凱旋の一歩Ⅲ

 朝食を食べてしばらくした後、オースティンとメリッサに案内されてユーキたちは、伯爵邸の城門近くに集められた馬車の近くまでやってきた。


「皆様。短い間でしたがありがとうございました。次に来るときまでには、安心して過ごせるように整えておきますので」

「大丈夫だろ。父さんと母さんがいれば何とかなるって」

「マリー様は残って手伝っていかれてもよろしいのですよ?」

「あー、心配だけど、学園があるからなー。残念だなー」


 表情を変えることなく、微笑んだままのオースティンにマリーは明後日の方向を見ながら返事をする。

 当分は特訓がトラウマとして抜けなそうだ。


「ところで、メリッサのその荷物は一体……?」


 クレアがメリッサの背後を指差す。

 そこには探検家でも背負わないような巨大なバッグが存在していた。それを背負ったメリッサは微動だにせず、直立している。


「伯爵家のメイドさんって、みんなこんな感じなんでしょうか? もしかして、戦闘とかもできるとか……?」

「ど、どうかな。ちょっと私もわからないかも」


 フランとサクラが後ろの方で話す傍ら、ユーキは頬を引き攣らせていた。


「(この人、魔眼を使おうとした瞬間だけ、こっちを見てくる……。俺を介護しているときも自然と俺の動きに合わせていたけど、気配の読み方とかが飛びぬけてる)」


 三回ほど魔眼で見ようとして、目を細められたのでユーキは流石に諦めることにした。

 特に三回目の時には殺気に近い気配すら感じたからだ。


「(有能メイドかと思いきや、ドSな一面があって、オマケに気配まで読むとか何なんだこの人)」

「(あまり深く聞かない方がいいですよ。そういうところに触れられるのは、女性が一番嫌がることですから)」


 ウンディーネがユーキの漏れ出た思考に釘を刺す。

 ユーキは下手に触れると藪蛇になりそうだと重ねて感じたので、何も言わずに横にいたマリーより少し後ろの位置に下がった。

 それを確認してか、メリッサが口を開く。


「この度、ビクトリア様にマリー様専属のメイドとなるよう仰せつかりました。本日からのお勤めになりますので、よろしくお願いいたします」

「いやいやいや、じゃあ、ここのメイドのトップはどうするんだよ」

「既に引き継ぎは済ませていますので、問題ありません」

「やっばい、嫌な予感しかしない」


 今度はマリーがユーキよりも後ろへと下がる。

 その光景を見てメリッサは悪意の全く感じられない笑顔で、残酷な一言を告げた。


「マリー様がどう思われるかわかりませんが、奥様からは伯爵領に関する知識を片っ端から叩き込むように、と」

「うわああああ、嫌だああああ。せっかく特訓が終わったのにいいいい」


 天を仰いでマリーが悲鳴を上げる。

 そんな姿を見て苦笑いをしているクレアにもメリッサは微笑んだ。


「もちろん。クレア様もですよ」

「えー、やんなきゃダメ?」

「ダメです」

「そっか。じゃあ、仕方ないかな」


 おや、とユーキは思った。

 ビクトリアにも食いつくだけの度胸があるクレアならば逃げるか抵抗するか。いずれにせよ、もっと食い下がるかと思われたのだが、案外、素直に頷いてしまった。

 呆気に取られている横でオースティンはくつくつと笑う。


「無理もありません。ユーキ様。彼女は幼少期における教育係でもあったのです。そのやり方は……まぁ、ここでは伏せさせていただきますが、奥様に負けずとも劣らずなスタイルだったので、二人がこのような反応をするのも無理はないかと」

「はぁ、なるほど」


 つまり、マリーは絶望に打ちひしがれ、クレアは諦観しているということだろうか。

 ビクトリア以上に恐れるのは、それだけメリッサと過ごした時間の方が濃密だということだろう。二人がどう思っているかは見ての通りだが、メリッサは心なしか嬉しそうなようにも見れる。


「(……久しぶりに一緒にいられることへの嬉しさならいいけれど、サディスト的な方での嬉しさだったら、助けてもらった手前失礼だけど、お近づきにはなりたくない――――)」

「――――ユーキ様」

「ひゃいっ!?」


 いつの間にかユーキの目の前に銀髪の髪を揺らしたメリッサが立っていた。

 たった数歩の距離だったが、それを大きな荷物を背負って、気配を悟らせずに近づくなど常人ができることではない。

 頭や背中を血が落ちていくような感覚に襲われながら、ユーキは何とか平静さを保つことができた。


「改めてよろしくお願いいたします。お嬢様たちからも色々と面白いお話を聞かせていただいているので、これからが楽しみで仕方ありません」

「おい、ちょっと待ってくれ。お前ら、俺の何を話した!?」


 クレアとマリーはユーキから目を逸らす。

 どうやら二人は簡単に口を開きそうにないし、割らせる方法も思いつかない。

 ユーキは諦めて、メリッサの方へと向き、姿勢を正した。


「こちらこそ、よろしくお願いします。そして、オースティンさん、メリッサさん。ここに来た時にお世話をしていただいて助かりました。ありがとうございました」

「――――いえいえ、奥様からの御用命でしたので、というには無粋ですな。ここは素直に感謝の言葉を受け取らせていただきます」

「どういたしまして。因みに、ユーキ様への教育も私の仕事に含まれているので、そのつもりで」


 その言葉にユーキが反応する前にマリーが肩に手を回した。


「いやー。ユーキも一緒にがんばってくれるか、そーかそーか。嬉しいぜー」

「……まぁ、勉強は好きだから俺は問題ないけどな」

「それは……とても楽しみです」


 ユーキとしては勉強することに苦痛は感じない。むしろ、知らないままの方が気持ちが悪いくらいだ。

 そんな気持ちでいるユーキの態度に、マリーは肩を落とした。


「さぁ、そろそろ出発のお時間です。皆様、馬車へどうぞお乗りください」


 オースティンに言われるがまま馬車へと近づいていくと御者台から聞きなれた声が届く。


「ユーキ。あんまりみんなを待たせないでくれよ」

「フェイ。もしかして、ここの御者を?」

「それ以外に何があるって言うんだ。さぁさぁ、時間は待ってくれないよ」


 急かされるままにみんなが馬車へと乗り込んでいく。ユーキも一歩踏み込むが、上下に揺れる感覚に戸惑いながら進んで行く。

 全員が乗り込んだことを確認して、オースティンが先頭に向けて手を挙げて合図する。

 こうして、伯爵邸に残る騎士や使用人たちに見送られ、ローレンス伯領温泉経由王都行きの馬車は出発したのだった。

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