第15話 いよいよ出立

 初子組を年齢順に一身半格を獲らせて行くと、猟蜂が残る。もうね、むくれ具合が過去最高。そりゃそうか。

 判ったよ、獲らせりゃいいんだろ、獲らせりゃ。途端に上機嫌。なんでこいつに甘いんだか。

 招かれ人で腫れ物扱いされるより、生の人間関係な気がするからかな。


 赤いのがいた。当たり前だがいたのを連れて来ることにしたので、すでに何匹も赤いのは獲られていて、貴凰も何も言わない。

 奇跡などは起きずに、十四歳の実力で、かつては恐れられていた化身獣は死骸になった。

 もう抵抗はしない。旅のお供に猟蜂。


 修行参加者は閨組、初子組の女子、二十歳未満の元与力組。十三歳縮地女だった蒼班猫も滑り込んだ。

 利爪は半身格獲りの介添えとして砦に残り、色鷲狩りのノウハウを確立してから呼ぶ。紅ヤンマも。


 初子組の男は全員他家からのハニトラに引っ掛かった。こいつらは後回し。いずれは獲らせてやるけどね。

 ハニトラ要員にも好きな方の一身半を獲らせてやった。

 男は、吾の気を受けている女の子と実力差が広がってしまったのもある。

 なわけで旅の仲間は全員斬蹴鳥持ちで若い女。


 常識的には第二砦、中央砦、王都、港、 隣国の港、王都、中央砦なんだけど、全員で森の中を走って、砦伝いに行くことにした。

 巡視隊が二十人単位なので、全員一部屋に泊まれる宿屋がどこにもある。


 第三砦と第四砦の間には、ガナリガモのいるそれなりに広い川があるが、中層まで上がって飛び越す。

 この川を越えると、深層の縁にお袋様の父母の仇、猩々の群れがいる。

 両親をサルに殺された女のお袋様に「見たら殺しといて」と頼まれたので、縁まで北上して、出合った不運な群れを殲滅して行く。


 獲った猩々は、お袋様が三日だけいた孤児院のある神殿に寄進する。猩々の革で造った頭巾を被っていると、中層に生息する猿に襲われない。


 素泊まりの部屋を予約してあるので、持って来た調理済みの料理を食べる。

 外で食べたらフルコース越えの値段のはず。高級食材はほぼ懸河一門が卸しているんだから。


 翌日順調に薫風国東第三砦に入った。太守閣下に頼まれた入国手続きをする。

 これをしないで貴凰の後に付いて入って行っちゃうと、懸河中将の孫の里帰りにされて、薫風国の人間と見なされてしまうのだそうな。


「東第二砦守将、中将懸河剛英が一子、懸河貴凰であります。化身獲りより帰還しました」

「お帰りなさいませ。ご無事で何よりであります。そちらの方々は?」

「逢栄国西第三砦守将、小将懸河剛継の一子、懸河高志と一党です。化身獲りの為に参りました。入国手続きをお願いします」

「懸河中将閣下とのご関係がおありでしょうか」

「父が息子ですので、孫に当たります」

「それでは、お孫様のお里帰りになりますので、以後の入国手続きは不要です。ご一党の方々もお名前だけ頂戴いたします」


 無事終了。宿を予約した時点で、ここの太守に連絡が行ってるはずだけどね。

 ただの通り道なので、後は宿で寝るだけ。翌日、遂にご大父様の東第二砦に入る。

 魔窟を占領する長期野営の許可のお礼を言いに太守閣下に会わないといけないんだけど、まず、ご大父様の館へ。


「よくぞ帰った!」

「無事で何よりです」

「あねじゃ、あにじゃひと、おかえりなさい」


 二人はおかわりもないようで安心するが、剛祥の挨拶が実はトラップ。


「ただいま帰りました」

「わざわざのお出迎え、ありがとう御座います」

「あにじゃひと、おかえり」


 こんな幼児に仕込むなよ。


「剛祥も、ありがとう。でもね、剛祥は叔父者人で吾は甥なんだよ。吾の親父様が剛祥の兄者人」

「?」

「そこまで難しい事は、まだ判らないかもしれませんね」

「まあ、仕方あるまい」


 おかえりトラップを回避して、歓迎会の会場に移る。貴凰がなぜか母性本能を発揮して、剛祥を膝の上に座らせている。


「では、剛祥の授かりの儀まではいてくれるのだな」

「はい。魔窟での長期野営の練習を致しますので、ご協力の御礼に出来る限りの介添えを致します」

「それは有り難い」


 とっくに話してあることなのだけど、公衆の面前で本人が公言するのが必要なんですよ。

 ここに集まっているのは、ほぼ介添え希望者のはず。

 剛祥が寝てしまわないうちに、外に出て縮地組でUFO空戦機動をやってみせる。

 何人か、拳を握って振っているのは縮地持ちか。

 佳鷲の両親も縁野干群狼の双身持ちだが、斬蹴鳥を持っている話もしてある。


 剛祥は貴凰が前向きに抱き抱えている。


「これがいちばん?」

「前はね、これを進めたのだけど、刺突も的中も強い。強撃も、斬蹴鳥の首が一撃で落ちるよ。好きなのをお願いするといい」

「あにじゃひとは、なに?」

「隠行だよ。悟られないように動ける」

「みせて」


 他の化身でも隠行は使えるので、まったく使っていない隠猫身になる。


「この顔をした大きな猫が持ってる」

「おやじさまよりおおきい?」

「いや、ご大父様の方が大きい。化身獣としては一番弱いんだ。だから、見付からないような技を持ってるんだよ」


 隠行を発動して貴凰の後ろに回る。


「どこ?」

「ここだよ」


 肩口から猫の顔を出す。体をひねって後ろを見るのに合わせて、前に戻った。


「こっち」

「え?」


 慌てて前を向く。


「おんぎょうすごい」

「でもね、歩けるだけなんだ。一番弱い猫を獲らないと、隠行で走れない」

「?」

「まだ時間はあるから、一番合っていると思うのを選ぶんだよ」

「うん」


 その後、スイッチを切ったように寝てしまったので、貴凰は剛祥を継母様に返した。動いてないとつまらないのか。

 ご大父様が近付いてこられた。


「隠行を気に入ったようだな」

「性格に合っているかどうかですね」

「吾の跡取りが介添えだけでなく、隠走での誘き寄せが出来るのは大きい」

「一身半を獲れたら弱いとは思わないんですが、その斬蹴鳥を獲る時には力不足を感じました」

「十になる前にはやらせん」


 わりと自分が何歳なのか忘れてたりする。


 蹴猫の魔窟を殲滅して、入り口のエントランスに野営地を造り、化身狩り希望者が休めるようにする。

 親父様に連れて行かれるのと、自分達だけでやるのは、緊張感が違う。

 まず縁野干の希望者から、貴凰と一人ずつ背負って別方向に連れて行く。

 一匹仕留めたら、残りは追い散らす。化身になったら走って帰る。野営地があるので帰りは負ぶってやらない。


「なんじゃこりゃあ」


 視察に来たご大父様が、次の群狼戦に向けて訓練している野干身の群れをみて驚いた。


「索敵を感じて向こうからやって来るのを、一匹倒せばいいだけですから」

「今までの苦労はなんだったんだあ」

「そうですよ、あっちだと隠れたり逃げるのを見つけないといけないんですから」

「そう言うことではないわ」


 野干の群れを造り終わったら、順次群狼の群れに変えて行く。群狼の群れって、まあ、気にしない。

 この世界に、双身持ちが大量に生まれた。お袋様と同じ識別持ちの職人が、男女各一名いた。


 跳猫はリポップの制限があるので、六人だけだった。猛山羊の依頼が二人。強健羊は四人。

 途中でお袋様が妊娠したとの知らせもあった。避妊薬が切れたからね。

 一党へのハニトラもあったが、格下の男に興味を持つ者はいなかった。一人くらい男を見付けられると思ったのだが。


 そして、剛祥のお宮参りの日が来たのである。

 両親と一番下の姉と、腹違いの甥が授かりの間に同行する。


「何を授かった」

「隠行です」

「そうか」


 ご大父様が頷く。砦全体の事を考えればそうなるか。双身持ちの大量生産が決め手だったな。

 霊力量は二十七枡。


「なんでだ、弟だぞ」


 理不尽の塊が文句を言う。


「弟が上になるのはこの世界の常識だろ」


 まったく、常識がないんだから。


 剛祥のお宮参りが別れの合図である。そして、継母様はすっかり忘れていた事を思い出させてくれた。


「それでは、血族の者の介添えをお願いしますよ」

「縮地持ちだけですね」

「そうでしたっけ」

「そうですよ」


 多くの人々に惜しまれながら、第二砦を後にする。惜しむべきはこの砦の森に、一身格の化身獣がいない事である。

 どうみても、群狼と強健羊の間が開き過ぎ。

 孤狼みたいに、生身が一対一で獲っていない魔獣がいるのかもしれないが、そんなこと言ったら多分仕事が増えるので黙っていた。

 まあ、十年くらいして、剛祥が一身半持ちになったら、一緒に考えよう。

 

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