第95話 ハチクマさんと鎖、接種後の病室にて(ハチクマ視点)

(結構打つなあ……)

 少し離れた場所で、ぼんやりとその光景を見る。

 病院の診察室から処置室に移り、翡翠さんの腕に次々とワクチン注射が撃ち込まれていた。

 打っているのは本家のお婆様の一人である、トキ御婆様、この道何十年の大ベテランであるので、手付きに危なっかしさは一切無い。

 打たれる方の翡翠さんも大人しい物で、一々リアクションを取らず、俎板の鯉状態でじっとしている。


 しかし、助手してる看護師の面々の目つきがアレだなあ。

 先刻から目線がうっとりねっとりギラギラしている、同性から見てもかなりの視線の圧を感じるので、翡翠さんにもバレバレだろうけど、翡翠さんは相変わらず落ち着いたものだ。

 先程目いっぱい囲まれた上、裸で触れ合ったので。本当に今更なのだろうが。

 しょうがないか、翡翠さん見てるだけでもエッチだし、注射を打つ際に上着を脱いで腕まくりしているので、うっすらとだが日焼け跡が見える、手と手首と上腕と、日焼けで若干色が違うのだ、特に二の腕から上にかけては真っ白で、中々の風情が感じられて、エッチだ。

 一緒にお風呂に入って居るし、何なら今朝方散々ヤッた後なのだが、半脱ぎとかチラリズムとかは独特の色気とか有るので、別腹って奴である。

 そして、こうして冷静に見て居られるのも、しっかりやる事やったおかげで有るのだが。

 対して、先程から予防接種の助手をしている面々は、もう真っ赤で、今にも暴走、暴発しないか、傍目からも一触即発の危なっかしさを感じる。何と言うか、もうちょっと落ち着けと言いたい所だ。


 しかし、こんなに打つのも大変だなあと、他人事の様に思う。

 自分自身、全て打ってあるので、積み重ねか、今一括でまとめてかの違いでしかないのだが。

 自衛隊の方に入隊した時は、同期の保護者が割と支離滅裂な反ワクチン派が居たとかで、一切打って無いのが判明した娘が居て、今打つか、拒否して除隊するかで一悶着有ったりした。

 確かあの時はもっと本数多かった気がする。となると結構かかるんだよなあ。

 共同生活するにあたって、歴史の教科書なスペイン風邪みたいなの持ち帰ってパンデミックとか、部隊丸ごと水虫共有とか、穴姉妹全員梅毒とか、単純に揃ってインフルエンザとか笑いごとにも成らないので、予防接種は死活問題だと散々聞かされている。

 琥珀のおじい様も、最初におぼれていた関係で何か変なの呑み込んでてしばらく病気療養だったとか何とか。

 そんな訳で、コレは一種の通過儀礼で必須なので今更何とも思わないのだ。


 注射後の絆創膏だらけなのはちょっと痛々しいけど。

 となると、今夜はアルカリでヌルスベな美人の湯の方じゃなくて、酸性焼きつぶしな傷けしの湯の方かな?


