第25話 恐ろしい

「…………」


ナーミスの治療をする時にノールに対して感じた以上の不快感だ。


自分で言うのは変かもしれないが、私は伯爵家の使用人を信頼していた。

私の不手際で給料が減ってしまっても、未熟な私に付いてきてくれた大切な使用人達、その中に裏切り者が紛れ込むなんてな。


過去に入り込んだ裏切り者はボスコと共に全て始末した。

今思えばアレが初めて人を殺めた時で、信頼していた者達も私の手で殺した。


再び信頼する者を殺めなくてはいけない、それがこの不快感の正体だろう。


「ボスコ。」

「はい。」


公爵の乗る馬車を見送り、屋敷に入った私を待っていたボスコに声をかける。

これからやる事を理解しているのだろう、覚悟をした表情だった。


「裏切り者を炙り出す。

絶対に外部に漏らすな、時間も無い、夜までに計画を立て実行するぞ。」

「かしこまりました、ディカマン伯爵様。」


私のことをディカマン伯爵と呼ぶのは、ボスコが情を捨てたとき限定だ。


「まずは盗聴防止の魔道具を起動させ裏切り者が公爵に連絡をしづらくしろ。」

「ちょうど屋敷の巡回をする時間ですので、ついでに怪しい動きをしている者がいないか確認して参ります。」

「任せる。」


ボスコと別れて書斎へと向かう。


使用人達を疑わなくてはならないとはな……

公爵に情報を流す者が居たとして直ぐにバレるような存在ではないだろうし、場合によっては既に逃げている可能性もある。


魔法薬師達も調査対象に入れるとなると、さらに時間が掛かる。


「【カクレクマノミ】」


嫉妬の力で隠密が得意な生き物を呼び出す。

屋敷を徘徊させても良いのだが、能力の実験の結果あまり細かい命令は下せないことがわかっている。


「【命令オーダー伯爵邸から出ようとする者を眠らせろ】」


前回、公爵の密偵を気絶させたときの命令は【怪我なく気絶させ連れてこい】。

【連れてこい】が命令で【怪我なく】と【気絶させ】は条件。


まずメインだけは必ず叶えられることがわかっている、それは生物を私が出せる分だけ同時に動かしたとしても叶えることができた。


だが条件に関しては5つ以上つけてしまえば、動かしている数が少なくても高確率で失敗するものが出て、動かしている分が多ければ多いほど達成できなくなった。

加えて、1体だけだとしても能力をたくさん付与していれば条件は達成できないことが多い。


今回の命令である【伯爵邸から出ようとする者を眠らせろ】で考えれば、【伯爵邸から出ようとする者】が条件で【眠らせろ】が命令。


屋敷内と周辺に放っている生物達は大体20体ほど、条件一つの命令は失敗する事は無いはずだ。多分……


「だが、実際どうするべきか。」


一瞬、伯爵邸に設置した全ての生物に裏切り者を連れて来いと命令すれば連れて来れるのではと思ったが、細かい条件がまだ分からず、使用人達に生み出した生物を見られるリスクもある。

練度と不確定要素が多すぎるため嫉妬の能力のみで裏切り者を炙り出す事は不可能だ。


となると、ボスコが怪しいと思った使用人を最優先にして伯爵家に仕えるもの達全員と面談……


いや、その程度でバレるなら前回で排除できている。


「またボスコを頼るしかないか……?」


当主である私が、1番信頼している者とはいえ1人の使用人に頼り切りになるのはあまり良く無い傾向だ。

せめてボスコが戻ってくる前に、1つぐらいは方法を考えておかねば。



ーーーーー



ディカマン伯爵邸から公爵家へと帰る揺れる馬車の中、そこで私はディカマン伯爵との会話を振り返っていた。


若くして伯爵家の当主となり伯爵家を支えていた。

努力はしていたが詰めの甘い所も多く、娘に惚れていたこともあって、都合良く使ってしまっていた。


だが、あの変化は……


考え事に集中していると公爵家を任せている執事から連絡が来た。


「報告の連絡だな?

すっかり忘れていたよ。」

『いえ、こちらこそお疲れの所申し訳ありません。』

「別に構わない。」

『では──』

「伯爵はとても恐ろしかったよ。」


執事が話そうとするのを遮って伯爵の印象を伝えた。


会う直前までは支援を再開してもらおうと思っていた。

それは公爵家の負担を減らす為だけでなく、娘の婚約者でもある我が領地での伯爵の評判を上げる為でもあったが、ベルトナ家の人間を保護しているという弱味を見つけており娘の希望である婚約破棄も求めるつもりで考えていた。


「……カリル・ディカマン伯爵は王の器、この国の王と宰相、敵対国だが帝国の皇帝と同じナニカを感じた。」


私にもうまく説明できないのだが、今言った者達と接すると得体の知れないナニカがコチラを見ている気がするのだ。

それがなんなのか未だに私は理解できない、ただわかるのは全員が優秀な人間だと言うことだけ。


『それは……』

「一眼見て直ぐに計画を変えたよ。

完全に敵対されないようにある程度譲りながら交渉しつつも、弱味を握ってることをアピールして優位に立とうとしたのだがな……」


考えていたプランは全て崩して、伯爵家と良好な関係を築くことを考えた。

しかし私の政策の影響で予想以上に伯爵から敵意を感じ、今回は少し脅しつつも関係改善を目指す動きへと変えた。


「公爵家で英雄の子孫を匿っている事を知られていた、痛い返しを喰らってしまったよ。」

『何故その情報が?!』

「漏れた理由は分からない。」

『直ぐに公爵家の調査を始めます、スパイが紛れ込んでいる可能性もあるかと。』


執事はこう言っているが公爵家にスパイは居ないだろう。

仮に居たとして英雄の子孫だと言う事は分かりようが無い、本人ですら知らず私と執事と娘の3人しか知らない事実であり、調べるのには時間がかかる。

伯爵が変わってから調べるのでは間違いなく間に合わない。


「すまない考え事をしたいから一度切るぞ。」

『かしこまりました。』


とても疲れた、今直ぐ休みたいが問題は山積みだ。

伯爵の支援が期待できない公爵領の経営、公爵領の伯爵評判の改善、娘の説得……


「甘やかし過ぎたのかもしれないな。」


周囲の者達が言うように私は娘を溺愛している。

だが貴族としての役割は教えて来たつもりだ、婚約はその最たるものでまだ若い娘から理解はされなくても何度か話していた。


いつか理解してくれると思っていたが娘が伯爵に歩み寄ることは無く、共に過ごしている青年に惹かれてしまった。


私は娘ともっとしっかり話し合うべきだったのだろう、所詮は伯爵家だと思い、娘の気持ちを優先してしまった。

結果論になるがそれは間違っていた。


「いまさら後悔か……

すまないカーナ、私はまた間違えたみたいだ。」


脳裏に浮かんだ亡き妻の笑顔、私のせいで失われた笑顔。


また大切な存在を失う、そんな予感がしてしまった。

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