第17話 帰還

「カリル様、カリル様。

伯爵家に到着いたしましたよ。」

「あぁ、わかった。」


給料のショックな事実に気がついてしまい、夕飯を食べたあとは気絶するように眠ってしまった。

体の防衛反応か、夜眠りに落ちてかから目が覚めることは無く、ミナに肩を揺すられてやっと目が覚めた。


「ボスコは居るか?」

「はい、護衛の皆さんに指示を出してます。」


ボスコには私が急に公爵領に行くと言い出したり、妹の領地経営の訓練といい、色々と苦労をかけてしまった。


「ボスコ。」

「おかえりなさいませカリル様、ご無事で何よりです。」

「公爵領での結果と今後の事について今から少し話せるか?」

「かしこまりました。

ですがマリア様の件は宜しいのでしょうか?」


マリアのことだと?

相談もなく急に伯爵代理にしたことについて怒っているのか、ボスコがわざわざ私に言ってくる程だし先に顔を見た方が良いか。


「先に会いに行こうか。」

「それが宜しいかと。」

「ではボスコは用事が終わり次第、私のところに来てくれ。」


ボスコの近くに寄り、念のため周囲を警戒しながら小さい声で伝える。


「カーテンを閉め切っている馬車に乗る親子は外部に情報が漏れないように保護してくれ、しばらくの間は我が屋敷で面倒を見る。」

「厄介ごとでしょうか?」

「あぁ、だから私が手を打つまではくれぐれも慎重に頼む。

外部の人間には信用できる者にも極力伝えぬように。」

「かしこまりました。」


最後に伝えるべき事を伝えてからミナと共に屋敷へと入る。


「「「伯爵様、おかえりなさいませ。」」」

「出迎え感謝する、それと私のことは伯爵ではなくカリルと呼んでくれ。」

「かしこまりました、カリル様。」


悪意のない視線がとても心地よく感じる。

これが普通なのだろうかと思ったが、給料の事を思い出して罪悪感で素直に喜べない。


「さてと、マリアは自室に籠ってると聞いたが……」


使用人に聞いた話では領地経営の書類を部屋に持ち込んで仕事しながら籠り切っているらしい。

私がするべきことは、とりあえずは謝罪だな。


コンコン


「し、仕事?!」


ノックと同時に悲鳴にも似た悲壮感溢れる声が聞こえた。


「私だ。」

「うわぁぁ!くたばれーー!!!!」


私が声を出した瞬間に勢いよく開けられる扉、そして一切の手加減を感じない蹴りが私の脛に向かって放たれた。


「ああぁぁぁ?!?!

イタァァイ!」


その蹴りは指輪に攻撃と判定され防御が発動。

壁を思いっきり蹴ったのと同等の痛みを感じていることだろう。


「「…………」」

「痛いよぉぉ。」


なんというか、本当にすまない。

1発ぐらいのビンタなら受け入れようと思っていたし、正直に言えば暗殺阻止用の魔道具を付けいた事をすっかり忘れていたんだ。


「ぐっうぅ……

お土産は?!」


痛みを必死に堪えて気丈に振る舞い始めた、だけど涙目なのは変わらない。

あえてそこには触れない様にしよう。


「あぁ、これをあげよう。」

「髪留めですか?」


今の今まで忘れていたお土産の話。

忘れていたと伝えるのは簡単だが、それを実行すれば面倒な事になるのは間違いない。


そんな中、私が咄嗟に取り出したのはやっぱり嫉妬の神殿に落ちていたアクセサリーだった。

効果は髪色を自由に変えるだけで戦闘に使える要素は皆無だ。


「む〜〜……」


どことなく不満そうにしている。


「髪色を自由に変える事ができるぞ。

使い方は詳しくは私もよくわからないんだが、外せば元の色に戻るから試行錯誤するといい。」

「ほんと?!」

「あぁ、魔力を込めればできるみたいだな。」


早速魔力を込めたのか髪色がランダムに変わり始めた。

元の黒色から赤に青に緑と点滅するように変わっていく、1色で止めようとしているのだろうが上手く出来ずに点滅を続けている。


「難しっ!」

「まぁ、頑張れ。」

「お土産が素晴らしい物だったので、急に当主代理を押し付けてきた兄様を許します。」

「……それは悪かった。」


すっかり機嫌の良くなったマリアは髪を点滅させながら何処かへと歩いて行った。


「カリル様、この後は少しお休みになられますか?」

「いや、早急に伯爵家の資金事情を整理する為にも書斎に向かう予定だ。ミナにも伝えたい事がある、疲れただろうがもう少し辛抱してくれ。」


屋敷にある少しだけ豪華な扉を開いて中に入る。

ここは書斎、私は基本的に研究室で過ごしてることもあってボスコから報告を受ける朝と夜のみしか使わない場所だ。


「さてと、帳簿は……」


ボスコが来るまで軽く目を通しておこう。

多少でも知っていれば話し合いは円滑に進むはずだ。


「……」


伯爵家での安定して入っている収入が月に大金貨2枚と金貨10枚ほど。


月の確定している支出として公爵領の支援に大金貨1枚と金貨50枚を使用しており、伯爵領で使えるのは僅か金貨60枚。

そこから使用人達の給料、伯爵領の警備隊等の維持費で月に貰えていた資金は殆ど無くなり、更にそこから屋敷内の食材調達に道具や損傷した装備の補充、開拓村の確認、その他にも資金が必要になる。


研究材料の調達などで必要になる分は、国からの研究費として貰っている分でなんとか賄っている。

だが研究が上手くいっていない所為で年々減っているのが現状だ。


「うぉぉぉ……」


例えばこの帳簿が全く関係ない家の物だとして、私が意見を求められたとしよう。

いくらマイルドな言い方をしたとしても、かつかつ過ぎて終わっている、としか言いようがない。


「この部分は来月からカットだ。

公爵に苦情を貰うかもしれないが直ぐにでもカットしてやる。」


ミナが部屋にいることも気にする余裕もなく、頭を抱えながら独り言を話してしまう。

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