第39話 文化祭当日

「あの人もちょっと抜けてるところあるんだよな……」


文化祭当日まで残すところ3週間を切って怜は自分の作った企画書を見て呆れていた。青葉の指示で作り直したもののどうも出来上がったのが無理難題だった。


「仕方がないか、こうしない限りは生徒会だけで運営していくのは無理だしな……」


流石の怜でも頭を抱えた。玲奈たちですら頭を抱えたのだが、怜も同じようにそうなるしかなかった。


「ま、何とかなるでしょ」


諦めることにした。


どうもできないことに悩んでいても仕方がない。これに限っては怜の手には負えない。故に当日まで遅らせることにした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


それから3週間後の文化祭当日。


「じゃあ、今日から3日間よろしくお願いします」


待ちに待った文化祭にて先に集まった生徒会メンバー(プラス1名)は最終打ち合わせを行っていた。


青薔薇学園文化祭、略して「青薔薇祭」。毎年行われている青薔薇学園伝統行事。3日間で行われ、前夜祭、本祭、後夜祭の3つに分けて開催される。


「なんか早かったようで遅かったような準備期間だった」


「そうだね~長かったね~」


この2週間、玲奈はいつも以上に忙しく動いていた。各クラスの代表との打合せを行い、さらには二日に一回くらいのペースで職員会議に出席して完全に溶けていた。


「ほら、玲奈溶けんな。お前が仕切んなくてどうすんだよ」


机に張り付くように溶けている玲奈の襟元を引っ張り元に戻す。なぜ当日の運営に関わらないことを青葉から告げられているのだが、家でのんびりしているところを玲奈に連れ出され、今に至るというわけである。


「うぅ……怜くんあとお願い……」


初めだけはよかったのだが、薫が長かったといった途端にこれまでの疲れが出たのか溶けたため、傍にいる怜に全部投げた。


「はぁ……わかったよ」


「あ、いいんだ」


怜はため息を吐き玲奈にジト目を向けつつ、机の上に広げられている今日一日の予定表を確認し、改めて玲奈の代わりに今日一日の確認をした。


玲奈が溶ける横で各々の仕事内容の確認をして気になる点はそれぞれで確認をして最終打ち合わせは終了した。


「じゃあ、それぞれ今日一日お願いします。なにか不明な点がこの後にあったらここで溶けてる玲奈にイヤホンで伝えてもらうように」


「「「「了解」」」」


「じゃあ、まあ、改めて今日一日よろしくお願いします」


そして各々の仕事に就き、生徒会室には玲奈と葵、渚そして怜の4人が残った。だが、玲奈は疲れが限界を迎えたのか打合せが終わったころには寝てしまっていた。


渚はただ文化祭の申請書の整理しか仕事がなかったのもあり、怜と文化祭を回るために生徒会室に残った。葵も同じクラスの人と回る約束があるが、あいにく文化祭開始までには時間があるため一緒に残ったというわけだ。


「玲奈さん忙しそうにしてたからね」


「この人もすごいよね。あれだけの資料を一人で整理し終えるんだから、いかに生徒会の人で不足を実感せざる負えないね」


一人で片付けるには尋常じゃない量があった。それすらも一人で終わらせたことは怜ですらも意外だった。だが、その反動もあったようで疲労は正直に体に現れることになった。


「まぁ、始まるまで時間はあるから寝かせとけばいいだろ」


「そうだね。ちゃんと寝て体力回復してもらおうか」


怜はソファーにかけていた毛布を玲奈にかけて軽く玲奈の前髪をかき分けた。


「で、渚は今日は特に何もないんだろ?」


「うん。あ、でも本祭からはもっと忙しくなるみたい。さすがに人手が足りないからね」


「まあ、そうだろうな。姫野は?」


「ボクは見回りとクラスの手伝いかな。やっぱりボクがいないとダメみたいで……」


「仕方ないな」


怜のクラスは出し物として喫茶店を行う事になっている。

もとより喫茶店には美男美女がつきもので、渚と葵はその役割を担っている。つまり、本祭は2人の協力が欠かせないとういわけで、2人は本祭から仕事が山積みというわけだ。


一方怜は特にそういった仕事がなく、この3日間は存分に暇を潰すことになる。


「まあ、各々文化祭楽しむとして、今回は生徒会主催の文化祭だからこれまで以上に忙しくなるだろうな」


「大丈夫かな、玲奈さん……」


机で気持ちよさそうに寝ている玲奈に視線を落とす。


この文化祭で一番の負担がかかるのは玲奈であり、すべての運営の司令官を担うのは玲奈でもある。つまり、玲奈が倒れでもしたらすべてが台無しになってしまう。


ただ、そうならないようにするために怜がいると言っても過言ではない。


「理事長からは玲奈が倒れたら俺が代わりに入るように言われてるし、こいつの場合俺と同じで数時間寝ればある程度は回復してるから様子見をしながら進めていけばいいだろ。放送関係に関しては、俺と姫野が作った企画書の中に放送内容の資料があるから、それの通りに放送をしてもらえればいい」


