第42話 服に悩む俺と救世主の妹

「えっ……?」



 尾行? 今大野くん、そう言った?

 いや、備考かもしれないし、鼻腔かも――って今鼻の話するわけないか。

 これはやっぱり、話の流れ的に、尾行だよね?

 私が頭を悩ませていると、大野くんはもう一度説明しようとした。



「あ、聞こえなかった? 俺と一緒に裕也と柚を」


「ああいや、聞こえてたよ? 聞こえてたんだけど……」


「ごめん、説明足りなかったな」


「あ、いや……その、内容というか、意図も分かるんだけど、私でいいのかなって」


「? 逆に何がダメなんだ?」



 いや……なんていうか、こんな陰キャが陽キャの尾行に付き合ってもいいのかなって、という言葉は胸にとどめておいた。ちょっと皮肉っぽい気がする。



「ちょうどいいじゃん、どっちも好きな人の尾行できるし」


「尾行できるしって……」


「だって、心配じゃない?」


「うっ、それは……」



 結局私は大野くんに言いくるめられ(言い方)、尾行することになってしまったのだった。


―――――


 今は待ち合わせの二時間前、俺は絶賛お悩み中だった。

 俺は今、絶賛お悩み中だった。


 どんな服で行こうか……。


 さっきからこれで悩んでいる。まだ二時間もあるというのに、俺は焦っていた。

 やばい、俺、全然おしゃれな服持ってねえ……!

 そもそも、服の数が少なすぎる! 毎日制服だし、誰かと出かけるなんてもちろん無かったから服のレパートリーが壊滅的だ!


 ああもう、おしゃれが何か分からなくなってきた!!



「うおおおおおお!!」



 一旦俺は、枕に顔を突っ込んで叫んだ。自分でも何をしているのか分からない。

 普通に引くわぁ……。という心の中の俺がツッコむ。

 あ、別に突っ込むとツッコむ掛けたわけじゃねえから。……いや、これは結構マジで。



「もうお兄ちゃんっ、うるさい! ……あ……」


「待て待て待て待て引くな!! 見なかったことにするな!」



 スッ……と扉を閉めようとした我が妹、陽茉梨をフット・イン・ザ・ドア(物理)で止める。



「いや、うち、そういうの訪問販売は受け付けてないんで……どうかお引き取りを……」


「しつこい訪問販売でもねえよ! 他人のフリをするな!」


「お兄ちゃん、今日うるさすぎっ!」


「理不尽な!?」


「もう、何してたの? 体大きくなったの?」


「いや眼鏡くんでも進撃してくるやつでもねえよ。確かに大きくなる時叫んでるけど」


「じゃあなに?」


「あっ、おい……」


 

 ずかずかと入り込んでくる陽茉梨を止められない俺。

 正直、服の相談に乗ってほしかったし、腕を掴んで「きもい」って冷たい目で見られるのが怖い。



「こんなに服ばらまいて……何? エ◯本でも隠そうとしたわけ?」


「女子高生が唐突な下ネタ発言」


「あ、そういえば今日、松永さんとのデートか、それの服選びでこんな……」


「でっ、デートじゃねえし!?」


「はいはい、買い出しね。分かった分かった」



 強がる子供に仕方なく納得してあげたような言い方である。

 そして陽茉梨は、服を一通り見て「はぁ……」とため息をついた。



「ねえ、服のレパートリー」


「自分でもわかってるから言わないでくれ」


「おにい、服買えば?」


「時間とお金が……」


「はぁ? 放課後いくらでもあるでしょうが! お金も貯金してるでしょ?」


「うっ……」


「何時に集合?」


「二時間後です……」



 とうとう時間まで白状してしまった。



「今から服買いに行くよ!」


「えぇっ!?」


「つべこべ言わない! 時間なくなるでしょ!?」


「はっ、はいぃ!」



 妹の剣幕に押され、俺は服を買いに行くことになってしまった。


―――――


 陽茉梨が見繕った服をなされるがままに試着し、買ったのは水色のTシャツと黒のキャップ。

 家に帰り、白のTシャツに袖を通し黒の細身のパンツを履く。

 その上に新しく買った水色のTシャツを身につけ、白のシャツを少し出すとおしゃれに見える。……らしい。



「おー、それなりにおしゃれには見えるね」


「……微妙に褒めてないなそれ」


「褒めてるよ、多分」


「多分って……」


「ほら、もう出ないと。これ被って」


「お、おう……」



 姿見でキャップを被った自分の格好を確認しようとする。

 いつもとは違う自分に少しドキドキする。って乙女か俺は!

 用意してあったカバンを乱暴に掴み、ドアを開ける。



「じゃ、じゃあ、行ってくる」


「はいはーい、行ってらっしゃい」



 こうして俺は家を出たのだった。


―――――


「ちょっと早かったか」



 待ち合わせ15分前、12時45分。

 俺はせわしなく帽子を被り直したり袖をいじったりしていた。

 慣れない格好ということもあるが、これから松永と会うのだと思うと少し緊張する。

 そう焦っていた俺は、背後の2つの人影に気づかなかった。



『柚に集合場所と時間聞いといてよかったな』


『うん。あんなに素直に教えてくれるとは思わなかった』


『にしても裕也、まだ十五分前だぞ?』


『女性を待たせないのは当たり前なんだよ、きっと』


『俺も今度から心がけよう』


「? なんだ?」

 

 

 後ろから誰かの声が聞こえた気がして、振り向くいてみたものの、誰もいなかった。

 なんだったんだ、今の?


 俺が混乱していると、後ろから唐突に声をかけられた。



「わっ!」


「おわぁっ!」


「ふふ、ゆうちゃん、ビビりすぎ」



 バッと振り向くと、そこにはいつもと違う松永が「にひひ」と笑いながら立っていた。

 ついいつもの癖で制服姿だと思って振り向いた俺は、不意打ちを食らった。


 白のチュニックブラウスに、黒のクレアパンツ。

 麦わらのショルダーバッグには、兎のキーホルダーが付いていた。


 俺が思わず見惚れていると、松永が



「待った?」



 と聞いたきた。



「まあ、五分くらい」


「そこは『全然待ってないよ』じゃろ!?」


「事実を言ったまでだ」


「うーわ、そがいなじゃけぇモテんのじゃ」


「余計なお世話だ!」



 そんな風に喋りながら、俺達は歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る