第42話 何もしてなくても人って気絶するんだな

本祭初日。


怜はと言うと――


「頼むよ〜! 君の力が必要なんだよ〜!」


クラスの女子から泣きつかれていた。


何やら前夜祭よりも1組の喫茶店の人気が出る可能性があるようで、渚や葵がいただけでは足りなくなるのだとか。

前夜祭は様子見といった形で、渚と葵目当てに来店する人が多かったのだが、本祭になるとまた話は別になり、葵と渚だけでは物足りなさを感じるようになったのだ。


「せっかく衣装の準備を手伝ってくれたって聞いたし、それに君は渚くんにも劣らないほどの顔の持ち主なんだし」


「それとこれとは話が別だろ」


「いやいや同じでしょうよ。それに渚くんから聞いたけど、理事長先生から運営の仕事をしなくていいって言われて現在進行形で暇なんでしょ?」


「あいつ……また厄介なことを」


脳内でくすくすと笑っている渚に軽く右ストレートを噛ましながらも、どうしたものかと頭を悩ませた。


青葉からは運営の仕事には手を出さなくていいと言われているものの、クラスの出し物に手を貸してはいけないとは言われていないわけで、つまりはこの頼みは断る理由はない。


前夜祭はまだそのことについて考えていたわけではないため、今になって考えれば手を貸してみてもいいのでは、と思ってしまう自分がいた。


「だからお願い! 今日だけでもいいから力を貸して! 接客するだけでもいいので!」


喫茶店最高責任者とその仲間たちが手を合わせて横一列になり頭を下げてきたことで、怜は普通に困惑した。


これまでにクラスの手芸部員に協力を要請され、連行されることは過去に2度あったが、今回のように頭を下げられたのは初めて。

それに、その時は毎回葵がいたのと、その葵からもお願いされたというのもあり、断れなかったのも原因の一つだが、今回に限っては葵はいない。というか等の本人は現在玲奈のもとにいる。


だから今判断は怜本人に委ねられているというわけだ。


「……まあ、接客だけならやってもいいが、写真を撮られるのはお断りだからな」


「もちろん。そのあたりは任せてよ。昨日の教訓を得て、チェキの値段を引き上げるプラス、ちゃんと飲食をした人にのみチケット制にすることにしたの」


きりッとした顔をして自信満々に話す責任者の和泉春奈いずみはるなに呆れのジト目を向けつつ、スマホを取り出し、念のため玲奈に連絡を入れることにした。


『怜:クラスの手伝いすることになったから今日そっちいけない』


それだけ送り、スマホをしまった。


「生徒会長に連絡したから一応は問題ない」


「ほんと?! じゃあ今日一日よろしくね」


怜が協力してくれるとわかるや否やウキウキで教室に入っていった和泉に最後までジト目を向けて、見えなくなったところでため息を吐いた。


とそこに――


『玲奈:なぬっ?!』

『玲奈:それは実際に見に行かなければ!?』


と送られてきたため――


『怜:絶対来んなよ』


とだけ送っておいた。


本祭は午前の部と午後の部の二つに分けて行われる。


渚も葵もその両方とも手伝いに入るようで、怜もどうするかと考えたが、普通に考えてみれば片方しか出ないという選択肢はない。つまりは怜も両方出ることが正しいというわけだ。


怜が教室に衣装を着て戻ると、クラスからは唖然の声が上がった。


それもそのはず、怜がいつもの怜じゃないのだから。


「あっと……まだ開店時間じゃないんですけど……」


「それに、その服ってうちのクラスのじゃ……」


「ん? あぁ、俺だよ。夜狼怜」


「え、いやいや、それはないって」


「ねぇ? だって夜狼くんってクラスで一番一番前髪長いし……?」


「更に下ろす以外の選択しないって言うし……?」


名前を名乗ったところでは信じてもらえないのは自覚していたが、まさかここまでとは思っていなかった。


髪を下ろせばわかるのか、とも考えたがおろした後がめんどくさい。ワックスを塗って固めてあるため、おろしたらおろしたでもう一度上げ直すのに時間がかかる。

そのため、できればおろしたくないのだが――


「お、怜じゃん。わざわざ髪セットしたんだ」


「「「「「え?」」」」」


おそらくクラス全員が同じことを思った、というか困惑の声を上げた。


「流石に髪セットしなきゃただの陰キャで店の雰囲気に合わないもんね」


「まぁ、無理やりやられただけだけどな」


「あぁ、和泉さんに怜が髪上げたときの写真流失しちゃったんだね……」


「おかげでやりたくもない喫茶店の執事を押し付けられたけどな」


「ちょちょ、ちょっと待って!? ほんとにあの夜狼くんなの?!」


「ほんとも何も、こんなに寝不足な顔をしているのは怜しかいないよ」


「おい、遠回しにディスるな」


「だって事実だし?」


渚が普通に話している様子を見て、クラス内にいたクラスメイトたちは困惑しながらも突如現れたイケメンが怜なのだと自覚した。


普段の怜は髪をおろしてザ・陰キャ、といった感じなのだが出かけるときや、一時の気の迷いで髪型が変わる。その時だけは怜の整ったイケメンフェイスがあらわになってしまう。


ただ、そうすると出かけたときは逆ナンに会うことが度々あるため、普段出かけるときには相当な苦労をかけて髪型を整えている。それでもナンパにあってしまうのだからもう成すすべがなくて、最近では諦め始めている。


「まぁ、落ち着かないと思うが今日は俺も入るから」


「あ、あぁぁ、うん、よろしく……」


早速落ち着けなくなっているクラスメイトに軽く苦笑した。


「てか、怜って笑えるの? うちの喫茶店チェキあるけど」


「それは和泉に断っておいた。流石に笑うのは無理だからな」


「それって喫茶店の店員としては致命的では?」


「うるせえ。もともと人前だと感情表現薄いんだよ」


「じゃあ試しに微笑んでみてよ」


「は?」


「いいじゃん。玲奈さんから怜の執事姿撮っておいてって言われてるんだよ」


まためんどくさいことを渚に頼んだなあのバカは、と思ったが渚相手なら良いかと思い、一度目をつぶってから――


――フッ


その瞬間クラスの女子含め、廊下を通った女子生徒の一部が膝から崩れ落ち、男子からは謎の殺意を向けられた怜であった。

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