第2話:真珠湾強襲①

 1944年5月中旬……午前3時45分 真珠湾基地


 夜の海は不自然な静けさに包まれていた。

 波音すら聞こえない。海面が微かに揺れ、月明かりに照らされた水面に不穏な波 紋が広がっていた。

 太平洋の戦況はもはや、我が米国の勝利が見えてきて数週間後にはマリアナ諸島を攻撃する予定であるが遠く離れた真珠湾でも同じ心だった。

 しかし、この夜はそんな平和の気分を味わう気がなかったのである。

「……波がおかしいな……? 何かがおかしい」

 巡回中の海兵隊員が眉をひそめる。


 ゴゴゴゴゴ……

 低く不吉な音が海底から響き渡った瞬間——

 ドォォォン!!


 海面が爆ぜる。

 黒い影が水中から突き出し、巨大な水柱が空に向かって吹き上がる。

 海水とともに浮かび上がった「それ」は、巨大な爪を突き立て、漆黒の甲殻を月明かりに鈍く光らせていた。


「怪物だッ!!」


 探照灯が一斉に怪獣を照らし出す。

 長さ約60メートル。

 巨大なトカゲのような姿を持ち、背中には鋭利な棘の列が並び、全身は黒い鱗に覆われている。

 頭部はワニを思わせる形状で、鋭い牙が並んだ口の奥からは赤黒い光が脈打っている。

 巨大な目が探照灯の光を反射して、血のような赤い輝きを放っていた。


 怪獣が咆哮した——

「グォォォォォォォォッ!!!」


 その声は、耳をつんざき、空気そのものを震わせる。

 巨大な腕が振り上げられ、砲弾のような鋭い爪が護岸に突き立てられると轟音を上げて粉々になる。


「撃て! 撃てぇぇぇッ!!」


 対空砲が一斉に火を噴いた。

 12.7mm機関銃が怪獣の鱗に連射され、砲弾が鱗の間で火花を散らす。

 だが——効果がない。


「……馬鹿な……効かないだと……?」


 怪獣は微動だにせず、逆にゆっくりと腕を持ち上げる。

 鱗の間から不気味な赤い光が浮かび上がる。


「……来るぞッ!!」

 バシュウウウウッ!!!


 口から光線が解き放たれた。

 白熱した光線が桟橋を貫通し、記念艦として整備していた戦艦“アリゾナ”の船体に命中する。


ドォォォォン!!!


 “アリゾナ”の船体が瞬時に蒸発する。

 鋼鉄が溶解し、残骸が海へと崩れ落ちる。

 爆風が辺りを吹き飛ばし、港に係留されていた他の小型艦艇までもが吹き飛ばされた。


「ぐわあああっ!!」

「助けてくれッ!」


 飛び散る鉄片と炎。

 水兵たちの悲鳴が夜空に響き渡る。

 怪獣は満足げに喉を鳴らしながら、ゆっくりと前進を始めた。


 戦艦アメリカ 艦橋

「……あの怪物を止めろ! 主砲、全門発射!!」


 16インチ砲が火を噴いた。

 大口径砲弾が怪獣の胸部に直撃し、巨大な衝撃波が周囲の水面を爆発的に波立たせる。

 黒い鱗が剥がれ、赤黒い粘液が飛び散る。


 だが、怪獣は怯まない。

 ゆっくりと“アメリカ”に視線を向けると、その尾が一閃。


 ゴォォォン!!!


 巨大な尾が4万トン級の戦艦“アメリカ”の甲板を横薙ぎに叩きつける。

 艦橋が崩れ落ち、衝撃で煙突が折れ、兵士たちが次々に振り飛ばされる。


「くそっ……やられる……!」

「駄目です! 後甲板が火災! 浸水もしています!」


 戦艦“アメリカ”の横に停泊していた駆逐艦“ハリスワールド”艦長が吠える。

「まだ沈むわけにはいかん! 何でもいい!! 攻撃だ!!」


 艦長の命令に応じて、発射管が次々に開かれる。

 魚雷が海中に放たれ、怪獣の胴体を目指して突進する。


 直撃!!


 爆発。

 怪獣の胴体に無数の水柱が立ち上がる。

 吹き飛んだ鱗の破片が海面に落ちる。


「やったか……?」


 だが、怪獣が動いた。

 傷ついた胴体をゆっくりと持ち上げる。

 凶暴で地獄の悪魔のような目が“アメリカ”を捕らえた。


「な……なんだ……?」


 怪獣の目が赤く輝いた——

 口が開かれる——


「全員退避!!!」

 バシュウウウウウウウ!!!


 灼熱の光線が再び放たれた。

 大破した“アメリカ”の船体に直撃。


 ドォォォォォン!!!!!


 爆発。

 炎が夜空に吹き上がる。

 戦艦“アメリカ”は中央から折れ、海面に崩れ落ちる。


「くそっ……もう持たない……!」


 基地全体が地獄の様相を呈していた。

 怪獣は炎に照らされながら、ゆっくりと歩みを進める。

 軍艦が次々に崩壊し、兵士たちが逃げ惑う。


だが、怪獣は再び喉奥に光を溜め始めた。




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