第68話
「鶏の羽だらけじゃないか。こんなに鶏に好かれる人は、初めてだよ。昔から、言われませんか?」
「いえ……
「駝鳥ですか! 私はまだ見たことがないんですよ。洸次郎さんは、お兄さんに似て心根の優しい人なんですねえ」
駝鳥がじゃれつく、と揶揄される人に懐かれる。そう言いたかったのだが、洸次郎の言い方が悪く、保原透瑚氏に勘違いさせてしまった。
「保原さんのお客さん、ちょうど風呂が沸いてるから、入りに来なさい。先に子ども達が入っちゃってるけど」
「良いんですか? 洸次郎さん、行ってきなさい」
洸次郎より早く、透瑚が返事をして洸次郎の背中を押した。
近所の人の風呂に入らせてもらい、外の会話に耳を澄ませていると、鶏の集団のことが話題に出ていた。小屋で飼っていた鶏が何かの拍子に外に出てしまったそうだ。
あんなに鶏に好かれるなんて優しい人なんだろうな、と好印象を持たれている。買い被り過ぎだ。
「昔、似たような人がいなかった?」
「いた! 鶏に追いかけられていたね!」
「それ、新三郎さんだよ。さっきの洸次郎さんだっけ? 保原さんが、新三郎さんに似てると言っていた」
「確かに、似てる!」
「新三郎、懐かしいな」
「よく犬にじゃれつかれていたな」
「初めて来たとき、行き倒れで犬に顔を舐められていたな。なんでまた、あんなに真面目で優しい人がお国を捨ててこんなところに来たのか、わからなかったけど」
「村で酷い扱いを受けてたって話だよ」
しばらく耳をそばだてていたが、洸次郎は我慢できずに話に割り込むことにした。
「兄のこと、知ってるんですか⁉」
声を張ったが、屋内の風呂から外に届かず、外で話していた人達は解散してしまった。
先程の会話だけでも、わかったことがある。兄は、郷里の上州小塚村で酷い扱いを受け村を捨てるように、ここ濃州多治見に来た。ここでは、真面目で優しいという印象を持たれ、犬や鶏を引き寄せる人だった。そして、洸次郎に似ている。そういえば、兄が多治見に来ることになった経緯を、洸次郎は知らない。
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