潜むスパイ
第20話 伯爵家の変化
私が知識を得てから2ヶ月が過ぎた。
嫉妬の力を手に入れたり、公爵領で赤石病の治療を行ったり、貴族達への根回し、など忙しい日々だった。
伯爵家も毎日慌ただしく動いていたが、そんな日々も徐々に落ち着きを取り戻し、現在では前よりも余裕のある日々に戻ってきた。
「カリル様、タリアフ伯爵家とミノユ子爵家より手紙が来ております。」
「ご苦労。」
ボスコが持ってきてくれた2家からの手紙、これで根回しの為に資料を送った王家を含む貴族家からの返信は終了だ。
内容は他の貴族家と同じ様に赤石病の資料を送った事に対する感謝が書かれている。
「ふむ、この2家はイーウェル公爵寄りだな。」
貴族家が書いた内容は大きく分けて2つ、イーウェル公爵家よりの返事が4割、ディカマン伯爵家よりが残りの6割だ。
資料についての感謝のみならイーウェル公爵家。
ディカマン伯爵家側は、なにかあれば力になる、と分かりやすくしてくれている家もあれば、公爵家を叩けると敵対視している事を直接伝えてきた家もある。
しかし私なりに厳選した筈なのに4割も公爵側に持っていかれるとは思わなかったが、ひとまずは安心してもいいだろう。
「よし、少し出歩いてくる。」
「では護衛を──」
「屋敷からは出ないから安心してくれ、ボスコもしっかりと休憩を取れ。」
「感謝いたします。」
どこか暗い雰囲気だった前までとは違い、使用人達が生き生きとして明るい雰囲気になった伯爵邸を歩く。
使用人達と軽く会話をしながら適当にぶらついていると、フラフラと歩いている1人の男と遭遇した。
「かなりふらついているが、大丈夫か?」
「……?
あぁ、カリル様、あと少しで自分の研究が上手くいきそうで寝てないだけなんで大丈夫です……」
この男はディカマン伯爵家所属の魔法薬師の1人、当主のみが作成できる秘薬と呼ばれる物以外は雇った魔法薬師に量産を頼んでいる。
公爵領から支援を撤退させた今、屋敷の離れには多くの魔法薬師が生活している。
変わり者が多い魔法薬師、普通に給金を要求する者も居れば、給金は要らないから研究の施設を貸し出して欲しいと頼んでくる者もいる。
この男は後者、確か髪の毛を生やす魔法薬の研究をしていたはずだ。
「そうか、だがしっかりと休息は取ったほうがいい。」
「えぇ、わかっています。
ですが私には時間がないんです。父は30を超えた辺りで髪が無くなり始めたと言ってました、私も28歳、髪は絶対に失いたくない。
だからもう少し頑張ります。」
そう語る男は狂気に満ちた瞳だった。
「そうか……
まぁ、がんばれ。」
「勿論です、ご期待に添えるよう頑張ります。」
最後に頭を下げ、またフラフラと歩き始めた。
研究に対する執着は異常な者が多いが基本的に悪い奴等ではないし、きちんと給料と研究施設を与えていれば裏切る心配も無い。
何度か知識欲のために私の研究室に侵入しようとした者達が居たが、設置していた小魚により眠らされ魔法薬の納品ノルマを数倍にする罰を与えていたら侵入を試みる者は居なくなった。
「今は私の研究室に入られるわけにはいかない……」
普段なら笑って許してもいいのだが今はダメだ。
現在、私の研究室には身体の欠損を治す事が可能な魔法薬を作成中なのだ。
それは知識を頼りに作成途中の公爵家を牽制する策の1つに使用する重要物品、あれを失えばかなり厳しくなる。
「知識ではボタン1回を押せば一瞬で完成していたというのに……」
知識から手に入れられたのは材料のみで、現実での工程は全て手探り、ディカマン伯爵家と嫉妬の神殿で手に入れた資料を使いなんとか作成方法までは特定できたまでは良かった。
だが最終工程には予想で1週間は掛かるという結果になり、王家との更に強い繋がりを作る作戦は実行出来ていない
メインの対策が実行できない今、公爵家から伯爵家に対しての動きがない事だけが救い、おそらくは自らの領内を抑え込むのに大変なのだろう。
流石の公爵も1週間で領内全ての問題を解決する事は出来ないはず、元凶であるダンジョンの探索も行うだろうし、しばらくは安全だと思っていい。
仮に策を実行する前に公爵家が動いた最悪の場合、ボスコがかき集めてくれた魔封石を交渉材料に公爵と戦う予定だ。
どの家が行ったのかは不明なのだが、現在魔封石の価格が大幅に上がっている。
そんな中、500個もの魔封石を抱えているというのはそこそこのカードになる。ボスコには本当に感謝してもしきれない。
「あわわわ。」
そんな考え事をしながら歩いていると少し先に挙動不審なメイドを発見した。
この現象は最近のディカマン伯爵家名物と化した現象だ。
「か、カリル様……」
「もしかして、またか?」
「はい、またなんです……」
メイドに居場所を聞き、そこに向かう。
「よわ〜い!!」
近づくにつれて少女の声が聞こえる。
声が聞こえる部屋は、狭いが戦闘訓練ができる訓練場。
溜め息を吐きながら部屋の扉を開いた私が見たのは、
「ちょっと雑魚すぎなんですけど〜、カリル様と同年代の私に負けて恥ずかしくないの〜?」
「くっ…!」
私の護衛の1人を一方的に倒しているノールだった。
ベルトナ家の2人を保護することになり、最優先でナーミスの治療を行っていたが赤石病が進行しすぎていたこともあり基本的にベットから動けない。
ノールはそんな母親を見て『お母さんを守れるぐらい強くなりたい!』と公爵領で仲良くなった護衛と訓練を行うようになった。
そんな素晴らしい理由で訓練していた筈なのに、ノールはいつの間にか、
「うぇーい、ざぁこ。」
立派なクソガキに変貌していた。
「くっ、なんて強さだ!」
唯一の救いと言っていいのかはわからないが、模擬戦相手の護衛は何処か嬉しそうにしており、あんな態度をとっているのに嫌われたりはしていない。
それに、
「あっ!カリル様!
おはようございます!」
模擬戦のとき以外は普段のノールに戻る。
一種のモード変化とでも言うべきだろうか、模擬戦の時だけあの相手を煽るような口調に変わるのだ。
「あぁ、おはよう。」
「私どんどん強くなってます!
この調子でお母さんを守れるぐらい強くなって、いつかカリル様に恩返しもしますね♪」
「そうだな、期待している。」
「はい!」
ちなみにメイドが慌てていた理由は普段の良い子なノールの変わりようにびっくりしたからで、噂としては知っていても実際に見たら殆どのメイドが同じような反応をするのだ。
「では私は行くぞ。」
「はい!私はもう少し訓練を頑張ります。」
「そうか……」
私が部屋を出て扉が閉まる瞬間、『この豚野郎!』と言う声と嬉しそうな豚の声が聞こえたのだった。
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