第11話 幽霊の正体見たり枯れ尾花
私と影は完全に憑依一体となった。ここからお楽しみ先は幽霊が私の肉体を帰してこの世に戻る。そして私の意識も同時に存在はする。
目を開いた私に、椅子にもたれるように座っていた龍瀬はすぐに気づいた。すぐに姿勢を変えて前のめりになり、私を観察する。
「ここは…?」
私の肉体から幽霊が意思をもって言葉を発し、キョロキョロと周りを見る。どうやら龍瀬の顔を見ても誰だか分からないようだ。
龍瀬はその様子を見て、カラフルな半ズボンのポケットから名刺のようなものを取り出す。そこ書かれていたのは、私の予想だにしていなことだった。
「こんにちは。私は警視庁公安特捜部の龍瀬というものです。あなたは、僕の推測が正しければおとといテロリストによって殺された、政治秘書、小野寺宮子さんで間違いないでしょうか?」
ちょっと、なにそれ。私は小野寺と言われた影の中で両手を握りしめた。龍瀬という男の子は、警視庁公安? じゃあおとんの話も、学生だっていうのも嘘だったってこと?
「…はい」
現実世界で私に憑依した小野寺が静かに頷く。
「単刀直入に殺された時の相手の顔や、組織名などは覚えていますか?」
龍瀬が質問を続ける。
「いえ…不意を突かれた感じで、後ろから矢のようなもので打たれので何も」
「では、あなたは、中府智也に関して、どこまで知っていますか?」
えっ………。
中府智也。それは12年前、火事で死んだ私のお父さんの名前だった。
ちょっと本当にどうなってるのよ。この私の瞳に映る龍瀬とかいう男の子。一体何者なの。
私は小野寺に明け渡した肉体の内側で、精神的に動揺してしまった。だからだろうか。視界がぼやけ始め、背中からまるで何かに吸い込まれるようにして、現実世界から遠ざかっていく。
精神世界ではありえないはずの風が舞い上がり、私の長い髪がふわっと浮かび上がる。やがて、私は影と出会う場所である、三途の川にまで戻されてしまった。
『夏子…夏子。こっちだ夏子』
はっとして川の向こう側を見る。普段はそこに黒い影が人の形となって現れる。だが、そこにいたのは見間違いない。私が、5歳の頃の記憶のままのお父さんの姿だった。
「お父さん? どうしてここに?」
そう言った瞬間、私はなぜか自分がこの空間で言葉を発することができてあることに気づいた。だが、それよりも今は、お父さんだ。
『夏子、勝谷町のみんなが危ない』
『勝谷町が?』
私は思わず、お父さんの言葉を繰り返してしまった。そのせいなのか、お父さんは、私に背を向けると、川の遥か向こう側へと歩みを進み始める。
「待って」
私はお父さんに聞きたいことがまだ山ほどある。12年前の火事はほんとうに事故だったのか。世界で私だけが発症している死者を憑依する力の正体はなんなのか。『電夢』はお父さんが今の私の状況を予測して開発したのか。私はもっとお父さんと話したい。その一心で、追いかけた。いつもは危険だと判断して渡らない、向こう側の河岸にもお父さんと一緒なら大丈夫だという根拠のない自信もあった。
お父さんの影は、私が川から河岸に上がろうとしているのに気づいた。再び後ろを振り返るのと、走ってこちらにやってくる。
『夏子ダメだ。こっちは死の世界。元いた世界に戻るんだ』
死の世界。元いた世界。そうだ。私は。
そこまで考えた時、川全体に電流が走った。私は急いで川の中に戻り、自分からその電流を浴びる。
『よく分かってらじゃないか夏子。そうだ。電夢の電流がなければ、この空間から出れない。もう30秒近い。痛いのは我慢して電流を浴び続けるんだ』
「お父さん。もう一度会える?」
『今回はあの子がトリガーになったようだ。着いて行くんだ。あの子に…』
徐々に小さくなる私はお父さんの言葉の最後のほうを聞き取ることが出来なかった。それでも聞こえたあの子という単語。あの子とは十中八九、警視庁公安から来たという龍瀬のことだろう。
私は電流を浴びすぎて薄れる意識の中、そう思った。
「ぶわぁ……! はぁはぁ」
意識が現実世界に戻った瞬間、飛び起きた。
「夏子、無事か」
真さんが『電夢』のヘッドフォンを外し、私の背中を優しくさすった。私はげほげほと咳を数回して、身体が私の元に戻ったのだ自覚した。
「龍瀬さん」
目線の先で、スマホを見ながら何かじっとしている龍瀬に話しかけた。
「なんだよ。中府夏子さん。驚いた顔をするのはこっちだ。まさかほんとうに死者の声を肉体に憑依することができるとはな」
「そんなことよりも、まず私たちのことを騙していたでしょ。まさか公安の人間だったなんて思いもやらなかったわ」
「騙して近づいたのは悪かった。でもこれはとある捜査の一環なんだ。俺がここに来たのは、とあるテロリストの犯行を暴くためだ。その重要参考人が、あんたら中府夏子とその父親である中府智也だ。あんたの、その特殊な力が本物であるという実証は取らせてもらったぜ」
「何よそれ。私はテロリストと関係なんて一切ないわよ。お父さんとテロリストの関係なんて知らないし、私自身もお父さんが何をやっていたのかには興味があるの」
「…ほう、なら俺とともに東京に行く気は無いか? 俺は中府智也の死の真相と小野寺宮子が殺されたのは同じテロリストだと踏んでいる。あんたは公安の中で重要参考人として名が上がっていたし、俺とともに行動した方がいいだろう」
私は一瞬で脳細胞フル回転させて考えた。東京で事件がおこり、この龍瀬という人物は、公安として関連があると踏んでいる私のお父さんについて調べようとしているのだろう。またとないチャンスだ。私もあの火災の日、何があったのか、真さんですらも知らない真実を知る機会が訪れたかもしれない。
「龍瀬さん。私、東京行きます」
決心がついた私は、勢いよくそう言った。
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