凱旋の一歩Ⅱ

 扉を出るとサクラだけでなく、アイリスやフラン。そして、ビクトリアの修行から解放されて満面の笑みを浮かべるマリーがいた。


「なんだ。昨日に比べて、随分と気分がよさそうじゃないか」

「当たり前だろ。母さんの馬鹿みたいにキツイ特訓をしなくて済むんだ。あたしにとって、ここ数日は一年くらいに感じたよ。もうこりごり。姉さんが嫌がるのも無理ないわ」


 両手を挙げて降参のポーズをする。

 そんなマリーの横でアイリスはぼそりと呟いた。


「因みに、クレアは一週間続けた、らしい」

「え゛っ!? あたしそれ初耳なんだけど」

「昨日、こっそり聞いた」

「……ちょっと姉さんに同情するわ」


 自分が味わった苦しいの倍以上を経験した想像するだけで震え上がる。

 血の繋がった親だというのに、まるで殺人鬼でもいたかのような表情をするのは仕方のないことだろう。昨日の時点では気付かなかったが、肌の見えている場所にはところどころ痣ができていた。

 恐らく治癒魔法かポーションを使ったのだろうが、それでも残るとなると相当痛かったに違いない。火球を維持していた両手は狙われた回数が多いらしく、心なしかまだ腫れているようにも見えた。

 もしかすると、服の下にはもっとたくさんの痣があるのかと思うと、ユーキは想像するだけでマリーを直視できなかった。


「ユーキさん。荷物の準備はできてる?」

「荷物って言うか……。そもそも俺、何も持たずに運ばれてきたから何も持ってないんだよね」

「あ、そっか。じゃあ、ご飯食べたらすぐにでも出発できそうだね」

「王都までどれくらいかかるかわからないけど、魔法で服とかも綺麗にできるから一応困らないかな。でも、やっぱり風呂に入ったり、服は毎日取り換えたいかも」


 この世界では魔法で体や服を一瞬で綺麗にできるほか、歯磨きなども魔法で一気にやってしまえる。その点では元の世界よりはるかに便利である。服を着ていて不快感もないし、虫歯になることもない。

 ただ、それでもしっかり洗濯して干した服の方が気持ちいいし、風呂に入った方がリラックスできる。特に女子たちはオシャレもあるのだろう。少なくとも、ここ数日で戦闘に関わる時以外では、同じ格好はしていなかった。


「王都までは直行すれば、どんなに遅くてもは一月はかからないけど、今回は例の場所に寄るから少し長くなるんじゃないかな?」

「うっわ、半月は覚悟することになりそうか。アルトの護衛任務とかを経験してなかったら耐えられなかったかもな……」


 ひたすら歩き続ける。あるいは馬車に揺られ続ける。いずれにせよ、ユーキにとって、一週間以上の旅を経験したのは二回。どちらもトチ村から王都までの道のりだ。

 そう考えるとトチ村からの距離より伯爵領は少し遠いくらいだろうと思うが、正確にはだいぶ違う。今回ユーキたちが移動するのは騎士団所属の馬とその馬車。おまけに、そのうちの一台は王家の持ち物でかなりスピードも出やすい。聞くところによると空間を捻じ曲げて、ちょっとした収納スペースも確保されているらしく。騎士団の馬車は食料を最小限だけ運べばいいのだ。


「護衛の人数もこちらに来た時とは違って、必要最小限にするらしいです。また、ここを襲われたら大変ですから」

「……俺の知らない間に情報がたくさん入っているみたいだけど、どこから仕入れてるの?」

「「クレアさんから」」

「あぁ、そうだ。聞いた俺がバカだった」


 伯爵の娘だ。知っていて当然だろう。

 気持ちよく起きたと思った割には、まだ頭が働いていないらしい。欠伸をしながらユーキはメイドや騎士の人たちが行き交う食堂へと足を踏み入れた。


「それじゃあ、これを食べたら、こことおさらばってことか。そう思うと、もう少しゆっくり街を見て行きたかった気もするな」

「じゃあ、冬休みになったらまた来るか? ユーキなら大歓迎だぜ」

「そ、それはダメ!」


 マリーが任せろと言わんばかりに胸を叩くが、それをサクラが慌てて遮った。

 その様子に、思わずみんな唖然とした様子でサクラを見つめる。


「あ、今のは、その……ほら! こういうことも有ったし、今年は戻ってこなくてもいいとか言われるかもしれないじゃない」

「そっかなぁ。確かに今回の王都行きも、そんな感じは確かにするけど……年末には大丈夫なんじゃないか?」

「後、戻ってきたとしたら、ビクトリアさんの特訓が――――」

「――――あー、あー、きこえないー!」


 トラウマが蘇ったのか、両耳を抑えてマリーは明後日の方向を見る。

 その姿に通りすぎる人が一瞬驚いてみていく。その人物がマリーだとわかると笑みを浮かべたまま何も言わずに去っていった。


「こうなったら、さっさと飯食って、おんせ――――じゃなかった。王都に帰るぞ!」


 サクラの一瞬の隙をついて、マリーはアイリスの手首を握って走り出す。

 学園ほどではないとはいえ、かなり大きな食堂を突き進んでいく二人をユーキたちは慌てて追いかけた。

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