妖精庭園Ⅶ
その言葉に一瞬。マリーの動きが固まる。
例え正体がわかっていたとしても、幼い頃に刻まれた恐怖はなかなか消えることはない。正体不明のよくわからない存在(自分から攻撃不可能)がいるとなると、自然と脈拍が早くなる。
「お、おい。冗談だよな? 姉さんも今の声、聞こえただろ?」
「……微かに、ね。あたしは空耳かと思ったんだけど。マリーまで聞こえたとなると、そうじゃないみたい」
二人は顔を見合わせると同時に同じ方向を向いた。
後ろに目が付いているのか。はたまた聴覚が鋭敏なのか。先頭を歩いていてたチャドが引き返してきて、二人の前に立った。
「何が、聞こえた?」
冷製そうに見えるが、やや口早に短く告げられた声音には、僅かに焦りの色が感じられた。
その様子と自分たちが聞いた声との関連性があまり結びつかないのか。マリーは少し怯えているが、二人とも何気なく、聞こえた言葉を口にした。
「「『見つけた』って」」
「――――全員。走るぞ。何があっても死ぬ気で着いて来い」
その言葉にアンディでさえも驚愕する。
「お待ちください。説明を――――」
「説明は走りながらしてやる。今は、この場所を一刻も早く離れるんだ。身体強化は使うな。位置がバレる可能性がある!」
流石に数日分の荷物を背負って、森の中で全力疾走というわけにもいかず。駆け足気味になる一行。
そんな一行の前で息も切らさず進んで行くチャド。時折、距離を取って跪いて何事かを呟くとまた駆けていく。
「エルフの方はあまり足腰が強いイメージがなかったのですが、結構健脚なのですね」
「森の中を常に歩き回っている種族です。背が高くて細く見えるけど、あれ全部筋肉の塊だと思うと恐ろしい……」
フランの疑問にフェイが口を開く。尤も、その中身が月の八咫烏なる危険人物だとわかっていれば、エルフなどよりも恐ろしく運動能力が高いのはわかりきったことであった。
「とりあえず、説明をお願いします」
「問題だ。悪戯好きの妖精が、自分たちのテリトリーで人間という揶揄い相手を見つけた。どうすると思う?」
「――――悪戯、をしますね」
「その通りだ。しかも、普段するような物を隠すとか、物の位置を入れ替えるとか、窓を割るとかじゃない。迷惑なことに妖精庭園内の魔力のせいで本来の何十倍もの力を出すことができる。重ねて迷惑なことに、その自覚が妖精には―――――」
そこまで聞いた直後に何かが爆発でもしたかのような轟音が響き渡る。十数秒遅れて、土塊が上から枝や葉にぶつかりながら速度を落として降ってきた。
「おいおい。自分たちの森に手を出すのはオーケーかよ!?」
「今のは私が仕掛けたダミーの土人形だ。見つかるとあんな感じで空に打ち上げられる可能性もある。もし、そうなったら気合で身体強化して着地しろ」
「む、無茶苦茶だ……」
無言でついて来ていた騎士たちも冷や汗を浮かべながら思わず愚痴る。
「アレでもましな方だぞ。恐らく、妖精たちからすれば、ちょっと赤子を空中に浮かせて驚かそう、くらいの感覚だからな」
「「「む、無茶苦茶だ……!!」」」
あまりの妖精の感覚と結果の乖離に一同、心が一つになる。それもそうだろう。幼子の笑みを浮かべてペタペタと触ってきたら、ゴーレム級の張り手がとんできていたなんてことになりかねない。
この場において、マリーが感じていた恐怖はある意味間違っていなかったことになる。
「待ってください。その土人形の一部が我々の所にピンポイントで落ちてきたということは!?」
「あぁ、位置はバレてるな。急がないと次は私たちの番だ。それまでに間に合えばいいが」
歯ぎしりしながら、地面へと手を置くチャド。そこには、先ほど言っていたように五歳児くらいの土人形が形成され始めていく。
「身体強化を使うなって言うくせに、自分は魔法使ってんじゃんか!?」
「説明は後でするといっただろう。今は黙って動け!」
理不尽な、と言いたくなるマリーの耳には少しずつ妖精たちの声がはっきりと聞こえ始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます