不意に止まる。それと同時に、撃ち抜かれた頭部から光が漏れ出した。
その光は徐々に強くなり、頭部を完全包み込んだのちに侵食するかのように首へと移動する。
やがて光が消えたとき、超巨大亀の首から先が完全に消失した。
【
その名のとおり、撃ち抜いた対象を崩壊させるのだ。
もっとも、多くはそうされた時点で絶命するため、その効果が発揮されることはほぼない。
つまりこの固有魔法は、生命力が強く討伐に時間を要する対象に向いているといえるだろう。
頭部を失った超巨大亀は数秒だけその動きを止め、やがて大地を震わせて地面に落ち、その姿をゆっくりと消していく。
その様をセーフエリアから見ていた冒険者たちが、一斉に歓声を上げた。
「おい! 見たか!?」
「おお、見たぞ!」
「ザラタンが、ザラタンが倒された!!」
「俺は夢でも見ていたのか? いや、傷がメッチャ痛ぇから夢じゃねぇ!」
「過去何度もレイドが組まれて挑んだが、そのたびに跳ね返さたんだぞ! 比喩的にも物理的にも!」
「そうだ! あの武闘派で知られるファルギエール侯爵家の次男が挑んでも倒せなかったのに!」
「遂には討伐不可能とされてギルドで塩漬けになっていたザラタンが!」
「すげぇもん見たぞ、オレらは!」
「そう、まさに歴史を塗り替えた瞬間に立ち会ったのよ、アタイたちは!」
「しかも倒したのが、美人で可愛くて可憐な少女、だと!?」
「いや待て! 美人で可愛くて可憐な少女なのは見れば分かるが、それよりもっとよく見ろ!」
「ああ、曇りのない純白に輝く装束、
「ああ、あの少女は天使なのか?」
「いや違う! 天使程度じゃねぇ! あれは、女神さまだ!」
「そうか! 女神さまか!」
「そうだ! そうに決まっている!」
「我らは、今日この場所で、降臨された女神さまの御業を目の当たりにしたのだ!」
そして、勝手に盛り上がる冒険者たちであった。どうも冒険者という職業人は、「天使」や「女神さま」というワードが大好物らしい。そもそも「天使」に性別はないのに。
セーフエリアの異常な盛り上がりに気付いた二人はちょっと訝しんだが、直後、謎に起こった野太い「ゴッデス」コールにドン引きする。
ともかく。
盛り上がっている冒険者をよそに、討伐後に落ちた色々――1メートルを超える高純度の魔結晶と甲羅、牙と爪、そしてやたらと重い艶のない漆黒のインゴットを回収する。
さらに、宝箱が出現した。
「おお、レオ! 宝箱よ!」
「うん宝箱。ドロップでも出るんだね」
食用ドロップは相変わらずなかったが、それでも宝箱でちょっとテンションが上がる二人であった。
そうして仲良く「せーの」で開けた二人は、覗き込む。中にあったのは、金色で三角形の、鳥の姿形の装飾が施された冠だった。
その装飾の鳥は尾羽が九本あり、種類すら不明な見たこともないものだ。
「おお。何か分からないけど綺麗。お姉ちゃんこれ何だろう」
レオノールが手に取って冠を見つめ、シャラシャラ動く鳥の尾羽に目をキラキラさせながら聞く。だがナディはそれを見て、難しい顔をしていた。
「どうしたの。お姉ちゃん」
そんなナディに、首をコテンと傾げたレオノールが声をかける。それで我に返るナディ。
