第24話 平民の英雄

「最近雇った使用人と少し良い雰囲気なんだ。

恋しているとは言い過ぎかもしれないが、気になる相手なのは間違いないとおもうよ。」

「なるほど。」

「貴族として繋がりを強化するための婚約は義務だと何度も教えているんだけどね、やはりまだ若いね。」


何かを誤魔化すかのように早口で語ったきり黙ってしまった。


それもそうだろう、今公爵は私に英雄の子孫と呼ばれている者の存在を知られているのではと考える。


理由は単純、『英雄』と呼ばれた存在は平民達にとっての英雄であり、国からすれば力を持ちすぎて言葉を無視できなかった存在に過ぎないからだ。


そもそも英雄と呼ばれるようになった理由として、過去の王国では平民の立場は今より悪くただ搾取される存在であり、そんな不条理に立ち向かうべく、王と直接話す為に1人で王城に乗り込んだ男が英雄だ。


多くの護衛を倒し王と直接話した男は、


『人として認めろ?

ならば全ての貴族を黙らせてみよ、貴族もただの人で決して神では無いと認めさせてみろ。』


この王の言葉の通りに実行した。

王城に殴り込んだ時と同じように、王国全ての貴族を襲撃し自らの腕1つで全ての貴族を屈服させた。


やり切るとは思っていなかった王も流石に無視できず、王国に住む民はずっと豊かに暮らせるようになった。


これが平民達の英雄だ。


王国の成長を見ればこの出来事は成長する為に必要な出来事であったとわかり、貴族の多くも認めてはいる。

だが、強すぎる個人は国からしたら癌でしかなかった。


貴族以外にはあまり知られていないその後の話、実質的に王国はその英雄の言いなりになったのだ。

平民達のためにした英雄の行動が王国を弱くした時もあり、それを指摘した貴族家は潰された。


『また民を虐げるつもりか。』


魔法の言葉だ。

これを認めなければ家は潰される、国のことを考えていた比較的にマトモな貴族は指摘し潰された。


現状の生き残っている貴族家が腐った存在が多いのは、それが理由でもある。

国の為に尽くす貴族よりも自らの保身に長けた貴族が生き残ってしまったのだ。


英雄の死後、英雄の息子と娘はそれほど強くなく、王国はまとまった金銭を持たせ国を追い出した。


やっと王国が国として動き始めたが、有力な貴族は殆ど潰されており、しばらくの期間は国内は荒れに荒れた。

貴族からすれば英雄が好き勝手した結果なのだが、平民達からすれば英雄の死後に荒れ始めた国を見て貴族は無能だと思い込む悪循環。


いつ革命が起きてもおかしくない。

そんな悪い流れを抑えるため不穏分子を徹底的に排除し、なんとか王国を今の状態まで戻したのだ。


王国の貴族は英雄の真実を全て嘘偽り無く子孫に伝えることを契約魔法で縛られている。

それは英雄の事実だけで無く、貴族の醜態もだ。


結果、英雄などという存在は貴族からすれば邪魔な存在だと認識された。


一部の過激派からは子孫を探し出して血を途絶えさせようとする家もあるほどに、貴族から嫌われている。

公爵という絶大な権力を持つ家でも他の貴族家を抑え切れるかわからない、なぜなら公爵の派閥にも英雄に関して過激派よりの考えを持つ者がいるからだ。


そんな地雷のような英雄の子孫だが、知識の中ではダンジョンを攻略してくれたお礼という体で公爵家に迎え入れていた。


だが知識の中での説明は都合の良い部分だけ、迎え入れる際に公爵がどのような手を打って他の貴族がどのように反応したのかは不明だ。


ふと思ったのだが、公爵の娘はこの話を全て聞いた上で主人公のことを受け入れたのか?

正気とは思えないな。


「私からも娘に少し強く注意しようと思っているよ。」


そう言った後はお互いに無言で公爵家の馬車まで歩き、そのまま公爵が馬車に乗り込もうと動いたところで決定的な事を伝える。


「娘に近づこうとする使用人を追い払わないなんて、その使用人には私が保護した教会に狙われる2人のように、何か事情があるのでしょうね。」

「……」

「例えば、貴族に疎まれるような英雄、とか。」

「……!」


一瞬だけ馬車に乗り込む動きが鈍った。

これでイーブン、公爵は私の弱みを握っていても使う事は出来ない。


伯爵家と公爵家、両家はお互いに現状維持を選ぶしかない。

この後に手紙で支援などの要求して増やす事も出来ず、ただお互いに警戒しあい、どちらが先に弱点を克服するかの戦いになる。


「君は、本当に貴族の当主らしくなった。」


馬車が走り出したとき、小窓が開いて公爵が言ってきた。


「良い経験になりましたよ、イーウェル公爵。」


小窓が閉まる。


今回は本当に良い経験になった。

公爵家側に叩かれる非が多く、負ける可能性が高い公爵領の支援関係は伯爵家に譲りつつ、理由はわからないが公爵が譲りたくなかった婚約破棄は果たせなかった。


だが、最終的に引き分けの結果を得られたのは私にこの世界の知識があったから。

無ければ私は、伯爵家は完全に負けていた。


「さてと。」


感傷に浸っている場合じゃない。

公爵が伯爵家で保護していたベルトナ親子の話をした際に言っていた、『伯爵邸に居ることは知っていた』という言葉。


なぜ公爵が知っているのか。


伯爵邸の周辺には嫉妬の能力で作った小魚を設置して不審者が出ないか監視しているし、公爵領から帰る時も尾行されていない。


そして伯爵家の使用人と警備にはベルトナ親子は本名ではなく、ノールとナーミスだと名乗ってもらい、2人の存在は秘密だと徹底させていたのだが……


「スパイか……」


考えられる事はそれぐらいだ。

皆が皆、ボスコやミナのように忠誠心が高い訳じゃない、金と引き換えに情報を漏らす奴もいるだろう。


「また裏切り……」


スパイが大量に忍び込んできた当主になってすぐの頃のことを思い出し、憂鬱な気分になった。


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