第19話 割り振り

私は殆ど公爵自身には会ったことは無いが、知識の中での公爵は娘を溺愛している。


父上がどの様に交渉したのかはわからない。

そもそも自分の娘を差し出したくはなかったはず、仮にこちらから婚約破棄を求めればすぐに了承されるだろう。


だが格下である伯爵家から公式に婚約破棄を求める事は出来ない、そこで公爵領でとても悪い私の評判を公爵に利用させるためにも残しておく意味もある。


「公爵領の評判については本当に気にしなくていい。

問題は公爵領以外にも悪い噂が広がることだが、大半の貴族は自らの領地で私の評判が悪くなることで起きる影響を理解しているだろうし、鎮圧は出来なくても燃え上がらせることは無い。」


回復魔法が貴族と仲があまり良く無い教会に独占されているなか、我がディカマン伯爵家の治癒薬が数少ない怪我の回復手段だ。

そんな相手の悪い評判が自らの領で流行ってしまったら全力で止めるに決まっている。


「なるほど、ではカリル様の決めた通りに動いていきます。」

「あぁ、ボスコは主に伯爵家とミナのことを頼みたい。」

「えっ、私?」「ミナのことですか?」


そういえば説明をしてなかったな。


「ミナがつけているイヤリング型の魔道具だが、かなり貴重で強力な代物だ。

それこそ、国宝になりうる程のな。」

「ゔぇっ……」


国宝というワードが出た瞬間に理解したのか、ミナが変な声を出して驚いている。

ボスコはその逆、落ち着いた声で安全なのかと聞いてきた。


「効果だけを考えれば暴走する可能性があるから、その対策にミナへ魔法を教えたい。

だが仮に教えて定期的に魔力を使っても、その魔道具は意思を持っているみたいで、正直に言えば安全かは不明だ。」

「なるほど。」


私とボスコの会話を聞いているミナの顔色が悪くなっていく、まぁこんな会話を聞かされれば不安になるのも当たり前だ。

イヤリングをつけている耳元へ手を近づけては離れ、近づけては離れ、を繰り返して自らと葛藤している。


「ミナ。」

「は、はい!」

「そのイヤリングはかなり高性能、付けっぱなしでも1年分ぐらいの魔力なら余裕で耐え切る。

そんなに心配しなくても大丈夫だ。」

「そうなので、しょうか?」


これは自分で魔法を使って安心してもらうしか無いな。


「魔法の訓練はボスコに頼みたい。

私も教える時間を作るから、それまでに基礎をある程度固めておいてくれ。」


ボスコの負担が凄まじい。

申し訳ないがもう少し耐えてくれ、信頼できる者で伯爵家の問題を早急に片付けなければ、伯爵家の存在自体が危うい。


「苦労をかける……」

「苦労などとは思いません、私はむしろ感謝したいのです。」


私の呟きに反応し、話し始めたボスコの瞳はとても力強かった。


「あの日カリル様がお変わりになられてから伯爵家がとても大きくなる予感がしておりました。

今まで維持するので精一杯だった伯爵家に向上心溢れる変化が増え、私を含む使用人達もどこか若返ったかのような気持ちになっているのです。」

「……」

「カリル様、我々使用人の中にはディカマン伯爵家に救われた者が多く居ます。

恩返しに、苦労を感じる必要がどこにありましょう。」


これだけ素晴らしい家臣が居て、これだけ慕われていたのに、知識の中のカリルはどうして嫉妬伯爵などになってしまったのだろうか。

ボスコの嘘1つ混じっていない純粋な言葉に胸が熱くなる、心なしか視界も歪んでいる。


「そうか、頼んだぞ……」


私の声は震えていなかっただろうか。


「もちろんで御座います。」


立ち上がり窓から外を見つめて顔を見られないようにする。

今の私の顔は見るに堪えないものだろうからな。


「さっそく使用人達に指示して参ります。」

「あぁ、夕飯前に一度報告に戻ってきてくれ、それまでは誰も此処には入らないように。」

「かしこまりました。」


ボスコとミナが部屋から出ていく。

さて、あれだけの忠義を見せられてしまったんだ、この私もやるべき事を片付けなくては。


「まずは貴族達への報告書だな。

有力で特に赤石病へと関心を向けていた貴族家に送ろうとは思うが、バランスが大事だな。」


報告書を送る予定のイーウェル公爵家の派閥も混ざっている、もちろんその逆である対立している派閥も。

公爵の弱みとしては薄いが公爵家に対立できている貴族だし、うまく使って牽制してくれるだろう。


「この後は資金の割り振りだな、給料と領地経営と貯蓄と……」


っと、1つずつ片付けなくてはダメだ。全てが中途半端になり、ミスも増えるだろう。


目の前の事に集中するのだ。



ーーーーー


「既に帰っていた?」


公爵家の書斎、私はそこでカリル・ディカマン伯爵の報告を受けていた。


「はい。

私以外の者が監視をしておりましたが原因不明の事態に陥り気絶、意識が戻るまでの間にディカマン伯爵は領地へと戻ったものと思われます。」

「そうか。」


私の策で伯爵は公爵領には居づらかったのだろう、治療を途中で放り投げて帰りたくなる気持ちもわかる。

だが私が罪悪感を持つことは許されない、公爵家のためにやったことなのだから後悔は絶対に無い。


「しかし、伯爵が娘に会いに来ないとは思わなかった。」


私の娘にあれだけ惚れていた伯爵に何か変化があったのか?


コンコン


「入れ。」

「アラン様、伯爵からの手紙の鑑定が終了いたしました。」


公爵という立場は敵が多い、安全の為には必要な行為だ。


「ご苦労。」


手紙の内容は本当にシンプルだった。


だが見逃せない言葉がいくつかある。

特に赤石病の治療法を見つけたという部分、伯爵は本当かは曖昧にしているが長年の勘で既に治療法は見つけているとわかる。


「待つしかないか。」


これからは娘の婚約者ではなく、ディカマン伯爵家当主として認識しなくてはいけないな。

対応を間違えれば公爵家が衰退する、そんな気がしてならなかった。


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