第26話 シンプルな作戦

「今夜、私とボスコは少し出掛けることとなった。」


私は使用人の中でも役割ごとの責任者達を集めた書斎で話していた。


「これはカリル様と私がいなければ出来ない用事ですので、皆さんには苦労をかけてしまいますが、どうかよろしくお願いします。」


もちろん用事などない、スパイを炙り出すための作戦の一環だ。

集まった責任者達はやはり困惑している、私もボスコも屋敷に居ない間は誰が屋敷の仕事を管理するのか不安なのだろう。


マリアはボスコのサポートがあったからこそ当主代理を務めることができていただけで、管理を1人で行うことは不可能だ。


「管理の代行だがミナに任せることにした。

今は使用人としての仕事が免除されてるし一時的に任せる事にした、皆サポートしてあげるように。」

「よ、よろしくお願いします!」


ミナは少し顔色が悪い。

まぁ、急に部屋に当主と執事が訪ねて来て、領主代行を頼まれればそうなってしまうのは間違いない。


『代行?すいません、やった事ないんですけど……』

『明日の朝までには帰る予定だ。

最悪、帰って来てから仕事は片付けるから纏めるだけで構わない。』

『え、えぇぇ……』

『ミナなら出来ます、伯爵家とカリル様の為にもお願い致します。』

『うっ、頑張ります。』


今思い出しても拒否権の無い強引な頼み方だった。


いつか後ろから刺される気がする。

休みだと伝えられた4時間後に新しい仕事を頼まれるなんて私なら間違いなく刺す。


だがボスコは理由は教えてくれなかったがミナは無条件で信頼出来ると言っており、これから行うことは2人だけじゃ不可能でどうしてもミナに頼むしかなかった。


「カリル様、私、頑張ります……!」


他の誰にも聞こえないように小声で言ってきた。

……絶対にボーナスをあげよう、なんなら神殿産の魔道具をあげてもいい。


「後、私の研究室に入らないことを徹底させろ。

もちろん君達が勝手に触る事は無いと思うが、もう直ぐ完成する魔法薬を失うわけにはいかない、軽い確認とでも思ってくれ。」

「「「かしこまりました。」」」


さて、そろそろボスコと共に考えた案を説明しよう。


簡潔に言えば私の研究室を餌にする。


少し前なら掃除のために入れた研究室だが、ここ最近になって使用人はボスコしか入る事を許されない場所。

スパイならそこに何があるのかを調べたいはず、だが私とボスコのどちらか片方が居る時に侵入するのはリスクが大きすぎると判断するだろう。


そこでわざと隙を作る。


私とボスコが夜に出掛ける時にわざと使用人達の前で挨拶をし、隙があるぞ、とアピールする。

馬車で外に出て、屋敷の裏に周り隠密で移動、待ち伏せという単純な方法だが成功率はそこそこ高いだろう。


だが、これは全てがうまくいったパターン。

仮にスパイが2人以上居た場合、伯爵家の中でも重要な存在である私とボスコが行き先を告げずに出掛けるなら間違いなく尾行される。

尾行してくる奴は嫉妬の能力を使えば簡単に拘束できるだろう、だがその隙をついて私の研究室に入られるのは宜しくない。


そんな最悪の場合を想定し、私の研究室には爆石という鉱石を設置している。魔法で加工する時に決めた条件を達成されると爆発する鉱石。


あの魔法薬の情報が盗まれるぐらいなら、作成途中の魔法薬を爆発で処理するのだ。


予定が更に先送りになるため出来ればやりたくはないが、敵対する可能性が高い公爵家のスパイが居る可能性は徹底的に潰さなければ伯爵家に未来は無い。


結果的にはどちらに転んだとしても1人は確定で生きたまま捕える事ができる。

何人が入り込んだのかは知らないが、嫉妬の能力で記憶と秘密を全て吐き出させてやる。


「よし、持ち場に戻ってくれ。」

「「「失礼致します。」」」


集まってくれた者達を解散させる。

これで使用人達の間で命令が行き渡るまでは時間の問題だ。


「管理ってどのような事をやるんですか?」

「そうですね。

先程の使用人達が持って来た報告書を読みやすくまとめ、使用した金銭、改善案、休日の申請などに許可を出したり不正が無いかを細かく調べるのが仕事です。」


このように、とボスコは手帳をミナに見せながら説明している。


「わぁ……」


半開きの口と心なしが暗くなった瞳、ミナの様子からあれは諦めの表情だとわかる。


多分ボスコに説明してもらった仕事内容とやり方が難しくて、今すぐに覚えるのを諦めたんだな。

私もあの手帳を見せてもらったが、とてもわかりやすいのにわからないという不思議な感覚になった。


「それでは私は馬車の用意をして参ります。」

「あぁ頼んだ。」


軽く溜息を吐き、作戦の準備を始めた。

部屋を出て行こうとしているボスコにミナが椅子から立ち上がって着いて行こうとしている。


「じゃあ、私もお手伝いに……」

「ミナは別に行かなくていい、そうだな久しぶりに私と少し話さないか?」

「話します!」


おぉ……

まさか本当に話さないかと聞いただけで、そこまで嬉しそうにしてくれるとは……


ボスコ曰く、私のことを慕っている使用人は仕事をしている方が調子が良いらしい。

つまりミナに休めと言ったのは逆効果だった可能性があって、今回の件で呼び出して直ぐのミナは少しふらついていたのにも関わらず、謝りながら仕事を頼んだら元気になった。


使用人の中でもミナに限り、私の近くに立っていろと指示を出せばニコニコで次の指示があるまで立っているとか。

やばいな、最早洗脳の域だ。


伯爵家の使用人はワーカーホリックという奴なのかもしれない。

改善したいが悪い事なのかと聞かれると微妙だし、難しいだろう。


「おっと。」

「どうしました?」

「いや、気にするな。」


また考え込んでしまった。

知識を手に入れてから考える事に集中してしまう癖が付いた。


「……」

「……?」


……どうやら私は意識すると会話が出来なくなるらしい。


「さ、最近の調子はどうだ。」


そして散々悩んだ結果、成長して子供との距離がわからなくなった父親のような会話のスタートになってしまった。


「そうですね。

初級の魔法が完璧に使えるようになって、他のメイド仲間に眠気を飛ばすように頼まれたりしてます。」

「そうか、仲が良さそうで良かった。」

「はい!良かったです!」


「「……」」


会話・終了!


なんという事だ。

知識を得る前なら色々考えずに会話できていたはずなのに、少し変わった性格がこんなところに影響するとは……


「紅茶入れましょうか?」

「……頼む。」


ミナが淹れてくれた紅茶を飲みながら、用意を終えたボスコが戻ってくるまで自らの不甲斐無さを痛感するのだった。

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