第59話 買い出し

「それでは今から男子のメイド服を作るために採寸していきまーす♡」


 クラスの女子の号令一言で男子が絶望した表情になった。

 もちろん俺も例外ではない。あのポジティブの化身である大野さえも。



「せっ……せめてくじにしないか?」



 男子の誰かが言ったその一言に、全員が頷く。

 しかしすでにノリノリの女子たちは、「え? 無理」と却下した。



「すでに人数分のレンタル頼む予定だから。後はサイズだけ」



 俺達全員、合掌。



「そうだ、女子も執事服着る?」


「えっ?(男子たちの困惑の声)」


「いいじゃん! じゃあ店名『男女入れ替え喫茶』で!」


「もっとお洒落な店名にも出来そうだよね! 後で考えよ!」



 盛り上がる女子たち。愕然とする男子たち。そのテンションのギャップはマリアナ海溝より深く、埋められなかった。



「なんで……俺達に拒否権は……」


「意外と楽しいはずだ! ……多分」



 絶望した俺に、大野が元気になりそうでならない言葉をかける。



「「は、はは……」」



 二人で乾いた笑い声を出していると、松永と森さんが駆け寄ってきた。

 咄嗟に松永のメイド服を想像してしまったのでとりあえず自分で自分を殴っておいた。



「だ、だだ大丈夫!?」


「大丈夫だ森さん、煩悩退散しただけ」


「あ、じゃあ大丈夫だね(?)」


「いや文、納得せんで!?」



 たまに森さんは天然というか抜けたところがある。そこに松永がツッコむというのがいつもの流れだ。



「それにしても、ゆうちゃんと樹のメイド服姿楽しみだなぁ」


「そうだね、私も……! でも、私はスーツ似合うか心配だなぁ……。柚はかわいいからなんでも似合うと思うけど……」


「いや、文も普通にかわいいだろ」



 大野が食い気味に、でもサラッとすごいこと言った。

 ……結構すごいこと言ったぞこいつ!? サラッと少女漫画のイケメン男子になってんじゃねえよ!

 き、気まずいぞ。おい。第三者が一番気まずいぞ。



「えっ、あ、ありがとう」


「おう」



 照れるな! この状況で照れるなという方が無理だろうけど! 気まずい気まずい!



「松永はスーツを着たことはあるのか?」


「ううん、あんまり。っていうか、着たこと無いかも」



 できるだけ平静を装って話題を逸らすと、上手いこと松永も便乗してくれた。

 その後森さんと大野も加わって、自然な会話に戻すことが出来たのだった。



「じゃあ採寸始めまーす」


「「忘れてた……」」


「「いってらっしゃ~い♬」」


 

 なんで女子はそんなに嬉しそうなんですか!?


―――――


 文化祭準備の日。

 今日は一日授業がなく、学校中が文化祭準備でガヤガヤしている。



「誰かー! インク無くなったから赤のPASUKA買ってきてー!」


「じゃあ俺行ってくるわ」


「ありがとー」



 ちょうど作業が終わった俺が名乗り出ると、なぜか横にいた松永も立ち上がった。



「うちも行く!」



 その瞬間、教室の中が一気にざわめいた。



「やっぱあの二人……」


「そーだよね! 体育祭の時にさー!」


「やっば、リア充眩しい」


「嘘だろ……嘘だと言ってくれよ、飛鷹……」


「寝るのか!? 俺も授業中に寝たら学年一位を取れてかわいい彼女が出来るのか!?」



 一斉に集まってきたクラスメイトたち。

 なんだろ、俺一人で行くっつったときは誰も興味もたなかったのに。なんか、うん。

 流石に照れるな……。俺は首の後ろをかきながら言った。



「付き合ってねえよ」


「「「うっそだ〜!」」」


「なんでそんなに息ぴったりなんだよ!? 怖いって!」



 ふと隣の松永を見ると……ぷくーっと頬を膨らませていた。


 え? かわい(率直)。

 でもそうだよな、怒るよな。俺も松永にそんなこと言われたら嫌だし……。

 俺はコホンと咳払いし、言い直した。



、付き合ってないから」



 シン、と教室に沈黙が降りる。

 気まずくなった俺は、



「あ〜、そろそろ買い出し行くか! な、松永――」



 と言った。

 ハハ、と乾いた笑い声を出しながら松永の方を見て、俺は言葉を失った。


 松永の顔が、真っ赤になっていたのだ。

 松永も自分で気づいているのか、手で顔を覆いながら言った。



「そ、そうだね! 行こっか!」



 教室を出ていく際、たくさんのカメラのシャッター音と生暖かい視線が刺さってきた。


―――――


「なあ」


「……」


「おーい」


「……」


「なんでそんな早歩きなんだよ」


「別に? ぜんっぜん! 照れてるわけじゃないからね!」



 意地を張ってるせいで標準語になってる。


 ……いやそれにしても距離がおかしくね?

 太陽の一番外側にある大気の名前のウイルスが流行ったときくらい離れてね?

 二メートル以上離れるとか、ソーシャルディスタンス保ちすぎだろ。


 そんなことを思っていると、いつの間にか文房具店に着いていた。



「あっ、あったあった」


「意外とすぐ見つかったな」


「そうじゃのぉ」



 POSUKAを置いてある棚を二人で覗き込んだ拍子に、俺の左肩と松永の右肩がトンッとぶつかる。



「「ごっ、ごめん」」



 慌てて同時に離れる。

 触れたところから体がじわじわ温まっていってる気がする。


 ぎこちなくレジに行って会計を済まし、ぎこちなく店を出る。

 店員さんの生暖かい視線がめっちゃ刺さってきた。


 あれ、デジャヴかな?


―――――


 帰り道。行きとは違って横に並んでくれた。

 また肩がぶつかりそうになって、心臓が跳ねる。


 その時、松永が呟くように言った。



「……ありがと。……いつか、ね」



 何が、なんて言わなくてもわかる。

 


「……おう」


△▼△▼


 今の高校でこんな本格的な文化祭あるのでしょうか。

 テイウカ、ゼンインブンノフクソロエラレルトカ、ミンナカネモチスギダロ


 追記

 少し修正しておきました。

 公開するのが遅れてしまって申し訳ないです……。

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