「抜かりないね」


「まあ、適当にやると後々玲奈に怒られるからな。やるならしっかりとやらないと」


玲奈は何事にも本気でやる怜が好きだった。怜がだらしなく、適当にやると頬を餅が膨らんだかのように膨らませて拗ねてしまう。それを見ると怜がいたたまれなくなるため、これまでも玲奈との共同作業は全身全霊で挑んできた。


「まぁ、頑張って〜ってもうこんな時間か」


「ほんとだ。そろそろみんな登校してくる時間帯だね」


「じゃあ、僕たちはそろそろ行きますか」


時計を見ると時刻はすでに一般生徒たちの登校時間になっていた。


これから各クラスで連絡事項を担任の先生から聞いた後に、生徒会からの放送で一日の日程が軽く説明される。そして、その後は各クラスの準備を行い、いよいよ青薔薇祭の開催である。


「渚、姫野」


「ん?」


「頑張れよ」


「「……」」


ささやかな応援。ただ、それは怜が初めて人に送った言葉だった。


目を見開いてお互いを見合った渚と葵は、思わず吹き出してしまった。


「プッ、あははっそうだね。頑張るよ」


「うん。頑張ろう」


そして、3人で拳を合わせて文化祭の成功を祈った。


―――――――――


その後、各連絡事項を放送部の人に急遽知らせてくれるように怜が頼み、それぞれの文化祭の最終準備を進める中、怜は理事長室に呼ばれていた。


「改めて文化祭成功しそう?」


「さぁね。わかりませんよそんなこと俺に聞かれたって」


「この準備期間を見てきた身としてはどうなのか聞かせてくれるかい?」


「うまくいきますよきっと。まぁ、何も起こらないとも言い切れないので絶対とは言いません」


「きっとって言うのは確実なものという意味だけど?」


「俺の場合は期待ですよ。この数カ月間、それぞれのクラスがそれぞれのクラスで協力して準備してきたんですから、そこに期待せずにはいられないですよね?」


怜は確実という言葉を使ったことがなかった。なぜなら全て確実にいったことですら何処かで失敗をしていることがほとんどだったからだ。自分の結果が全て確実ならそれで良いのだろう。だが、その裏でまた別の結果になっている人がいるということを怜は薄々気づいていた。


だから確実という言葉を使ったことがなかった。


「変わったね君も。人に期待することなんてなかっただろう? ましてや自分のクラスだけでなく、学園中に期待するなんて」


「変わったというか、変えられたというか……まぁ、何気に期待することが楽しくなったんですよ」


「これまた珍しい」


かつての怜なら人に期待することはなかった。それもこれも怜が嫌われていたから。期待しても裏切られるなら期待しないほうがマシという考えになったが故に、こうして誰かに向けて期待を抱いているのは物珍しいくらいだ。


「じゃあ、私も期待しようかね。不可能な天才と言われた君が期待するこの学園の文化祭を」


「これまでも期待していたくせに」


「それはまぁ……」


青葉にジト目を向けて呆れているとアナウンスが流れた。


時間を確認するとそろそろ文化祭の開催時間だった。


青薔薇学園の文化祭は毎年生徒会長と文化祭実行委員の委員長の挨拶にて始まるのだが、今年に至ってはそのどちらとも玲奈が担っているため、挨拶は玲奈一人で行われる。


というかよく起きられたな、と思ってしまうのは仕方がないことなのだろう。


『これより青薔薇学園文化祭、青薔薇祭を開催します!』


玲奈の元気な開催宣言と同時に外からも大きな歓声が上がった。


年に一度のお祭の始まりだ。


「楽しみにしているよ」


「是非」


それだけ言い残して怜は理事長室を後にした。


そして、背伸びをして窓の外を見た。天気は快晴で、最高の文化祭日和だ。


「始まったか……」

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