第23話 対談

「……正直に言えばあまり良い関係は築けておりません。」


気を引き締めろ、恐れるな、冷静になれ。

雑念を抱えた状態でまともに戦える相手ではないんだよ!


自らの畏怖の感情を落ち着かせる。


「1つ聞いてもいいかな?」

「え、えぇ構いませんが。」

「君は私の娘と婚約破棄したいと思っているのかな?」


なぜ公爵からその話が振られるんだ。

確かに婚約破棄を望んではいるがその件で動くのはもう少し先、具体的には王族の誰かと強い繋がりを得て立場を確立させてから動くはずだった。


「ディカマン卿?」

「え、あぁすいません。

嘘偽り無く答えるのなら、私とイーウェル令嬢お互いのためにも婚約は破棄するべきだと思っています。」


急な話題に思わず固まってしまっていた。

だが伯爵家側に婚約破棄を受け入れる意思があるとアピールできたのは良い結果だ。


「そうなのか。

まぁ、娘もディカマン卿もまだまだ若いから仕方ないだろうね。私も昔は婚約者にあまり興味が無かったというか、好きになれなかった。

でもそのうち落ち着いていくものだよ。」


だから娘も許してやれってことか?

親として叱れよ。


……ん?いや待て、おかしい。

公爵の言葉はまるで婚約破棄は様子を見ろと言っている……


現在イーウェル公爵令嬢が想いを寄せている過去の英雄の血を引く主人公と良い仲になれば、優秀な血筋を取り入れるだけでなく、イーウェル公爵家は更に強く立場は盤石になるはず。

魔法薬の名家とはいえ、たかが伯爵家に娘を嫁がせる必要なんて……


「……納得いってない表情だね。」

「いえ、そのような事は……」


公爵が自らの屋敷に英雄の子孫を囲い込んでいる事を知っている私からすれば、赤石病の原因と治療法が判明し伯爵家との契約が果たされた今、このまま婚約を続けるメリットなどない。


逆にデメリットだが、婚約破棄した令嬢は次の婚約者探しで多少苦労する。

そんなデメリットも王族との婚約を破棄したならともかく、伯爵との婚約破棄程度なら公爵という立場にはあってないような物。


「別に隠さなくて良いさ、私だってディカマン卿と同じ立場なら納得いかない。

婚約者は自分に興味は無くマトモに会話したことは数えるほど、しかも相手の領地では評判が悪くなっていく、そんな婚約なんて破棄してしまいたいだろう。」


わかっているのなら破棄させて欲しい。

だけど公爵は私の予想はハズレ、この婚約を破棄させたくないし、したくないようだ。


「娘とも何度か話しているんだけどね、なかなか頑固なんだ。

もうしばらく様子を見てくれ。」

「は、はぁ……」


婚約を続けるメリット……

魔法薬を優先して納入させることか?いや、メリットが薄すぎる。


公爵の狙いが全くと言っていいほどわからない。


「ところでディカマン卿、話が変わってしまうのだが公爵領から連れ出した患者の調子はどうなっているんだい?」

「……赤石病は完治いたしましたが、症状が深く進行していたこともあり治療を続けています。」

「そうか。」


なぜベルトナ親子の話を?


「それは良かった、」


……まさか!


「あの2人は王国にとって重要人物だからね、娘の婚約者とはいえ一応は確認しなくてはならなかったんだ。」


あの2人の出自がバレている。

公爵家が本気になって調べればバレるとは思っていたが、領が荒れつつある今ベルトナ親子の調査の方を優先したのか?


「伯爵邸に居ることは知っていたのだが、ディカマン卿の報告書には患者の状態などは書かれていなくて心配していたんだよ。

これからもあの2人の事は頼みたい。」

「勿論です。」


ディカマン伯爵家がベルトナ家の者を庇っているのが露呈するのはとても危うい。

マトモな後ろ盾がない状態で教会を相手にする事は不可能、あの2人を差し出せば伯爵家は生き残れるだろうが……


『カリル様に恩返しもしますね♪』そう嬉しそうに言っていたノールと、子爵だが教会と渡り合ったベルトナ家の経験を活かしてアドバイスをくれているナーミス。

既に伯爵家の仲間、見捨てるのはあり得ない。


「お互いに苦労するだろうが、これからも両家にとって良い関係が築けるのを期待しているよ。」

「えぇ、こちらこそ。」


差し出された右手を掴み握手すると同時に圧が消える。


最悪だ。


婚約関係という繋がりが無ければ公爵は2人の存在をバラすだろう、つまりこれで私は今直ぐに婚約破棄を求める事は出来なくなってしまったのだ。


婚約破棄を完全に諦めるつもりは無いが、打てる手がない以上はこの関係を維持するしか無い。


「君が優秀な当主になってくれて嬉しいよ。」


会話はこれで終わりだ。

結果をわかりやすく纏めるなら、6対4で公爵側が僅かに有利な形で終了してしまった。


自分の未熟さを痛感する。


「ではそろそろ帰ることにするよ。」


立ち上がった公爵を見送るため、私もついて行く。


「今日は急に来て悪かったね。」

「いえ、ですが次からは連絡をしてもらえるとありがたいです。何も用意出来ませんでしたし。」

「ハッハッハ、次からは気をつけるとしようか、お互いにね。」


少しだけ言葉に棘がある、やっぱり急に来たのは仕返しか。


公爵より少し後ろを歩く。

更に後ろにいるボスコへ下がるように合図し、2人きりの状態にした。


「最後に聞きたい事があるのですが良いでしょうか?」

「ん?構わないよ。」

「イーウェル令嬢は恋焦がれている相手が居るのでしょう?」

「……」


公爵も自分の娘が私と結婚する気がない事をわかっているはず、それは娘が誰を想い、誰と共になりたいのかも全て知っているということ。


何処まで想定されていたかわからないが公爵の勝利に偏った状態で帰らせるのは癪に障る。

少し、やり返させてもらおう。

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