「なんでもないわ。珍しいものが出るなーって思っただけよ」
「そう」
そう返すレオノールだが、なんとなく察しはついていた。様子を見るに、きっと何かに思い当たったのだろう。だがそれを言わないのは、言及しても意味がないか、もしくは言えないのだろう。レオノールはそう判断した。
そう、いつかの鈴がついた謎の棒状の物を見たときと同じく。
差し出された謎の冠を受け取って【
(鳳凰の天冠……この世界にはないはずなのに)
独白し、繋ぐ手に無意識だがわずかに力がこもる。その変化に気づいたレオノールが、難しい表情になって隣を歩く姉を、じっと見上げた。
そんなちょっとシリアスにしているナディだが、セーフエリアに着くなり複数の冒険者に囲まれる羽目になった。理由は言わずもがなだが、一応は女子であり、そして妹を連れているのにむさ苦しい野郎どもが過半数を占めるそれらに囲まれればドン引きするのは当然である。
迷宮に籠っているから暑苦しいし、当然入浴なんてできないから臭いがちょっとアレだし。
そうして勝手に盛り上がってワッショイしている冒険者どもから逃げるように飛び立ち、休憩する間もなく四層へ避難する姉妹だった。
気遣ってくれてたり祝福してくれているのは理解できるが、だからといって相手をよく見ずに突撃をかますのはどうなんだろうとナディはつくづく思う。そして祝福方法がいちいち脳筋寄りなのも勘弁してほしい。
「はぁ……なんというかこう、もうちょっと大人しくならないのかしら。無理なんだろうけど……」
「そう。それはきっと無理」
溜息を吐いて呟くナディに、レオノールは頷きながらそう答えた。
休憩を一切取れずに四層に潜行した二人だが、その進んだ先が岩山と林で構成された階層であったため、階層門から少し離れた岩場でちょっと休憩を取ることにした。
当然、探知魔法での警戒はしているし、隔絶する障壁を構築して、更に一定距離に侵入したら地面から爆炎が噴き上がるように【条件発動化】もしている。
「お姉ちゃん。ちょっと疲れた」
「うん、そうだね。無理しすぎだよレオ。あーでも、私も人のこと言えないなぁ」
「まさしくそう。お姉ちゃんは人一倍無理をするから注意が必要」
「そうなのかなぁ。自分ではそうは思っていないんだけど」
そう言うが、自分の行動を振り返ってみれば、確かにその気はあった。
「でもそれは仕方ないんだよ。緊急事態だったし、無理も無茶もしないといけない状況だったの。だから、そう、仕方のないことだったんだよ」
自分に言い聞かせるナディである。ある意味では正解なのだが、方法を考えればそうしなくてもいい状況でもあったかもしれない。
まぁ、あくまでたらればな話だが。
「そう、無理も無茶もするわ。私は強欲だから今度こそ『家族』と、みんなと、幸せになるんだから」
この世界でも前の世界でも、望んだが得られなかったささやかな幸せ。それがナディを突き動かす原動力。
今まで最も幸せだと感じていた四回目でも、娘を、レオノールを亡くしてしまった。
(それに旦那が変態だったし。今もやっぱり変態だけど、それは仕方ないからともかく!)
最早それはどうしようもないことだと、理解はしている。いろいろと。だがその後悔が、今も胸に燻っているのだ。
関係ないが、その「変態だった旦那」が今現在では「変態な旦那」だと独白しているのには気付いていないナディである。
「そうよ。私は強欲なの! たとえ炭素で硬化できなくたって、高らかに言ってやるわ! 『有り得ないなんて有り得ない』って!」
左手を腰に当て、右手で遥か彼方を指し示して宣言する。そんな唐突に意味不明な行動をするナディに、一瞬戸惑うレオノールであった。
「ごめんお姉ちゃん。ちょっと何言ってるか分からない。でも誰に理解されなくとも我が道を突き進むお姉ちゃん。さすおね」
自己完結して高らかに宣言するナディ。その意味不明すぎる宣言に首を傾げるが、それでもなお褒め称えるレオノールこそさすがと言えよう。
まぁ、幼少期に夜な夜な謎ポーズで「刻むぞ血液のビート!」とか言っていたのを知っているレオノールは、今更だとちょっと諦めていた。
今だから違うと理解できるが、当時は強化系の魔法なのかと思っていたのはナイショである。
「とにかく。レオにはその【光装魔法】はまだ早いわ。だから余程がない限り使っちゃダメよ」
「うん分かった。でもそれはお姉ちゃんにも言えること。お姉ちゃんも【神装魔法】は使わないで」
「ああ、うん。それはそう。ここのところ使ってみて思い知ったから、もっと地力がつくまで使わないわ。そもそもアレって、前の人生で二十歳半ばを過ぎてから使い始めたからなぁ。今の身体じゃ負荷が大き過ぎるのは当然なのよね」
「そう。レオもお姉ちゃんもまだ成長期。だから無理せずほどほどにする」
そう言い互いに頷き合い、岩場で軽食を摂りながら一息入れる。
そんな二人からちょっと離れたところで爆炎が噴き上がり、擬態したトカゲが派手に吹き飛ばされているが、気にしない。
その爆炎が呼水になって集まるトカゲがやっぱり吹き飛ばされ始めるが、ナディもレオノールも一瞥しただけですぐに興味を失い食事に集中した。
そうして派手な爆音を響かせること暫し。ようやく静かになったのを確認した二人は、薬草茶をグイッと飲み干してから重い腰を上げた。
爆発したその跡地には無数の魔結晶と、光の加減で色を変える光学迷彩っぽいトカゲの革が散乱している。そしてやっぱりお肉は落ちていない。
肩を落としながらもそれを残らず回収し、強化魔法を重ね掛けしてから四層を進み始める。
首の周りにエリマキのような皮膜を広げて魔法を弾く直立トカゲを指向性化させた魔弾で撃ち抜き。
頭がノコギリのようなトカゲの首を落とし。
全身が高質化しているトカゲを凍らせたり電撃で焼き切ったり。
岩のような外皮のトカゲを地面から噴き出す高圧水流で空高く打ち上げてから叩き落とす。
そうして淡々と作業のように歩きながら、二人は現れる魔物を倒し続ける。
ドロップ品は魔結晶元より、魔法を弾く皮革品やノコギリのような角、金属のような強度があるが柔らかな革、高純度な鉄のインゴットであった。
そしてやっぱりお肉は出ない。
どうしてもテンションが上がらない二人が五層前のセーフエリア前まで進んだとき、立ち塞がるかのように真っ黒い10メートルはあるドラゴンぽいトカゲが現れた。
そのトカゲはナディとレオノールを視認すると、動きを止めてじっと見つめ始める。そして同じように、二人もそのトカゲを見つめ始めた。
「ねぇレオ」
「なぁにお姉ちゃん」
「よく見ると、このトカゲって肉付きがいいと思わない?」
よく観察すると、フォルム自体は巨大なトカゲだが、可食部位になりそうなところの肉付きがとてもいい感じに見える。
「これはもしかして」
「そうよ、もしかしてよ」
「「トカゲのお肉が食べられるんじゃないの」」
ちなみにこの巨大トカゲは四層の階層主【コモン・ドラゴ】のレア種【ドラゴ・シュヴァルツ】なのだが、お肉目当てな二人にとってはそんなの関係なかった。
「【
ナディが笑みを浮かべ、膨大な氷結魔法を発動させて【ドラゴ・シュヴァルツ】の動きを止める。
「【
次いでレオノールが硬質な針を生成して高速で撃ち出し、更に轟音を轟かせて雷を落とす。
強烈な冷気によって移動を阻害された【ドラゴ・シュヴァルツ】は、なすすべもなく針に貫かれたうえに雷撃を喰らう。
そうして内側から焼かれ、地面に落ちる【ドラゴ・シュヴァルツ】。本来ならばその強固な外皮と鋭い牙、そして素早い身のこなしで相手を翻弄する強敵なのだが、二人の反則的な魔法により速攻で倒されてしまった。
目標を達成してハイタッチをするナディとレオノール。そしてゆっくりと消滅してドロップしたものは――
「……ああ、うん、そうだよね……」
「期待させておいてやっぱり出ない。まさに鬼畜の所業」
艶がない漆黒の革と鋭い牙と爪、そして同じく漆黒の魔結晶だった。今回は宝箱は出ていない。
「どうしようレオ。私、心が折れそう……」
「レオもそう。もう帰りたい」
「でもここで諦めたら、負けよ! 諦めたらそこで勝負終了なんだから!」
「どんな状況でも決して折れず諦めない。さすおね」
「そうよ、まだ慌てる時間じゃないわ」
自身に言い聞かせて気合を入れ直し、奮い立つナディ。その姉へ憧憬の眼差しを向けて褒め称えるレオノール。
だが、このとき二人はなんとなく分かっちゃっていた。
もしかしなくても、この迷宮【
そんな事実があっても、信じたくない。なぜなら、目の前に美味しそうなでっかいトカゲがいるのだから!
