第40話 青春の4ページ目

前夜祭が始まってからまもなく、各会場の湧きは最高潮に達していた。


クラスの売店や出し物の教室は長蛇の列で賑を見せ、学園の生徒だけでなく、来校客の人たちまでも楽しんでいた。


怜も軽めに校舎内を歩きながらそれぞれのクラスの雰囲気を見ていった。これも一応仕事のうちなのだが、実際に青葉から言われたのは``仕事をせずに文化祭を見届けてほしい``というものだった。つまり、簡単に言えば楽しめということだ。


(やっぱあの人の考えていることはわからんな)


もとより文化祭に興味がなかった怜に、文化祭を楽しめという青葉の真意は怜にもさっぱりわからなかった。

それ以前に怜は早く帰って寝たいという思いのほうが強い。


「にしてもすごい賑わいだな……」


想像以上の賑わいを見せていた。喫茶店は愚か、お祭りで必ず人気があるテキヤをモチーフにしたクラスなどにも列ができていた。


前夜祭は昼からの開催で夜まで行われるため、お化け屋敷などの暗い感じを引き出させるなら夜の時間帯は最高だろう。平等を期すなら条件的には問題ない。

とはいえ、夜は流石に来てくれた来校客のほとんどは家の用事などで変える人が多くなってしまうのもあり、前夜祭の後半は大抵学園の生徒だけでの文化祭になる。


見て回っているだけでも十分楽しめるくらいの出来であり、怜もそこそこ楽しめてはいた。


と、そこに――


『(玲奈):楽しんでる?』


送ってきたのは玲奈だった。仕事の合間を見て怜にメールを送ってきたのだろう。

生徒会長とはいえど毎時間忙しいというわけでもない。ある程度落ち着きを見せたら時間に隙間くらいはできる。


『(怜):そこそこに』

『(玲奈):そっか』

『(玲奈):なら良かった』

『(怜):で、そっちは今暇なのか?』

『(玲奈):んー後もうちょいしたらまた戻らなきゃ』

『(怜):無理すんなよ?』

『(玲奈):うん』

『(玲奈):分かってる。ありがとう』


そのメッセージだけ確認して怜はケータイをポケットにしまった。

無理のないように頑張って欲しい、それが弟としての願いだ。何かと無理をしがちな玲奈だからこそ今回のような事態にはなおさら注意を向けている。


もしかしたら青葉が怜に仕事を与えなかったのは、万が一玲奈がダウンした時にすぐに動けるようにするため――


そんな勝手な憶測はやめ、胸の中にしまっておくこおとにして、怜は自分のクラスに向かうことにした。元々渚と行くはずだったのが思った以上に人気が出てしまい、急遽渚の手を借りたいという申し出があったのだ。


つまり、今教室に行けば渚は働いているはずだ。


「あ、夜狼くん遊びに来たんだ」


「まぁ、自分のクラスだし」


「それもそうだね」


怜が自身のクラスがやっている喫茶店、『白波cafe』にやってくると整列係のクラスメイトが笑顔で迎えてくれた。


一応怜には生徒会の仕事で手が話せなくなり、なかなかクラスの出し物の手伝いはできないという形になっているが、渚や葵は働いているため怜からすると少々複雑なものだった。渚や葵のほうが忙しいのに自分は楽にしていて良いのか、とも思ったがその点については渚が「問題ない」と言ったため仕方なくその形で通してある。


ちなみに喫茶店の名前を考えたのはクラスの女子であり、渚が最高責任者にして名前を使おうと推したところ男子と一悶着あったが、女子の圧勝に終わり結果的に決まったのがこの店名というわけだ。そしてこれによりクラスの中で女子と男子の立ち位置が決定的になった。


「いらっしゃい、怜」


「悲劇的に似合ってるな……」


「それ、褒めてる? 褒めてないような気がするんけど」


「いや、お前の容姿からすると似合ってるって言わなくても良いような気がする」


「あーたしかに怜なら想像つきそうだもんね。あいにくチェキを撮りたいって女子が押し寄せてて大変だよ。あと男子からの嫉妬の視線で死にそう」


「それは良かった」


「おいこら、どういう意味だ」


「さぁな」


イケメンフェイスである渚が執事服を着ると無駄にかっこよくて、下手したら気絶する人が出てきやしないか心配にもなるが、あいにくそうなる前にその他の店員が外に出して空気を吸わせているようで、上手く店内を回していた。


渚のかっこよさに苦笑しつつメニュー表を見る。


「やっぱり安いな」


「でしょ? 僕もそう思うんだけどあいにく稼いでるのは僕とのチェキなんだよね」


渚に指さされた場所に目を落とすとそこには――


チェキ 550円


と書いてあった。

一度書いてあったものを消したかのように上から書かれていたため、あまりにも渚の人気が出すぎて急遽値段変更を行ったようだった。


「どう? 僕とチェキ撮る?」


「やめとく。別にここじゃなくても撮れるしな」


「怜ってさらっと嬉しいこと言うよね」


「そうか?」


「まぁ、それが怜の良いところなんだけど――で、注文は?」


「コーヒーで」


「あいよ」


怜の注文を受けて渚は厨房のような場所に向かう。


案外しっかりとした喫茶店になっている。



その後、怜は中庭に出ている屋台で玲奈の差し入れを買おうと外に出た。


「あれ、夜狼くんじゃん」


噴水前のベンチで葵が座っており、先に気づいた葵が怜に声をかけてきた。


「友達でも待ってんのか?」


「うん。ちょっと食べ物買ってくるって」


「そうか」


しばし沈黙。


こういう状況で何を話したらいいのか怜には経験不足だった。2人だけになることはこれまでにちょくちょくあったが、そのときは毎回話題があって、それを話しているだけだった。


故に合法的以外で2人だけの空間になると怜はコミュ障を発動してしまう。

渚でもいれば脱却できるのだが、あいにく渚は忙しい。


ところが――


「ねぇ、文化祭楽しめてる?」


「お前もか」


「え、な、何どういうこと??」


「いや、なんでもない。ただ、そこそこには楽しめてる」


「そっか。なら良かった」


「なんでお前がほっとしてるんだよ」


「いやだって、玲奈さんが――」


葵が玲奈の名前を口にした瞬間、怜が葵の頭を撃ち抜いた。


「いて、急に何さ」


「次言ったら許さん」


「なんでよ」


「お前には関係ないことだからだ」


怜は自分で自覚していない。葵と話しているときは周りの音が聞こえなくなることを。話すことに夢中になることで周りから入る音がほぼ完全に遮断されている。


――故に気づかなかった


「怜じゃん、何やってんだよここで」


「……!」


人生で二度と聞きたくもなかった声。そいつが今自分の後ろにいる。


荒井誠也――怜が中学時代の最悪の思い出を作り出した張本人だ。


「おいおい、久しぶりにあったのに虫はひどいぜ?」


「……黙れよゴミクズが」


「あ?」


誰にも聞こえないように言った。だが、葵には聞こえているはずだ。


なぜなら葵が驚きと強張った表情で怜のことを見上げているからだ。

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