迷子Ⅲ
翌朝。朦朧とする意識を呼び起こして、何とか出発することができたユーキだったが、その疲労はかなり蓄積していた。後一週間以上、この夜を過ごすと考えると嬉しさ半分、恐ろしさ半分である。
「――――本当に手を出さないとは、ユーキ様は本当に男なのですか?」
寝ぼけて顔を洗っているところにメリッサから、そんな失礼なことを言われもしたが、正直、気にするほどの精神力も残っていなかった。
それどころか、風邪を引いているわけでもないのに、体が重く感じてしまう。寝不足なのだろうと思いながら、揺れる馬車の中でユーキは本を開いた。
昨日、読もうとしていた魔眼保有者の生涯と能力の解説である。
結局のところ、ユーキが見ることができたのは目次のみで、本格的に今日から読んでいくことになるのだが、最初のページに出てきた魔眼保有者はかなり特殊過ぎて、隣から覗き込んでいたサクラも若干、顔を引き攣らせていた。
「こ、こういう使い方は……だ、駄目だからね!」
サクラがその人物の内容を読み切った時に放った一言がこれだった。書かれていた内容を少しばかり紹介すると次のような内容になる。
登場人物は魔眼の大家サリバン家初代当主こと、テオ・サリバン。元々は庶民の出で、騎士として仕えることになり、当時はまだ開拓も進んでいなかった王都西部の山々と森を見張るのが仕事だった。遠見の魔眼で活発に動く魔物たちの動向を逐一報告するのが彼の役目で、日中は常に城門の上から森を見守るという「それなんて言う拷問?」と問いたくなることを楽しんでやっていたようだ。
この際に魔物の生態を事細かく記しており、現在でも魔法学園やギルドで使われる魔物の説明には彼の記した内容が残っているほどである。
また、魔王ほどではないが強大な変異種が現れた際には、真っ先にそれに気付き、討伐隊の案内役にもなるなどの活躍を示して、一気に男爵に叙勲され、サリバンと名乗るようになった。
ここまで聞くと、とても好印象な英雄に聞こえるのだが、問題はその後に記載されている魔眼の能力や使い方についてだ。
遠見の魔眼を授かったためか、彼の魔眼の使い道の大半は覗きであった。女性の着替えや川での水浴びを覗くために物心ついた時から魔眼を使っていた。そして、驚くべきことに情熱を注ぎ過ぎてしまった結果、彼の魔眼は進化して、多少の光の反射を捉えるだけでも、直視した場合と全く同じ精度の映像が見える、というのだ。
王都に旅立つ前には、なぜ私には透視の力が宿らなかったのだ、と友人に吐露してもいるようで、いわゆる変態の道を全速力で行く男であった。
「……そ、そうだな」
サクラの言葉に頷くしかなかったユーキは、少しだけ罪悪感に苛まれる。
ユーキの魔眼は人の魔力と思われるものを視覚的に捉えることができるのだが、それを見る際には体のラインが分かってしまう。つまり、言い換えれば、ほぼほぼ裸を見ることができるということと同義であった。
一度、不用意に見てしまいそうになったことがあるため、テオの所業について、大手を振って否定できないのはこのためだ。
やけに歯切れの悪いユーキをフランとアイリスがジト目で問い詰めるかのように見つめる。
「ユーキさん。本当に大丈夫ですか?」
「実は、私たちにも言ってない能力、あるのかも」
「そ、そそそそ、そんなことあるわけないだろ! って言いたいのは山々なんだけど、俺も能力をあまり把握できていないから断言はできないです。ごめんなさい」
最初は動揺しながらも否定しようとしたが、後ろめたいことがあるとどうにも言い切れない。
「でも、ユーキさんはほら、お風呂の時とかでも大丈夫だったから、ね」
サクラが助け舟を出すが、それはむしろユーキを更に窮地へと追い込むことになってしまう。
この場においてメリッサが企んだ混浴事件を知らない人物がまだ残っているからだ。
「ちょっと、その話……」
「詳しく聞かせてほしいんだけど……」
クレアとマリーが自分の教科書から目を離して、ニヤリと笑みを浮かべた。これはマズイ、とユーキが思うのも無理のないことではあったが、幸いなことに、この状況を救ったのは他ならぬメリッサでもあった。
「お二人とも、時間は有限です。昨日読めなかった分をしっかり読んでください。わからなくなったら、すぐに言うこと。いいですね?」
「「はい……」」
少なくともメリッサは午前中の間に二人をおしゃべりに参加させる気はないようだ。ユーキの場合は巻き込まれた形なので、本を読まなくても怒られることはないが、二人はビクトリアから命を受けているメリッサに逆らうことは許されないし、逃げられないのである。
後ろの騒がしい様子を聞いていたフェイであったが、周りに見える植生が変わり始めてきたことに気付くと、また少し表情が険しくなった。
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