そんな一縷の望みを抱きつつ、二人は五層へと続くセーフエリアへと入る。
中の構造は他と全く同じ、つまり四方に飲水可能な魔力水の泉がある。違うのは、そこで休んでいる冒険者たちが一様に疲弊していることだ。中には単なる疲労だけではなく、いわゆる状態異常になっている者もいた。
それら冒険者たちは二人を見るなり互いに頷き合い、申し訳なさそうに近付いてくる。
幼少期からアホな輩に絡まれてホイホイしてきたナディは、見ればその為人がなんとなく分かる。よってこの冒険者たちは自分たちに危害を加えないと判断した。
それ以前に若干切実な表情をしているため、逆になんなんだろう不思議に思う。
「なあ嬢ちゃんたち。悪いが解毒剤か回復の魔術が使えたりしないか?」
どうやら本当に切実らしい。
どういうことなのかを聞くと、五層は毒持ちの魔物が出るらしい。いや、そもそもそれしか出ないようだ。
それを聞いたナディとレオノールは、途端に項垂れた。
毒持ちなんて、食べられないじゃないか!
ともかく。
このセーフエリアで休んでいる冒険者たちの多くは大なり小なり毒に冒されており、動けない状況のようだ。それでも生存できているのは、きっと強靭な肉体と強大な体力があるためだろう。
実力のある冒険者は、そういった状態異常の要因に対しての耐性があるのだから。
だからといって、完全に安心はできない。
そもそも生体である以上、食事を摂らなければ命を維持できなのだから。
「レオ」
「なあにお姉ちゃん」
「ここの人たちに、ごはん作ってあげて」
「うん分かった。お姉ちゃんはどうするの」
「私は、ちょっと薬を作るわ」
三度目の人生を思い出したのか、それとも【
「アンタたち、毒持ちから拾った毒液とか持ってたら出しなさい」
唐突に宣言するナディに呆気に取られる冒険者たち。だがさすがは高ランクな冒険者たちである。その発言の真意を即座に理解して五層で拾ったであろう毒液を出し始めた。
「じゃあちょっと預かるわね。……うわぁ、通常の毒だけじゃなくて腐食毒とか処置が遅れれば後遺症が残るのもあるじゃない。よし!」
上着を脱いで【
それを覗き始める冒険者たちに泉から水を大量に汲んでくるように言い、集めた毒の素材で解毒薬を作り始める。
その様子を興味深そうに見つめていたが、途中から何をしているのか分からなくなった冒険者たちは、今度は調理をしているレオノールの方へ向かった。いい匂いがし始めたし。
(毒しかないけど、魔力水があるから効能を逆転できるわね。ちょっと魔力が多く必要なのは問題ないわ。迷宮自体の魔力を使えばいいだけだし)
ブツブツ呟きながら、ナディは真剣な表情で製薬を続けた。
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