第54話 借り物競争
「それでは最後の種目、借り物競走の始まり始まり〜!」
実況が夏の暑さで深夜テンションになってやがる。童話の始まり方になってるぞ、おい。
軽く借り物競争のルールを説明しておくと、こんな感じ。
①全クラスから一人ずつ代表が出て戦う。
②くじでお題を二つ引いて、両方をなるべく早く持ってこなければならない。
③家に帰るのは無しだが、前も言ったように商店街に探しに行くのはあり。
とまあこんな感じか。
そして俺のクラスの代表は――
「ゆうちゃーん! 頑張れー!」
「飛鷹! 絶対優勝しろよ!」
はい、俺でーす。じゃんけんで負けましたー。
なんでこんなことに……。
この高校の借り物競争カオスすぎるから嫌なんだよ! 去年もえぐかったし……。
まあ、俺の運はいいはずなので? 大丈夫っしょ!(フラグ)
「それでは、各クラスの代表は前に出てきて下さい」
いよいよ、恐怖の借り物競争が始まる。
俺が引いた最初に引いたお題は『体温計』。
よし、セーフ。すぐに保健室に取りに行けるな。運を天に任せてもう一枚引く。
えーっとなになに、もう一つのお題は――……
―――――
「おおっと!? 早くもこちらに走ってくる生徒の姿が! 白組二年三組代表、飛鷹裕也です!」
俺は体温計だけを持って走る。
そして見事、一着でゴールした。
「飛鷹裕也、ゴール! しかし、持っているものが一つしかありませんが大丈夫かー!? お題はなんですか?」
ゴール付近に立っていた人がマイクを突きつけてくる。
俺はゼイゼイ言いながら、答えた。
「『体温計』……」
「なるほど、それは手に持っているのでクリアです! もう一つのお題はなんですか?」
「……自分で言わないと駄目ですか……」
「ええ!」
こいつ、にやにやしやがって……腹立つわぁ。
俺は自分の頭に巻いていたハチマキをするりと取って実況に突きつけると、ニヤッと笑い返して言った。
「『好きな人のハチマキ』」
周囲の人たちが驚いた顔をする。
いや多分、これ聞いてる全員がびっくりしてるわ。
実況はぽかんとしていたが、ハッと我に返って実況を進める。
「じ、自分の頭に巻いていましたが、本当に好きな人のハチマキなのですか!?」
「裏に書いてある名前、見ます?」
「拝見させて頂きます。……えっ!?」
そりゃあそうなるよな。リレーの時に美少女って絶賛した松永の名前が書かれてるんだから。
実況はハチマキと俺を交互に見て――
「なるほどなるほど〜! へえ〜! いいもん見れましたよ、これは! ふ〜ん!」
とさらににやにやしている。
結構恥ずかしくなってきた……。
俺はそれがバレないように、
「はい、ちょっとうるさいでーす」
とツッコミを返した。会場がどっと沸く。
すると、実況はまるでアナウンサーのように追求してきた。
「今から告白されるのでしょうか!?」
「そうですね。体育祭が終わったら告白するって、本人にも言いました」
「それはもう告白ではないですか?」
「いやもうどうにでもなれーって……今もそう思ってます」
「今まさに公開告白してるみたいなもんですしねぇ……。まあ、ハチマキを交換している時点で……ねぇ? お相手が噂を知らないわけ無いでしょうし?」
「……そっすね」
「お幸せにー! 僕たち非リアには程遠い世界ですねー悲しくなってきましたー」
その瞬間、それなー! という声がめっちゃ聞こえてきた。
なんかごめんて。
「それでは次の選手がやってきたので、インタビューはここまで! 後でまたじっくり聞かせて下さい!」
「あ、はい……」
これは、あとの処理がめんどくさそうだ。
でも今ちょっと――いやだいぶ、楽しいぞ。これが失うもののない覚悟か。
みんなのところに戻ると、
「飛鷹ー! おつかれー!」
「一着ってすげえぞ! いや、それよりもハチマキを見せろっ」
「体育祭始まる前からもう交換してたってことー?」
「誰なの相手は!」
俺は全力でハチマキを守りながら松永の方を見ると、顔を真っ赤にしていた。
明らかに夏の暑さのせいではない。多分俺もそうなってる。
「てか、松永さんと付き合ってるんじゃないの!?」
「いや、ま――さか、そんなことあるわけねえだろ」
あぶねー! 「まだ」って言うところだったー! 結構苦しいけど!
そして体育祭は、最後の俺の活躍もあって俺達白組の勝利で終わった。
―――――
さあ、俺にとってはここからが本番だ。
大丈夫大丈夫、と心を落ち着かせて松永を探す。
あ、いた。
「まつな――」
「だから、もう帰るって言ってるの!」
「嫌です! うちにはまだ、やることがあります!」
「そんなの知らないわよ! 体育祭なんてバカバカしいことやってないで、家に帰るわよ! ……全くもう、だから今日は休めって言ったのに……」
松永と誰かが言い争ってる? てかなぜ敬語。
人が多くて相手の顔がよく見えない……。
俺はちょっと移動して、相手の顔を見ようとした。
そうしている間にも、言い争いは続く。
「……馬鹿馬鹿しいって何」
「だから、こんなくだらない行事に参加してる暇があったら家で勉強を――」
「
松永の怒号が響き渡る。
俺は思わず立ち止まった。
「うちは今日、ここに来てえかったって、みんなと笑えてえかったって、思うとるの! それを馬鹿馬鹿しいやらゆわんで! 下らんやらゆわんで! あんたにゃあうちの気持ちなんか一生分からん!」
「は……はぁっ!? あんたって何よ、その口の聞き方! お母様でしょ!?」
「あんたを母親じゃたぁ思わん! 実際そうじゃないくせに、偉そうなことゆわんで!」
松永が手を振り上げる。
やばい!
俺は全力で走って、松永の華奢な腕を掴んだ。
松永が驚いてこっちを振り向く。母親――なのか分からない女性も、目を見開いた。
「ちょっと、柚のこと、借りるんで」
俺はそう言って、松永を引っ張って歩いた。今度のお題は、どうやらこいつ自体らしい。
後ろから「ちょ、ちょっと!」と焦った声が聞こえたが、無視だ無視。
好きな人を傷つけるやつは、俺の敵だからな。
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