第51話

 小塚村。片山田助。

 その言葉を聞いて、洸次郎は胃の中身が逆流する錯覚をおぼえた。

「洸次郎さん?」

 橘平が洸次郎の異変に気づき、手を伸ばした。

「すみません……! ごめんなさい!」

 洸次郎は、にじり下がる。本当は、土間に下りたいくらいだ。

「俺が死ねば良かったんです! 俺が悪いんです! 俺のせいで田助さんは……!」

 橘平の甥、田助は、モノと化した洸次郎の父親に襲われ、村ごと消えた。その原因は自分自身だと、洸次郎は思っている。土下座したところで許されるとは思えない。

「あっ……! そうか、俺も考えが至らなかった。洸次郎さん、申し訳ない!」

「いえ、俺は……ごめんなさい。もう邪魔はしません」

 橘平が引き留めようとしたが聞かないふりをして、洸次郎は母屋を出た。敷地を出ようとしたとき、狩衣と烏帽子姿の男が現れた。ほまれが維茂と呼んでいる「持ち絵」だ。

 維茂が差し出した手紙を洸次郎が手にすると、維茂は姿を消した。

「洸次郎さん」

 橘平が洸次郎を探して出てきた。

「寒いな。中に入って休んでくれ。風邪を引いたら大変だよ。洸次郎さんがいてくれると、助かるんだから」

 橘平は小塚村の怪奇現象のことは知っているようだったが、洸次郎の事情を根掘り葉掘り聞こうとしない。甥は死んでしまったかもしれないと察しているはずだが、口外しない。洸次郎を受け入れてくれている。



 寝床に入る前に、洸次郎は手紙を開いてみた。誉からだった。



 洸次郎が日雇いの仕事に心的負担を抱えていることを気にして、そういうときは無理して働かなくても良いと医師らしく指摘してくれた。

 クモには不眠の傾向があり、雑魚寝の癖を直すように言ったが本人は聞かないらしい。

 例の「絵」は紅葉といって、信州の伝承に出てくる鬼女だという。「絵」の行方は一向に掴めず、策を練っているところだという。



 数日後には帝都に戻るのに、誉はすぐに伝えたかったようだ。

 洸次郎は、誉が気を許してくれていると判断し、感謝して床に就いた。

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