第43話 姉妹喧嘩を見つめるのは一人の少年

本祭が始まり、一般客の観覧が始まると前夜祭のときよりも大盛況だった。

他校の生徒会や、ボランティアの生徒の手を借りながらも運営はなんとかなっていたが、想像以上の人数だったのもあり忙しさは徐々に増すばかりだ。


怜のクラス、「白波cafe」もその人気の波に乗っており、次から次へとやってくる客たちの捌きに手を回していた。


店の中は基本的に渚、葵、怜のさん人を主にして回していき、裏方としてそのほかのクラスメイトが注文を引き受け提供する形になった。話し相手としては渚や葵が目当てで来ている人もしばしいるが、新しく入ったということで怜の人気(主に女子)もうなぎ登りだ。


渚がフォローに入ろうとすれば和泉は止めに入る。そんな状態が続いている。


「思った以上に人が多いね」


「まぁ、俺たちならなんとかなるはずだが……流石に厳しいってのもあるな」


怜と渚はこのような経験は初めてではない。過去に何度か玲奈と青葉の手伝いでこういった場面に出くわしたことはあったが、そのときに比べたら楽な方だった。


だが、それは玲奈と青葉がいて、慣れている2人だったからであって、怜のクラスに2人と同じようなことをやってきた人がいるかと言えば答えはノーだ。


つまり、誰かが焦ってミスをすればそのしわ寄せは必ず出てしまう。


「ミスを出ないようにすれば僕たちでも対応できるかな」


「さぁな」


「夜狼くーん、呼び出しー」


「取り敢えず、午前の部を乗り切れば大丈夫だね」


「その自信が羨ましいくらいだ」


苦笑しながらも怜は呼ばれた席に向かった。


その後も忙しさは増すばかりでとどまることは知らなかったが、怜と渚がそれぞれで和泉の代わりに指示を出していき、一度に入れる人数の調整しつつ、できるだけ効率的にスムーズに進めていった。


葵もその指示を受けながら接客を進めていった。


一通りの接客が終わった頃には時刻はすでに正午を過ぎていた。


「ふぅーなんとか収まったね」


「あぁぁ疲れた」


「おつかれ二人とも」


次から次へと入ってくる客を捌き終わり、怜と渚はどっかりと椅子に座り込んだ。


その他のクラスメイトもそれぞれ休憩に入って、文化祭を回りに行っていた。


「まさかここまで忙しくなるとは思わなかった。この数時間で万単位稼いでるんじゃない?」


「軽く見積もって十数万はな」


「ボクたちってこんなに人気があったんだって改めて実感したよ……」


3人で顔を見合わせてはぁっと深い溜め息を付いた。


渚と葵の人気ぶりは怜でも自覚していたが、そこに加えるかのように怜の人気がうなぎ登りになったことが拍車をかけていた。午前の部の後半は半分近くが怜目当てで来ている人が多く、チェキを撮って欲しいとせがまれることが少なからず多からずあった。


ただ、写真を撮られることだけはお断りの怜は全て断っているのだが、あまりにもしつこい人には強制退場の刑を和泉が次々に執行していった。


そのおかげで店の中は比較的平和で、穏やかな空間が維持されていた。


「おつかれさんですな、御三方」


「……誰かさんが金儲けのために使わなきゃこんなに疲れてねえよ」


「金儲けって……人聞きの悪いこと言わないでおくれよ。お陰様で売上がうなぎ登りになってるんだから」


結局金儲けかと思い、怜はのこのことやってきた和泉にジト目を向けた。


渚と葵は苦笑していたが、怜の言っていることに頷きもしたりした。


「それで、今の時点でどのくらい売り上げるの?」


「んーざっと15万くらいかな。そのうちの7割型が君たち3人だけど」


「結構儲かってるね」


「まぁ、昨日の時点で売上高全高1位だしな」


前夜祭の分も含めると、おおよそ25万近くは売り上げている。それもこれも渚と葵の人気があってこそなのと、和泉の店の回し方が人一倍に上手いからである。


状況判断能力が高い和泉と、接客率同率学園1位の渚と葵。この3人が見事に揃ったことで圧倒的な店構えが出来ている。


「もちろん夜狼くんの力も充分な程に貰ってるよ」


「だって怜」


「やめろ。横腹突っつくな」


うりうりと横腹を人差し指で突っついてくる渚の手を振り解きながら葵の方を見ると、なんだか浮かない表情をしていた。


そこで怜はある提案をすることにした。


「姫野、少し休憩のつもりで外の空気吸いに行くか」


「え、あ、うん」


「確かに、ここ数時間は動き続けてたしね。行ってきなよ」


渚たちの了承を得て、怜と葵は服装を変えずに教室を後にした。


ゆっくりと歩き続け、気づけば何事も無かったかのように屋上へと着いていた。


「たっく……昨日の今日でここにまた来るとわな」


「ね、お互いなんとなくだけどここが好きなのかもね」


誰もいない屋上のフェンスを背に寄りかかった怜は、軽く苦笑してから空を見上げた。


それからふと気になっていたことを口にした。


「なんか思い詰めてんのか?」


「……バレてたか」


「意外と顔に出やすいタイプだって自覚しておいた方がいいぞ。たぶん渚のやつも気づいてる」


「気を使わせちゃったってことでいいのかな……」


「今更気を使うも何も無いだろ。かれこれなんとなくで半年付き合ってきてんだから」


怜が葵と初めて会話をしたのは、今から約半年前の夏。


その日以来、何気なくいつもの生活の中でも話すようになってきた。今になってお互いに気を遣うっていうのもおかしな話だ。


「自分のことを話さないくせに、人のことについてとやかく聞くのはどうかと思うが、相談くらいには乗る」


「……ありがとう」


切なく、儚いような視線を地面に向ける葵。


怜はそのことに何も異を唱えるつもりはこれっぽちもなかった。


「……どうしたらいいんだろうかボクは。ずっとこのまま姉さんに反抗し続けることが正しいのかな……」


純粋なものだった。


姉との間に生まれてしまった歴然の障壁。今の葵はそれを取り除こうとしている。怜には驚きのことだった。


今まで葵と薫が出会った時はまともに話さず、薫が怜たちと同じ場所で仕事をしていると、我関せずというようなオーラを出してそっぽを向いていた葵が、今になって薫との関係に悩み始めたからである。


