第7話 園田くんとデート!?

 休み明けは、憂鬱な月曜日のはずだった。


 土日の休日はセックレスなはずの颯斗くんが執拗にスキンシップを求めてくるから、私は言い訳を咄嗟とっさに考えて彼からのキスやハグをかわすのに疲れてしまった。


 急にどうしてか、私とシたがるのはやめてほしい。

 柊くんの香恋さんとは関係が続いているのに。

 今までは「家の外」だけで満足していたんでしょう?


 颯斗くんはたぶん、妻の気持ちを手のひらで転がしているって思っていた時は裏切りの行為の夜も余裕があって愉しんでいたけれど、私が彼の想定外の行動をするようになって余裕が無くなってきたのかな。


 ……それとも、他の男の人と会っているのをなんとなく勘づいているのか。

 勘? 嫉妬?

 まあ、他の男の人と会っているって言ったって、そんな風に言葉にすると何かやましいことが私の方にありそうでも、な〜んにも意味深なこともなく柊くんや園田くんとご飯を食べたりしておしゃべりしたり、気持ちを吐露して相談し合っているだけ。


 柊くんと私はサれた側の同志で、園田くんはアドバイザー的な……。


 ああ……、私。

 心が、すごくざわざわとしている。

 落ち着かないな。


 まるでツルツルとした氷の上を歩いているみたいに、ちょっとしたきっかけを加え与えられたらすっ転んでしまうのだろう。


 不安定で仕方がない。

 よく、眠れないし。

 ぐっすりと快適な睡眠がとれないのは、けっこう身体にも考える頭にもあんまりよくない。

 思考回路が颯斗くんがしてる不倫のことを蒸し返すループでめちゃくちゃだ。


 裏切られてる。

 しかもそれは友達の柊くんの奥さんで。

 ずっと、ずっと。裏でカノジョと逢い続け身体を繋げ愛し合いながら、私に微笑みかけセックスしてる。


 夫の颯斗くんは私に愛してると囁いたら、次にカノジョに愛してると告げて愛を刻み込んで情事に耽けて、また日常と妻の私のもとに戻る。


 そんな二重の愛の生活を送り続けてきた夫は、これからもバレることなく不倫を続けるつもりでいるのだろう。


 「私」という小さな存在が途方もない海のなかに暗く沈んでいく。気持ちがふさぐ。


 なんで、急に。

 セックスレスを解消して子作りしたいって……。

 私は颯斗くんに腕を触れられただけで、拒否反応が出てしまった。


 彼を信じきっていて子供が欲しいと漠然と思っていた時期なら喜んで。愛する夫と情熱的に身体を重ねたら、きっと体の欲望も心も満たされていただろう。


 仲良し夫婦だって信じて疑わない愚かな妻の私は、夫にすみずみまで愛して愛されていると勘違いしていた。


『俺が一番大切なのは小夏だよ……』

『嬉しい。私も颯斗くんが好きで大切だよ。二人で過ごす時間が一番大切……』


 二人だけの甘い時間。

 お互いだけが、恋して焦がれて、愛し合ってるって。

 なんて空々しい。

 白けていく夫婦の築いていた関係が、すごく虚しい。



 夫を信じきることの出来ない今の私じゃ、彼に抱かれることは苦痛以外の何ものでもないの。


 どういうつもり?

 香恋さんとは、別れる気もないんでしょう?




 家から出る口実があるのが、こんなにありがたいことだなんて。


 私が颯斗くんの浮気を知る前の平凡で平穏な時ですら、それでもなんとなく気が重かった休日明け。そんな気怠いはずの月曜の朝なのに、私は職場に着いてすごくホッとしてる。



 私は休憩ルームの明るい窓際の席で、水筒に淹れてきた温かいローズヒップティーを飲みながら、気持ちを落ち着けていく。


「よおっ!」

「そ、園田くん?」


 後ろから肩を軽く叩かれ、振り返るとスーツに身を包んだ園田くんがいた。

 高身長の園田くんは、落ち着いた色味の服がよく似合う。彼の雰囲気をとても大人にしてしまう。

 柊くんもそうだけど、洋服をなんでも素敵に着こなしてしまいそうだよね。


 私は、ニコッと笑う園田くんに気が緩む。

 昔なじみの友達の笑顔が私に向けられて、心がじんわりとあったかくなった。


「ふふっ。小夏、おはよう。千秋もいるよ」

「おはよう、園田くん。……どうして、うちの会社に二人が来ているの?」


 私の働いてる会社のプロジェクトで大手のコンビニの新作スイーツの監修を柊くんがすることになったんだって。

 会議には、園田くんもメンバーの一員として参加する。


 まさか、二人がうちの会社に直接来るとは思わなかったな、嬉しい……。


 うちの会社が柊くんと園田くんと仕事のタッグを組むんだ。


 私は開発のメンバーや広報の方ではない事務がたなので、プロジェクトに関わることはないと思うけど。


 前より会えるようになるね。


「なに、その顔? 小夏、びっくりしすぎだろ。可愛いけど」

「かっ、可愛いって。さらっとそんなこと言えちゃう園田くんは変わんないな〜。お世辞が上手いんだから」

「お世辞じゃないよ。何度も言うけど、小夏は可愛い。フリーになったら俺と一番にデートしよ、小夏?」

「ええっ!? デ、デート? 私と園田くんが?」

「うん。デート。俺とじゃおかしい? ……なあ、小夏。ここ、座ってもいいっ?」

「うん。どうぞ」


 私の横にさり気なく座る園田くんから、ふわっと香水の香りがした。

 柊くんは調理をする仕事だから、香水はつけないっていってたっけ。


「そっ。俺とロマンチックなデートをしよう? 小夏。……俺と身も心も蕩けるような。ふっふっふっ、小夏を楽しませるよ? 俺にはその自信があるのだ〜。小夏の辛さを忘れさせてやるよ。……離婚する前だって俺はぜんぜん一向に構わないんだけど。小夏は浮気に浮気で仕返しするような倫理に背くとか穢れた感じの関係、そういうの嫌だろうから」

「うん……」


 おどけた調子と、時折り色気の入った真面目な強い視線。

 園田くんは間違いなくモテるだろうに、なぜ私をデートなんて誘うんだろう?


「同情とか、慰めてくれるってことかな?」

「小夏に同情? 慰める? まさか。結構本気で口説きにかかってるんだけど、俺」


 下から私の顔を覗き込んでる園田くんはほがらかに笑って、大型犬みたいに無邪気に見える。 


 朝早く、始業時間だいぶ前の休憩室には他には社員は座っていない。


 私の隣り、目線の前には園田くんしか居ない。


 でも、誰かに見られこんな会話を聞かれたらあらぬ誤解を抱かれたりはしないだろうか?


 ……まだ体裁を気にしている私は、いったい誰に対して言い訳を考えているのだろう。


 ――夫はとっくに妻である私を裏切っているというのに。


 しかも長い時間妻を欺いている夫だって知った私に、どうして彼への罪悪感が湧くのだろう?



「園田。俺の居ないところで小夏を誘惑してデートの約束? 二人で出掛けるとか、ちょっと聞き逃がせないな」


 そう言った彼の長いコートが翻って、すたすたと歩いてくる。


「柊くん」

「千秋。……残念! なんだ思ったより早かったな」


 ドキッとした。


 柊くんが『調理部の王子様』とか『イケメンなエプロン男子くん』と騒がれていた学生時代を思い出す。


 私。

 ……柊くんが好きだったこと、再燃しそうで怖い。

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