「はい、今日の分はコレで終わりと、残りは後日で、念のため、1時間ほど病室で様子見ね?」

「ありがとうございました」

 トキ御婆様の言葉に、翡翠さんがぺこりと頭を下げる。本当に、礼儀正しい人だった。


「では、しばらく横に成って休憩でもして居てください」

 寝台だけが置かれた空き病室に案内され、念のためのモニターとして指先センサーの心電図に繋げられる。

「何かあったら呼んで下さいね?」

 そう言って看護師は部屋から出て行った。今度は二人きりだった。

「何とも、大げさですねえ?」

 翡翠さんが照れたように、困った様な苦笑を浮かべる。

「大事なお体ですから、こう言ったのは大山鳴動して鼠一匹ぐらいで丁度良いんですよ」

 無駄出動とか言わないのだ、訓練の一種と見るのだ。

「じゃあ、ちょっと横に成るとします」

 翡翠さんが取り付けられたセンサー類を気にしつつ、ゴロンと横に成る、動きに服が、浴衣が追随しきれずに開けて、白い胸元とか、おへそとかがちらりと見える。

「相変わらず、無防備な……」

 そんな煽情的な光景に目線が奪われつつ。思わずつぶやいた。

「良いんですよ、汝はこのままで居ろってのが、ヤタちゃんのご希望ですし?」

「自衛とか大切ですよ?」

「お言葉ですが、今部屋に居るのハチクマさんだけですもん、護衛で正妻なんだから、ソレを相手に警戒するってのも野暮ってもんでしょう?」

「もう、ああ言えばこう言う……」

 思わず口を尖らせる、正論なのだが、微妙に不安に成るのだ。


「あ、ちょっとお耳を拝借」

 ごろんと寝転んだ態勢のまま、ちょいちょいと手招きされる。

 こう言った時、少し面倒くさがりなのだなあと、苦笑を浮かべる。

 そのまま顔を近づけた所で。


 ちゅ


 不意打ち気味にキスをされた。


 な?!


 驚いて、思わず飛び退ろうとした所を、首や頭ごと包み込むように抱き締められてしまった、振り解けない、意外と力強い、と言うか、振り解きたく無い、身体的なアレコレより、精神的な引力、欲求が先に勝ってしまった。

 そして、先程の、無防備で良い相手だと言われた事を思い出し、さらに赤くなる。

 対抗する気力を無くし、ぐたっと脱力する。

 耳と言わず、頭の中に、ドクンドクンと、どちらの音かわからない心音が響いていた。

「そのまま、目を閉じて、じっとしていてくださいね?」

 ちゃらっと、小さく金属が擦れる音が響いた。


 両手の拘束が緩むが、声に従って居るので、動けない。


 ごそごそ


 首の辺りに、ほんの少しだけ、ひんやりとした金属の感触が有った。


「ふう………」

 一仕事終えたと言う感じの溜息が漏れた。

 今度こそ手が離れる。

「目、開けて良いですよ?」

 指示に合わせて目を開ける。

 首の辺りに何かついた?

 目線を下に向ける、見覚えのある翡翠の指輪と、ソレを固定する、白金色の金属の鎖だった。

 恐る恐る指先でソレに触れる、夢とか幻覚では無いと………

「長さ的には大丈夫でした? 息苦しかったりしません?」

 思わずパチクリと瞬きをする。

 こんなの私には似合いませんと言う言葉とか、ドッグタグぐらいしか付けた事無かったんですとか、イマイチな、ムードもへったくれも無い言葉がぐるぐるする。

「これからも、よろしくお願いいたしますね?」

 照れくさそうに、はにかんだ笑みを浮かべる翡翠さん。

 思わず口をパクパクさせる、もう頭の中とか真っ白で、返事の言葉とか、気の利いた何かとか、何も浮かばなかった。


 ただ、目が、視界が滲んで、ぼろっと涙が零れた。

 そのまま全身で、勢いに任せて覆いかぶさるように抱き締めた。


 どたばたじたばた


 ぱんぱん


 ちょっと勢い余ってしまった様子で、少し暴れられた後で、タップされてしまった。

 渋々手を離す。

「愛情表現が力一杯なのは良いですけど、力かける場所とか、色々アレですからね?!」

 困られてしまった。

「あと、贈っておいて、自分でつけておいてアレですけど、その位置だと抱き締められた時に困るんで、要調整ですね?」

 先程首にかけられた鎖の先にある翡翠の指輪が存在感を放っていた。

 胸と胸の谷間に有る訳だが、丁度抱き締めた時に、翡翠さんの顔が当たっていたらしい、確かにそう言う意味では、かなり邪魔だった。

 でも今更外すとか有り得ないので、指輪をくいっと首の後ろに移動させて、思わず一瞬得意気に笑みを浮かべて、改めて抱き着いた。



 少し後、翡翠視点

「ああ、もうちょい短いのにせんと邪魔じゃろ?」

 ヤタちゃんに言って見た所、首輪みたいに、かなり位置取りが上に成った。

 付け直す時に折角付けたのにと、かなりごねられたのは、惚気の一種で笑い話だろう。



 追申

 女性のアクセサリーだと一般的に鎖は細目にしますけど、ハチクマさんだと結構太目にしないと確実にうっかり引き千切ると思うんで、それなりに太目。

 女の子にネックレスとか、鎖系の装飾送る時、材質は何で、太さに長さに何つけるって延々と聞かれるので、初回だと途方にくれますね?

 慣れないサプライズなんてするもんじゃありませんね?

 尚、作者は無事、フラれております、ご安心を……


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