第20話 ミランダの誕生日
「……殿下は何をしておいでですか?」
部屋の隅に急遽設置された机で、何やら熱心に仕事をしているミランダに気付き、ザハドが声をかける。
「責務を果たさないので、代わりの仕事をさせているところだ」
「はぁ……」
ミランダの手元を覗き込むと、植物図鑑と申請書類。
先程から、配置図に細かく何かを書き入れている。
「王宮に詳しい者がおらず、植物学者が申請するに任せていたが、これを機に王都の薬草園を刷新する予定だ」
ミランダを横目に見遣り、満足そうなクラウス。
そういえば自ら自白剤を調合したと言っていた。
見れば図鑑は、帝国の公用語で記載されている。
「二年前、大陸屈指のファゴル国立薬草園の設計に携わったというので、申請内容について確認をさせている」
「有能ですね……不敬になってしまいますが、部下に欲しいくらいです」
「やめておけ。有能すぎる部下を持つと、立つ瀬がないぞ」
まぁ、それもそうですねとザハドは呟き、急ぎ作成したのだろうか、無造作に綴られた紙の束をクラウスに手渡した。
「なんだこれは?」
「一枚目は、後見の申入れと取下げに係る申請書類です」
利益を甘受しようと後見の申入れをしていた有象無象は、『王国軍事会議』後に御しきれないと判断したのか、すべて取下げていた。
代わりに新規で申入れをしたのは、革新派からワーグマン公爵、中立派からヨアヒム侯爵の二名。
なお、入宮については各派閥で候補選定に難航しているらしく、中立派のヨアヒム侯爵が取下げの申請を行った以外、特に進展はないようだ。
「二枚目以降は?」
「はい、二枚目以降は殿下への祝辞と、王宮へ届けられたお祝いの品々です。午前の分をリスト化しましたが、現在も続々と届いており、安全を期して全て検閲をさせているところです」
自分への祝物と聞き、手を止めたミランダが興味深げに歩み寄る。そういえば軍事会議中、明日をもって十八歳をむかえると、高らかに宣言したのを思い出す。
昨日の今日で、よくもこれほど準備できたものだと感心するくらい、ずらずらと品目が羅列され、国外からはアルディリア王国、ファゴル大公国、さらにはアルディリアの北に位置する大陸最北端のカルムハーン神聖国からも祝辞が届いていた。
「カルムハーン神聖国……? ファゴル大公国はカルムハーンとも国交があるのか?」
一年の半分が雪に埋もれる氷の大地、カルムハーン神聖国。
切り立った山々に囲まれ、天然の要塞と化した神聖国は、中立を謳い武力行使を放棄しており、その中央には周柱を配したパルティーナ大聖堂が、建立時のまま荘厳な佇まいを残している。
「カルムハーンですか? アルディリアの友好国ですので、表敬訪問の際にお会いしました」
個人的な親交ですよ、とミランダは答えるが、カルムハーンとの国交の足掛かりが掴めず、どの国も手をこまねいている中で、それがどれほど凄い事なのか本人は全く分かっていないらしい。
クラウスは無言で紙の束に目を移した後、ミランダを招き寄せた。
昨日の一件で朝から多忙を極めているようで、ザハドはまた慌しく退室する。
「お前宛に届いた祝物で、検閲後に問題がないと判断できたものについては、水晶宮に運ばせよう」
問題があるものについても、誰が何を送ったか分かるよう後程提出させるから、好きに確認しろ。
素っ気ない物言いだが、思いがけぬ配慮にミランダは目を瞠った。
「……何か、望むものはあるか?」
ぽんと机上に書類を放り投げ、静かな声でクラウスが問う。
ここにきて、誕生日だからと望みを聞いてくれるらしい。
「望みを……聞いてくださるのですか?」
唐突な質問に驚き、ミランダは考え込む。
「陛下は……あと半月もすれば、陛下はジャゴニ首長国へと軍を率い、城を留守にされるのでしょう……?」
既に火が付き始めているジャゴニ首長国で、暴動を扇動するのはそう難くない。
早くて半月、遅くとも一ヶ月で軍が編成されるのではと推察する。
「さぁ、どうだろうな……気になることがあるなら言え。どうするかは聞いてから判断する」
詳しくは言えないのだろう、頬杖をついてクラウスは素っ気なく答えた。
「謁見の間で陛下に斬られた、赤毛の騎士について、侍女のシャロンから聞きました。一命を取り留めたものの、二度と剣は振れず、日常生活すらままならなくなると」
ミランダを魔女呼ばわりし、一刀のもと斬り捨てられた赤毛の騎士。
仮に回復へ向かったとしても、意識が戻り次第不敬罪で裁かれ、死刑は免れないだろう。
「かの騎士に係る罪状に、もし私へのものが含まれているのならば、それは私自身の行いから出た錆。……取下げていただくことは可能でしょうか」
そもそも、ミランダを侮辱した発言のみが問題なのではない。
公式の場で、国を代表した騎士として立っていたにも関わらず、あろうことかその責務を忘れ、私情に囚われたこと自体が問題なのだ。
それは、重々承知している。
「後見が付いた後は、水晶宮へと戻らねばなりません。仮に王宮内で過ごしたとしても、身の安全が守られるのは、陛下がいらっしゃる間だけ」
クラウスが、激情に駆られて人を殺める類の支配者でないことはもう分かっている。
「シャロンの立ち振る舞いを仔細に眺めると、何らかの訓練を受けたものと分かります。本当は侍女としてではなく、護衛として付けてくださったのでしょう?」
願ったところで許されないだろうと思いつつ、クラウスに視線を送ると、案の定渋い顔をして考え込んでいる。
「今後、水晶宮の外を歩く機会があれば、より多くの護衛を伴います。ですが場合によっては侍女が同伴できない場面も多い……私は、
魑魅魍魎はびこる王宮で、あれくらい感情が表に出るほうが、むしろ御しやすい。
「私の加護について、陛下はもうご存知のはず。死線を彷徨うほどであれば、一週間ほどかかりますが…もし願いが叶うのなら、あの愚かな騎士を賜りたいのです」
再度の願いに、クラウスは短く溜息をついた。
「あれだけの目撃者がいるとなると、赦免するにも理由がいる」
「左様ですね……ですが問題はございません」
ミランダは微笑み祈るように手を組むと、クラウスの足元に跪き、上目遣いで小首を傾げた。
「陛下、私の願いを、聞き入れてくださいますか……?」
我儘な寵姫がおねだりした事にすればよいでしょう!
狂王から愚王に成り下がる可能性も無きにしも非ずだが、ミランダの知った事ではない。
「側妃の責務は果たさぬのに、強欲なやつだ」
可愛くおねだりをする姿にクラウスはフッと笑うと、机上の呼び鈴を手に取った。
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