加奈レポ~富沢加奈のカウンセリング・レポート~

ある男子生徒のメモ

 これは高波工業高校に通う、ある男子生徒が書き残したメモである。


「いつから、自分はこうなってしまったのだろう?」


 そんな自問自答を繰り返す度に、胸に重く暗い影が忍び寄ってくる。

 学校生活はすべて、この絶望を背負っていたように思う。


 小学校の頃から、自分はどこかクラスに馴染めなかった。

 運動も勉強も、周りの子たちと比べて劣っているように感じていた。

 学校の中で行うことは、すべて周りができて当たり前のことばかりであって、自分ができないことなんて何も理解はされない。

 少しでもミスをすれば、容赦なく笑いのネタにされた。

 先生に助けを求めても、「もっと努力しなさい」と冷たく突き放されるばかりだった。


 中学に入っても状況は変わらず、むしろ悪化した。

 思春期特有の心の揺れ動きの中で、自分はますます孤立していった。

 クラスで誰かと話しかけようものなら、途端に笑いの的になる。

 そんな経験を繰り返すうちに、心を開くことを恐れるようになった。


 そして、全日制の公立高校である、この高波工業高校に入学。

 しかし、結果は散々たるものだった。成績は常に最下位。

 特に専門教科や実習で足を引っ張っている有様であり、学校にとってみても問題のある存在にしかなっていなかった。

 友人と言える人は一人もいない。

 むしろ、過去を知る同級生達から、自分の過去をすべて暴露され、ますます孤立だけをあの場所で感じていた。

 そして、毎日をただやり過ごすだけの、無意味な日々が続いている。


「そもそも、この高校に入ったこと自体、間違っていたのかもしれない」


 そう自問自答するたびに、過去の自分がいかに愚かだったのかと後悔する。

 成績や通学距離だけで高校を選んだ自分の浅はかな判断が、今の惨めな状況を作り出したのだ。

 いや、そもそもあの場所しか選ぶことができなかった以上、ますます自己嫌悪に陥ってしまう。

 そのときにこの高校でなくもっと他の高校を目指せていたのなら、きっとこんなに苦しんでしまうことはなかったと思うのに……。


 教室で一人、窓の外を眺めていると、子供たちが楽しそうに遊んでいるのが見える。

 あの頃、自分も学校の中であんな風に無邪気に笑っていたのだろうか。

 そんな記憶すら、もう曖昧になっている。


「家族を含め、誰一人として、こんな自分を受け入れてくれる存在なんていない」


 家族にも、自分の悩みを打ち明けられない。きっと、また「甘えている」とか「努力が足りない」と言われるに違いない。

 だったら、一人で抱え込む方がまだマシだと、そう思ってしまう自分がいる。


「なぜ、いつも自分だけがこうなるのだろうか?」


 この問いは、自分の心を深くえぐる。

 まるで、暗い洞窟の奥底へと引きずり込まれるような感覚だ。

 自分の感覚が、認識が、解釈が、常識が周りと大きく食い違っている。

 そのことで常に、同級生や先生たちともめているところがある。


 このメモを自宅で、机の上で書いているときに、夜空を見上げる。

 自分の苦しみを何も知らないように、無数の星が輝いている。それらと同じように、自分もいつか輝ける日が来るのだろうか。

 そんな甘い期待を抱きながらも、心の奥底では、もう何も期待できないと諦めている自分がいる。

 

「自分が死んだとして、世の中はどうなるのだろうか?」

 

 この問いを出すこと自体、自分の中では出したくはなかった。

 ただ、今まで生きてきた中で、自分なんてこの世にいてはいけない存在としてしか思うことができなくなっていた。

 これから先、自分がどうなるにしても、きっとこの学校生活で受けた傷なんて癒やせることはない。

 だったら、一度死んだほうが楽なのかもしれない。

 これ以上のことを考えずに済むから。

 とはいえ、それを実際に行うには、今はまだ早い。

 せめて、1年後、強いて言うなれば来年の卒業式あたりにだ。

 それまでに自分の考えが変わればこんなこともせずに済むのだろう。

 そう考えていないと、今のところは生きていけない。

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