「……このままじゃいけないのは充分わかっているのに、どうしたらいいのか分からない……教えてください、夜狼さん、私はどうしたら……」


目を見張る。


それほどまでに思い詰めていたとは露知らずに生活していた自分が恥ずかしいとすら思えてきた。


一体いつから悩んでいたのだろうかとも考えたが、結局のところそれは葵にしか分からないことで、怜には思い当たることがない。


だから今言えるのは――


「素直になればいいじゃないか?」


それだけだった。


「お前は割と頑固だからな。身内にも素直になれてないだろ。反抗に反抗を重ねて引き時を見失った今になって自分の姉と話がしたいと望んでもどう話したらいいのかが分からなくなってる、違うか?」


葵はうつむき、小さくうなずいた。


そんな事だろうとは思っていたが、怜としては仕方がない事だなとしか思えなかった。姉妹間で互いに素直になれずにさんざん喧嘩別れをした挙句に、お互いが引き時を見誤って解決することが困難になることなどざらにある。


葵と薫はその典型的な例だ。


「お前と薫先輩の間に何があったのかは俺は知らないし、知りたいとも思わない。だからこれは姫野達二人の問題だろ? なら二人で話し合ってこいよ、俺が見ててやるから」


「夜狼さん……」


「言ったはずだぞ。俺の前でくらい素直になれって」


「……!」


葵は目を見開いた。


葵の気持ちが少し楽になったのは怜が素直でいいと言ってくれたからだ。他の人に見せたことのないありのままの自分でいていいと、他の人に見せる必要はないと言ってくれた怜は葵の光のような存在だった。


「ほら、早く連絡取れ。今なら薫先輩も手が空いてると思うぞ」


「あ、うん。ありがとうございます」


今この場に怜と葵以外がいないことを安堵しつつ、葵はスマホを取り出して薫にメールを送信した。



「あ、怜やっと見つけた! 何してんのさこんなところで」


怜を探していたのだろうか、見つけたとたんに手を振って近づいてくる渚に視線で外を見るように促した。



「あれは……姫野さんと、薫先輩?」


「あぁ、わだかまりの解消の真っ最中」


「え、あの二人仲直りするの?!」


「声が出けえよ」


廊下に響き渡るほどの大きさで叫んだ渚を小突き、再び例は葵たちの方を見た。


「ごめんごめん。でも、仲直りってどうやって……姫野さんって薫先輩には結構辛辣な口調だったよね?」


「まぁな、だからとりあえずは素直になってみろって言ってみた」


「素直にってどういう……」


「敬語だよ。もともと姫野のやつ人とはため口で話すような性格じゃないんだよ」


「え、それホントなの? 全然想像つかないんだけど」


「だろうな。あのクールキャラの姫野が実は敬語で話す清楚系キャラだとは誰も思いもしない」


怜はこれまでに何度か葵と出かけた時や、家で作業をしているときなどは敬語で話しかけられているため慣れているし、それが葵の本性なのだということも重々承知している。


そこまでを知ったうえで葵に素直になって話すように提案したのだから。


「あいつ、俺とはじめて話した日に敬語使ったんだよ。いつも同い年ぐらいの人にはため口で、目上の人に対しては敬語を使っている葵が同い年の俺に敬語を使ったんだ」


怜と葵が初めて会話をしたのは今から約半年前の雨が降っていた日。


その時、葵はなぜだか怜に敬語を使った。その時点で怜は違和感を覚えていたが、肌寒かったのもあってか特に気にしていなかった。


怜としても今思えばあの時敬語を使ったのは混乱によるものだったのではないかと考えていた。突然目の前に姿を現して、下心なしに半ば強引に傘を押し付けられたことで、冷静を保ちながらも頭の中では普段の自分と、可憐で清楚系の自分が混ざってしまっていたのかもしれない。


「兄妹だろうが親友だろうが、手っ取り早く蟠りをとく方法がある」


怜は廊下の天井を見上げる。


「思いの丈をありったけ相手にぶつけること」


自分の本音を相手に向かって一心にぶつければ、最悪なことが怒らない限りは、もの思いのすれ違いなど修正できる。


人の本音というのは、どこかで相手を動かす最善の解決方法でもある。


葵がずっと薫と不仲だとなっていたのは、いつまで経っても素直になれず、自分の先を行く姉にいつの間にか本音すらぶつけられなくなっていたからだ。言いたいことをはっきり言えたのなら、ここまで引っ張る必要すらなかったのかもしれない。


だからこそ、怜は葵にそのままの意味で伝えた。


素直になればいいなどという安直な考えだが、方法が分からなくなっている葵には1番効果的な方法だった。


だから――


「あの二人なら何とかなるんだよ。お互いを思いあって来たからこそ、姉の薫先輩には姫野の本音が深く刺さるんだよ」


「なるほどね。姉妹の心理を突いたってわけか」


「あぁ」


怜と渚は2人がお互いのことを思いあっていたことが分かり、仲直りのハグをしている2人にはにかんで笑い、その場を後にした。

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