第21話 愚王と悪女
グランガルド王国は四つの騎士団を持ち、第一から第三騎士団が貴族のみで構成される一方、第四騎士団だけは貴族と平民の両方が入団を許されている。
謁見の間で斬られた赤毛の騎士こと、ナサニエル伯爵家の三男ロンは元々は第二騎士団に所属していたのだが、入団当初から上司や同僚との諍いが絶えず、あまりに問題行動が多いため、つい最近第四騎士団へ配属替えになったばかりであった。
「現在、ロンは第四騎士団の懲罰房で救護班の治療を受けています」
クラウスの執務室に呼ばれた第四騎士団団長、ジョセフ・クローバーは申し訳なさそうに語った。
「一命を取り留めたものの、容体は極めて悪く、予断を許しません」
回復したとしても後に待つ状況を考えると、助かったことが本人にとって幸せなのか分からない、と言葉を濁す。
「臥せった状態で構わない……王宮医をつけるから、ロンとやらを今日中に王宮内の医務室に移動させておけ」
突然のクラウスの言葉に、後ろに控えていたザハドが驚き前へ出た。
「陛下、恐れながら申し上げます。この後不敬罪により罰せられる者に、なぜそのような過分な治療を?」
どちらにしろ死にゆくものへ、手を差し伸べる意図が分からず首をひねる。
今日はいつにも増して仕事が立て込んでいるのだろうか、執務机の上は一面書類が積まれ、手元が見えないほどだ。
「……我が寵姫が、誕生日に赤毛の騎士を欲しいとねだるのでな」
突然訳の分からないことを言い始めた主君に、ザハドはポカンと口を開ける。
「他にも赤毛の騎士がいたのだが、どうしても謁見の間で血に塗れた
だが次はないぞと、重ねて告げる。
「ですが、たとえ王宮医といえど、あの傷では意識が戻るかどうかも……回復したとしても、まともに歩くことすらままならないでしょう」
使い物にならない騎士をよもや
言動に問題があるとはいえ、自分の部下を玩具にさせるわけにはいかない。
「……その心配は不要です」
どこからか女性の声が聞こえ、ザハドとジョセフはキョロキョロと辺りを見回した。
クラウスが突然机にドンと拳を置き、そのまま腕ごと横に滑らせ、山積みの書類を脇に移動させる。
「ッ!?」
……クラウスの膝の上に、なぜかちょこんと座るミランダ。
執務机の上に置かれた黒い小瓶を手に取り指先で小さく振ると、半分くらいだろうか、何かの液体が瓶の中でぐるりと弧を描く。
「これは私の誕生日に、祖国ファゴル大公国から贈られてきた秘薬」
瓶
「なんでも一滴飲めば病気が、もう一滴飲めば怪我が、……たちどころに治癒される宝物庫の逸品だというのですが、古い文書に残っているだけで、残念ながら真偽は不明」
あれ、その瓶って、中身そんなんだったっけ……?
ザハドが訝し気に目を細める。
「そこで私への贖罪として、その身体を以て効果のほどを確認していただこうかと」
どうせ死に行く者なのだから、なにで死んでも同じでしょう?
蠱惑的な微笑みを浮かべながら瓶を机上に戻し身体を捻ると、ミランダはクラウスの膝の上で、その首元へと甘えるように手を伸ばす。
太い首に腕が絡みつくのを確認し、クラウスは
「陛下……あの騎士が欲しいのです」
上目遣いに目を瞬かせ、淡い桃色に染まった頬を寄せながら、いいでしょう? とクラウスにねだる。
「おっ、お待ちください陛下! 運が良ければ助かる上に、不敬罪を赦免されるという点のみを鑑みれば、ロンにとって悪い話ではありません。ですがまるで実験動物のように薬を投与するなど……仮にも忠を誓った騎士に対し、あんまりです!」
「……騎士団長様はお優しいのですね」
思わず、といった様子で叫んだジョセフに、ミランダは刺すような視線を投げかける。
「国賓に暴言を吐き、陛下の面子を潰し不敬罪での断罪を待つ者が、果たして『騎士』と言えるのかしら……?」
ねぇ陛下? と再び甘えるようにクラウスにしなだれかかると、核心を突かれたジョセフは言を発せず黙り込んだ。
「そういうことだ。急ぎ手配しろ」
これ以上反論の余地もなく、ジョセフは無言で頭を下げると、ふらふらと覚束ない足取りで部屋を後にする。
「陛下、いくらなんでもそのような理由で赦免するなどと……殿下のお願いとはいえ到底看過できません」
さすがに見兼ねたのか、私は反対です! とザハドが口を挟んだ。
「少し可哀そうだったかしら……?」
「いや、最近第四騎士団内で怪しい動きがあるとの報告も入っている。炙り出すには良い機会だろう」
申し訳なさげに眉尻を下げるミランダに、クラウスは問題ないと慰める。
「それで……殿下は何をしておいでで?」
膝に乗っていることなどすっかり忘れ、第四騎士団の心配を始めたミランダに問いかけると、羞恥で顔を赤らめながら暴れ始めた。
「我が寵姫が、誕生日に赤毛の騎士が欲しいとねだるのでな。これの望みには逆らえん」
「……ッ! 陛下がッ!! 陛下がはっきりと分かるよう
おねだりされたのが楽しかったのか芝居を続け、膝の上から離そうとしないクラウスの頬をミランダがギュッとつねる。
「仲が良いのはなによりですが……その小瓶、中身が異なるのでは?」
殿下の加護を隠したまま死地から救い赦免するため、周囲に納得させるだけの理由が必要だったのは分かるが、なぜそれを?
むしろお腹が痛くなりますよねぇと呟くザハドに、諦めの境地で机に突っ伏したミランダが、ピクリと動いた。
「……そういえば先日、水晶宮の寝室に鼠が出たようなのですが、閣下はご存知ですか?」
顔色を変えたザハドに、ミランダは逃がさぬとばかりに続ける。
「困ったわ。寝室の鼠が気になって、侍女たちにうっかり口を滑らせてしまうかもしれないわ」
「なっ……」
一躍時の人となってしまいますね、とねめつける。
陛下との
「なんのことだ!? ……私ではない! 私は何もしていない!」
既に語るに落ちているのだが、それどころではないのだろう。
身の潔白を叫び、必死にクラウスへと視線を送るが、かばうどころか目も合わせてもらえない。
「まぁ、閣下。本当かどうかは定かではないのです」
陛下が即位間もないというのに、腹心の閣下が渦中の人になること自体が問題なのです。
天使のような微笑みで地獄へ突き落そうとするミランダに、これ以上の抵抗は無駄だと悟り、ザハドはがっくりと肩を落とした。
「……至急赦免状を作成し、謹慎中のナサニエル伯爵に届けます」
満足げに微笑み、ひらひらと手を振るミランダ。
今日の一件に気を良くしたクラウスが、ミランダの定位置を自分の膝の上に定めたことを、ミランダはこの時まだ知らなかった。
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