第9話 寝起き

 次の日、ベッドで寝ていた私は、蝉の大合唱で目を覚ました。薄暗い部屋の中で目を擦り、上半身だけ起き上がる。ベッドの上に置いてある目覚まし時計を見ると午前8時30分をさしている。

 私は隙間から漏れ出る光りに誘われてカーテンを開けた。

 朝日が私の顔を照らして眩しい。雲一つない青空。昨日の天気は嘘だったかのように晴れていた。屋根の上から排水溝の外側を伝って、ポタポタと水滴が落ちてくる。

 その水滴一つ一つに朝日が反射して、レインボーに光り輝く。神秘的な朝開けだった。

「うーん」

 私はベッドから出て、大きく伸びをする。

 今日から本格的な夏休み初日だ。と言っても今日はやることがあまりない。

 とりあえず、部屋の冷房の温度を上げた。近年の日本では節電がテレビやネットで呼びかけられていた。気候変動対策と、テロリストがエネルギー資源を盗むため発電所を襲撃していることが主な原因になっている。

 私はまじめに節電しているが、中にはまとわりつく暑さにずっと冷房をつけっぱなしの家もあるそうだ。気持ちはすごく分かるが、私の良心が自分の部屋を出る時は冷房を消すようにうながす。

 部屋から出て朝ごはんを食べに行こうと部屋を片足だけ出た私は、設定してあった目覚まし時計を切り忘れていたことに気づき、また部屋に戻った。あと2分でピーピーピーピーと小うるさい音がこだまするところだった。

 本当はもっと可愛いく、優しい声で起こしてくれたらいいのにと思っている。朝が来ましたよ。本日は休日なのでまだ寝ていてもいいですよ。みたいな、選択肢もつけてくれたら最高だ。例えばそう、アンチテロリストアイドル『ポップピース』のリンカちゃんみたいな甘い声でだ。

 美穂が好きなこのアイドルはテロリストの活動が活発になるのと反比例して人気になってきている。アイドルをあまり見ない私でも、人気の曲はテレビやネットを通じて耳にするし、なんなら全員の名前は分からなくても、人気センターのリンカちゃんみたいなのはいやでも目につく。それはアニメ声優に映画女優にと、あらゆるところで活躍の幅を広げているからだろう。

 私の『死の声』ビジネスは、と思う。リンカちゃんみたいに広くビジネス展開できるだろうか。幽霊を憑依できるのは私しかいないから、一号店、二号店と出すわけにもいかない。

 そこまで考えたところで、将来について考えるのが嫌になってきた。決して成績優秀者ではない私が、混沌とした社会で生き残るには『死の声』ビジネスしかないのだ。

 両親がくれた力が何を意味し、どう使えば良いのか。まだ答えは出ていない。答えをくれそうな人もいない。真さんは、自分の兄さんに憧れて幽霊に関わる道を決めたと言っていたが、その真意は語ってくれない。

 というより、真さんとお父さんは兄と弟という関係だが、10個離れていたこともあり、お父さんの幽霊研究を詳しく知っている訳ではないのだ。

 階段を降りて、一階のキッチンに移動した。下の収納のところに入ってある食パンを袋ごと取り出す。そこから一枚だけパンをトーストに入れる。

「おはよう。毎日、毎日一枚でよく飽きないね」

 真さんもすでに起きていた。いつも朝は私より早い。

「そういえば、昨日の晩御飯の後、パソコンに一通のメールが来ていてね。どうやら午後から一人『死の声』を聞きたい人物が来るよ」

 そう言いながら、真さんは自分の仕事場である書斎に行こうとする。

「待って、それって勝谷町から?」

 不安に襲われた私は質問した。

 真さんは立ち止まる。

「いや、外部からだった。確か東京に住む高校生だって。去年お父さんを亡くしていて、どうしても声が聞きたくて勝谷町に行く機会を伺ってたらしい。夏子の噂はネットで知ったとメールに書いてあった。夏子も僕のメール自由に読んでいいよ」

「東京か。まぁそうだよね」

「東京がどうかした?」

「最近、美穂のおばあちゃんの声を聞いたじゃん。あれを美穂がお母さんにその時の状況を言ったんだって。そしたら美穂のお母さん、私のことを妙に怖がり始めたのか、勝谷町中には変な噂を流し始めたの。ほら、隣の山田さんとかにさ」

 私は昨日の山田さんの草の茂みに隠れてこちらを覗き見る動きを思い出していた。

「またそんなことがあったのか。やはり勝谷町の中の仕事には限界があるか…」

 顎に手を当てて考える真さんの様子に、私は勘づいた。そうか、真さんも優花と同じように私の活動のリスクの部分を心配してくれているのだ。

 寝起きに考えていたものを推し進めるべきだ。私はあまり勝谷町に居続けてはならない。

「真さん、私、これ以上勝谷町で『死の声』の活動でお金を稼ぐのはきついかも。活動休止してもいい?」

 その言葉に真さんは顎に手を当てたまま、こちらを見た。何か私が理解できない感情が頭の中を行ったり来たりしている。私にはそう見えた。

「うーん難しいなぁ。ネットの受付サイトに勝谷町の人はお断りですとはかけないもんなー。まぁとりあえず今日の午後の人は返す訳にはいかないからそれが終わったら考えるか」

「そうだね」

 皿の上に乗せたパンを食べ終えた私は、キッチンで向かう。そそくさと皿を洗って私は2階の自室へと戻った。

 午後までネットで動画見ながら宿題やっていこう。そうやって不安を紛らそうと決めた。

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