第67話 夏休みが始まる

 帰りのHRの終わりを告げるチャイムが鳴る。



「起立!」


 

 委員長がそう告げ、皆が椅子を引いて立ち上がる。

 この瞬間、教室は異様な空気感に包まれていた。



「礼! ありがとうございました!」



 今から戦に挑む武士のような表情で



「「「ありがとうございました!!」」」



 一斉に頭を下げる。

 そして少しの間を置いて、緊迫感の漂っていた教室は――



「っしゃぁぁああ夏休みだぁぁあ!!!」


「さいこーーー!!」


「どこ行く!? どこ行く!?」


「とりま海とプールは夏休み中に絶対行くっしょ」


「夏祭りいつだっけ?」


「宿題だりー」



 一気に騒がしくなった。

 てかなんだったんだよ、最初の演出。夏休みってそんなに気合い入れて迎えるもんなの?

 ちなみに俺は、毎年7月中に宿題を終わらせている。別に遊びに行く場所も人も居ないから、暇つぶしに宿題をやったらめっちゃ早く終わるわけではない。断じて違う。


 俺が必死に脳内で言い訳――じゃない、議論をしていると、いつも通り柚が声をかけてきた。



「ゆうちゃん帰ろー!」


「おう」



 そう返して俺は振り向く。

 うん? なんか今日は周囲からの視線が痛い……。柚が転校してきたばっかりの時みたいな感覚。

 こ、これは……



『夏休みこそは松永さんと遊ぶんだ……飛鷹に取らせるもんか……』


『飛鷹てめぇ……毎日一緒に登下校してんだから夏休みくらい俺達も混ぜろよ……』


『最初はラブコメ見てるみたいでキュンキュンしたけど糖分摂取しすぎて無理。柚とショッピングとかしたいんだけど』



 あれ、俺はいつの間にみんなの心の声が聞こえる力を手に入れたんだろう。



「え、ええーっと……やっぱ今日は一人で帰ろうと思う」


『『そうだ! いいぞ飛鷹!』』



 皆の心の声が一致してるのが怖い。どこで団結力発揮してるんだよ。

 柚はきょとんとした顔で俺に聞き返す。



「なんでわざわざ? 同じ方向なんに」



 ですよね……。俺もそう思う。

 でも、確かに他のクラスメイトと仲良くなるのも柚にとって良いかも知れない。



「たまには、他の人と帰ってみたりとかしたらどうだ? みんな遊びたがってると思うし、そういうのも楽しいと思うぞ」


「みんなと遊ぶ……」


「大人数でプールとか言ったりしてはしゃいだりとかする夏休み、楽しいと思うから」


「楽しそうっ!」



 具体例を聞いた途端、目を輝かせて食いつく柚に、不覚にも『きゅん』としてしまう。

 これで俺が恨まれることもないだろう……そう旨を撫で下ろそうとした瞬間、柚が「あっ、でも」と言った。嫌な予感がする。



「今日だけは一緒に帰ろ?」


「「「えっ」」」


「一学期の感想とか言い合いながら帰りたいし! 夏休みはみんなと遊ぶけぇ、ね? お願い」


「うっ」



 不意打ち上目遣い攻撃を受け、俺の心臓は跳ね上がった。

 結局その攻撃に完敗した俺は一緒に帰るのだった。

 教室を出る瞬間、「夏休み前に良いもん見たわ」「今日ぐらい許してやるか」「あれには負ける」と言うクラスメイトの声が聞こえた。


―――――


 帰り道。



「いやーげに本当に色々あった一学期じゃったなぁ」


 

 晴れやかな顔でそう言う柚。



「だな、本当に色々あった」


「まず転校してきてゆうちゃんと再会するじゃろ?」


「俺は記憶を取り戻してないから再会って感覚が未だに無いけどな」


 

 いつかはちゃんと取り戻したいと思っているけど、未だに実感が無いし取り戻すきっかけが無いのだ。

 俺が申し訳ない、と謝ると柚は全く気にせず笑い飛ばした。



「ええんじゃそがいな細かいこたぁ。えーっと後は、樹が転校してきて」


「普通同じクラスに二人も転校してくる? って感じはするけどな」



 というか大野の下の名前、樹か。呼ばなさすぎてど忘れしてた。



「それで、体育祭で優勝して〜」


「その後教室で過去を聞いた時はびっくりしたぞ」


「複雑な気持ちになった体育祭じゃったね……でも、ゆうちゃんかっこえかったよ〜?」


「にやにやすんな俺の黒歴史で」


「文化祭で仲直り、と」


「聞いてないな……でも、文化祭はいい思い出になったんじゃないか?」


「うん、振り返るとどれもこれもゆうちゃんのおかげじゃのぉ」


「いやいや、柚が頑張ったことが一番の要因だろ」



 素直にそう伝えると、柚は「えへへ」と照れ笑いを浮かべた。

 そこで俺はふと疑問に思ったことをぶつけてみる。



「そういえば、RAIN交換してないと夏休みに遊ぶ時日程合わせられなくないか?」


「大丈夫じゃ! グループ誘うてもろうたけぇ」



 あー、俺が誘われてないあのグループか。

 べ、別にクラスRAINとか何話すんだよって感じだから、いいんだけどさ、全然。



「あ、夏休みゆうちゃんも遊ぼうね! 絶対!」


「いやー俺、冬派だから……」


「家で勉強会でもええけぇー!」



 必死になってる柚を見て、俺は思わずクスッと笑ってしまった。

 柚の頭に手を置き、



「冗談だって」



 と言うと柚はバッとすごい勢いでそっぽを向いた。

 そして俺には聞き取れない声量で何か呟く。



「……ゆうちゃんのばか」


「え?」


「別に!」



 不貞腐れた顔でそう言われて、俺が困惑していると柚の家の前に着いた。

「じゃあ」と言って上げた俺の手を柚がそっと握ってきた。

 え、と俺が固まっていると、



「なっ、夏祭り!」



 いきなりそう叫んだ。最初の「な」は声が裏返っていた。

 俺がぽかんとしていると、柚はぎゅっと目を瞑って顔を真っ赤にし、



「一緒に行きませんか……」



緊張のせいか標準語で聞いてくる柚の破壊力に、俺の脳で働いている細胞たちが一斉に定時退社していった(自分でも何を言っているかわからない)。

 数秒後、



「は、はい……」



 そう返事していた俺の顔は、かつてないほどに緩んでいたと思う。


△▼△▼


 更新頑張るって言ったの誰だっけ?

 うん、私ですね(土下座)。

 

 全然更新出来なくてもはや不定期更新になってて申し訳なさすぎます……。


 さて!(読者様は多分まだ許してないのに話を切り替える)

 今回から夏休み編スタートです!

 柚と裕也、樹と文の関係にご注目して読んでもらえたらと思います!

 大丈夫……重い展開じゃなかったらきっとスラスラ書ける!!

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隣の席の広島弁美少女が俺のことを好きっぽい件。 霜月 猫 @simotuki-neko

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