第52話 宣戦布告

 時間はちょっと戻って体育祭の朝。


「おはよー、ゆうちゃん!」


「おはよう」


「体育祭頑張ろうね!」


「……そうだな」

 


 挨拶を交わし、早速今日の体育祭について話し合う。



「うちの学校、珍しいよな。目玉の騎馬戦の後に借り物競争とか」


「うちゃ借り物競走のほうが好きなんよ?」


「まあ、学校外に出て物を借りていいのはちょっと楽しいかもな」



 俺は言いながら、先生が


『商店街にすでに許可を取っているから、商店街のお店からも借りていいぞ』


 言っていたことを思い出していた。

 先生が一軒一軒回って許可取ったんだろうか、とかどうでもいいことをぼやーっと考えていた。

 そうやって上手く現実逃避していたというのに――



「そういやあ、ゆうちゃん、知っとる? 体育祭の日にハチマキをかえっこした二人は結ばれるって噂!」


「……お前……」


「なんでうちそがいに睨まれないといけんの……」



 現実に引き戻したからだ。

 俺は、ハチマキが入っている通学カバンを見て、拳を握りしめた。


 大きく深呼吸して、昨日散々練習した言葉を絞り出す。



「……れないか」


「えっとごめん、全く聞き取れんかった」



 大きく深呼吸した割には、全く声が出なかった。

 落ち着け、落ち着け。俺なら言える。ただ一言だ、うん。 


 俺は足を止めて、松永の目を真っ直ぐ見つめる。松永も俺を見た。



「……ハチマキ……交換してくれないか……」


 

 時が、止まった。

 少なくとも、俺にはそう感じられた。

 松永は目を丸くして、固まっていた。その表情に、俺が不安を感じた瞬間――



「……喜んで」


 

 真っ赤になって目を逸らしながら、通学カバンから取り出したハチマキを差し出してきた。

 今度は俺が固まる番だった。


 ――なにその反応かわいすぎないか!?


 思わず見惚れていると、松永が「ほっ、ほら! ゆうちゃんも! 早う!」と催促する。

 俺はようやく我に返り、急いでハチマキを差し出した。


 ぎこちなく交換して、ハチマキをしまってまた歩き出す。


 しばらく黙って歩いていると、松永が恐る恐る口を開けた。



「……そがいな意味で?」



 たった一言。何を指しているのか具体的に示さない一言。

 だけど俺は、全てを理解した。



「……そうだよ、悪いか」


「……全然。……むしろ、ありがとの」


「そのありがとうは……そういう意味で?」


「……うん」



 お互い真逆を向いて、顔真っ赤になって。

 まだ体育祭は始まってないのに、心臓の鼓動は早くなっていた。

 松永を抱きしめたい衝動を抑えて、俺は再び言葉を絞り出す。

 流石にこのままじゃ、だめだ。



「体育祭の終わり、言うから」


「……楽しみにしとる」


「覚悟しとけよ」


「まさかの宣戦布告型なの?」


「まあな」


「ドヤ顔することでも無いじゃろ」



 二人で前を向いて歩きだす。

 松永はツッコんだことで調子を取り戻したのか、コホンとわざとらしく咳をして、お願いしてきた。



「ハチマキ、取られんようにしてね? こがいな美少女からハチマキを貰えるなんて、すごいことなんじゃけぇ」


「へいへい」


「何その反応! 雑!」



 そこで、お互いに顔を見合わせて笑った。

 俺達には、これくらいの距離感のほうが合っているのかもしれない。


―――――


 ってことが今朝あったから、騎馬戦で絶対にハチマキを取られるわけにはいかなかったのだ。

 にしても、回想にすると大分黒歴史だな……。

 今日の夜、ベッドで悶絶するやつだ、確実に。


 ……いや、どうなんだろう。もしかしたら違う意味で悶絶するかも知れない。

 

 ふと松永を見ると、頭に巻いているハチマキを指して得意げに笑った。

 俺も自分のハチマキを指して、ドヤ顔をした。

 お互い様だな。


 騎馬戦の結果は、俺達の勝利。

 後から聞いた話によると、俺と松永がMVPってことになっていた。


△▼△▼


 今回ちょっと短めですみません。

 作者は書きながら悶絶しました。(自分で書いといて?)

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