第50話 秘密の気持ち

「こんちはー」


「裕也さん、こんにちはっ!」


「お、おうおう……」



 バイトに入るなり、遥乃ちゃんが勢いよく駆けてきて挨拶してくる。びびった……。



「遥乃ちゃん、落ち着こうか」


「はっ、て、店長、すみません」


「いやまあ、気持ちは分からなくもないもないけどね」


「て、ててて店長っ……!」



 あわあわする遥乃ちゃん。にこにこしてる店長。

 話についていけないのは俺だけなのか……?



「まずは、たまった洗い物を二人で片付けてもらっていいかな」


「えっ、えっ」


「あー、わかりました」



 遥乃ちゃん、今日はやけにあわあわしてるな? 何かあったのか?

 心配になった俺は、



「遥乃ちゃん、どうした? 熱でもあるのか?」



 と言って遥乃ちゃんのおでこに手をもっていこうとした。

 その瞬間、遥乃ちゃんはさらに顔を真っ赤にしてすごいスピードで飛び退った。

 行き場を失くした俺の手が空中で止まる。



「だ、だだだ大丈夫ですっ!」


「そうか、それならよかった」



 さーてバイトやりますかっと。


―――――


「裕也さん」


「どうした?」


 

 たまったお皿を洗っている途中、遥乃ちゃんがやけに真剣な声音で俺の名前を呼んだ。



「あ、あの……その……」



 口を開けて何か言おうとし、やっぱり閉ざして、でももう一度言おうとして、結局閉ざす遥乃ちゃん。

 よく見ると、手が震えていた。……怖いのか?



「遥乃ちゃん? やっぱり体調悪いのか?」


「い、いえ、大丈夫ですっ! ……ただ……」


「ただ?」



 俺がダメ押しで聞くと、遥乃ちゃんはついに覚悟を決めた顔でこっちを向き、俺が予想していなかった質問をぶつけてきた。



「裕也さんは、好きな方が出来たんですか?」


♡♡♡♡♡


(遥乃視点)


「裕也さんは、好きな方が出来たんですか?」



 昨日の夜から、ずっと気になってたんですよ。陽茉梨から、電話がかかってきて。



『あ、もしもし遥乃?』


「どうしたの? 夜に陽茉梨が電話かけてくるなんて珍しいね」


『……覚悟、して聞いて欲しい……大事な話だから……』


「? うん」


『おにい、松永さんのことが好きになっちゃったみたい』



 頭が真っ白になって、凍りつきました。

 あまりのことに体中の力が抜けて、へなへなと地面に座って、ようやく絞り出した言葉は、



「そっか」



 でした。

 陽茉梨は苦しそうな声で続けます。



『頑張って』


「ありがとう、明日バイトだからそのときに……」


『うん、うん』


「いつも……心配かけてごめん……」


『大丈夫、私はいつでも味方だから』


「これからも、相談乗ってくれる?」


『あったりまえじゃん! 親友でしょ?』


「陽茉梨……」


『じゃあ、また明日。バイト頑張って』


「うん、ばいばい」



 きっと陽茉梨は、一番苦しい。裕也さんのことも、私のことも大切に思ってくれてるから、どっちを応援したらいいか分かんないんだよね?

 大丈夫だからね。私の恋は、私が終わらせる。


 この質問で全部決まること、裕也さんは知りませんよね?


 裕也さんは、目を大きく見開いて、明らかに動揺した顔で言いました。



「い、いねえよ」


「ダウトです」



 なんで私は、自分の苦しい方向に話を持っていくんでしょうか。素直に裕也さんの言葉を信じられたら、楽なのに。

 でも、分かるんです。ずっと見てたから。裕也さんは嘘をつく時、腕か手で口元を隠して、話している相手――私と反対の方向を向くんです。


 私のハッキリとした言葉に、裕也さんは観念したのか「はあー」とため息をつきながら、



「……いる」


「そうですか」


「聞いてきたのに反応薄くない?」


「いえ、別に」



 だって、泣くのを堪えてるんだから、しょうがないじゃないですか。涙声にならないよう、ぐっと下唇を噛んで早口で言葉を続けます。



「応援してますよ。裕也さんならきっと大丈夫です」


「お、おう……ありがとな」


「はい」



 ダウトです。本当は応援なんてしてないです。でも裕也さんは、私が出した嘘のカード言葉に気づかず、自分のカードを重ねます。



「逆に、遥乃ちゃんはいるの? 好きな人」



 まさか、聞き返してくるとは思いませんでした。

 私は裕也さんが洗った皿を拭きながら、あえて淡々と答えます。



「います」


「へー、遥乃ちゃんなら絶対大丈夫でしょ。学校でもモテるだろうし」


「そんなことは……」



 実際、結構な人数に告白されましたが……。



「お、照れてる照れてる。ほら、こんなかわいいんだから、もっと自信もって」


「っ……!」



 嬉しさと切なさが同時に湧き上がってきて、涙も零れそうです。

 そんな私に気づかず、裕也さんが言葉を続けます。



「もし同い年だったら、絶対一目惚れしてたわー」



 その瞬間、私は頭をレンガで殴られたような絶望に陥りました。 

 年の差ですか。もし同い年だったら、この想いはあなたに届いたんですか。

 もう、頭の中、ぐっちゃぐちゃです。どうしてくれるんですか。



「相手が誰なのか……は聞いても意味ないか。多分俺の知らない一年だろうしなー」


「裕也さんがよーく知ってる人です」



 こうなったら、もうどうにでもなれ、です。からかってやります。

 今だけは、年の差なんて関係ありませんからね。



「え? 嘘だろ? てことは二年?」


「はい」


「えー誰だろ。俺あんま友達いねえからなー。もしかしたら知らねえやつかも――」



 私は裕也さんの言葉を遮り、腕を掴みながら背伸びして耳元で囁きました。



「裕也さんです」



 ふふっ、混乱してますね。でも、今伝えたらきっと裕也さんは困っちゃいますよね。



「えっ、ちょ、遥乃ちゃ――」



 だから、こうするんです。



「って言ったらどうします?」


「へ?」


「冗談ですよ」


「あ、ああ……」



 そのまま伝えたかったな、とちょっぴり思いました。

 でも、これでいいんです。



「では私は、接客にいきますので」


「え? あ、ああ」



 ちょうど皿洗いが終わったのは、幸いでした。これ以上一緒にいたら、感情が爆発しそうです。

 裕也さんに背を向けて歩いている途中、思いました。


 ――これは、言っときましょう。嘘でもいいから、言っときましょう。



「裕也さん、頑張ってください。きっと成功します。――心から、応援してます」



 涙を堪えて、微笑みます。こんなに切ない思いになったのは初めてです。


―――――


「これで……よかったんだよ……」



 家に帰って、散々泣いたのは、秘密ですよ。


 裕也さん。


△▼△▼


 遥乃のシーン、感情移入しすぎて一緒に泣いたのは秘密ですよ、読者の皆さん。

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