第8話 晩御飯

 窓の外が光る。すぐにバリバリと大きな音が耳から心臓にまで響く。外は夕立ちで、雨が激しく地面に打ちつけていた。そんな中、真さんの車の音が聞こえて来た。スーパーから帰ってくるのに約1時間。車を門の中に駐車して、ビジャビシャの傘のままを玄関で丁寧に畳んで傘立てにさす。

「お待たせ」

 そう言って家に帰ってきた。

 ようやく料理開始だ。真さんも料理できるが、今日は私がやろうと進みでた。両親が亡くなってから皿洗いなど簡単な家事は小学生低学年までに習得し、野菜を切ったり、鍋で煮たりというのも小学校高学年にはできていた。

 まな板で玉ねぎを切り、目に染みながらも、真さんがかき混ぜている鍋に入れる。

 湯気が出て、香りが部屋に充満する。

 ピーピーピー

 と、ご飯が炊けた合図がする。

 炊飯器を開けて、ご飯が炊けているのを確認。大きめのお皿に、ご飯をよそいでそこに鍋に入っていたカレールーをかける。

 蛇口を捻って水をだし、そこに冷蔵庫で冷やしていた氷をこれでもかというぐらい入れる。

「夏子。冷蔵庫から福神漬けも出しといて」

「おっ、買って来たのね」

「夏子が前に食べて美味しいって言ってたからな」

「やったー」

 私は片手を挙げて喜んだ。

「じゃあ、食べようか」

 真さんが自分の分と私の分のカレーを両方食卓の上に運んできた。

 4つの椅子があるこの食卓にいるのは私と真さんだけ。いつもの風景だが、もしここに両親が座っていたら、もっと楽しかったといつも考えてしまう。

「どうした? そんなうかない顔して。もしかして福神漬けの製造企業が違うとか?」

「ううん、まさか。そんなんで落ち込まないよ。ではお先にいただきまーす」

「あ、なんだよそれ。いただきます」

 ホクホクのカレーをパクッと口に入れる。とてもうまい。やはり自分で汗かいて作ったものは真さんだけが作った料理よりも美味しく感じるが、これは死んでも真さんに言えない。

 真さんも私のために頑張って動画を見て料理を作っていたのを知っているし、両親がいない自分の面倒を見てくれているだけでもありがたい。

 だからこそ、今のビジネスでお金を貯めて、高校を卒業したら、独立して一人で暮らす。私が前から決めていたことだ。

 まだ真さんには言ったことがなかったが、薄々気づいているはずだ。私は別に大学に進学したいとも思わないし、勝谷高校はそこまで頭の良い高校というわけではない。

 なんとなく中学卒業の時は勝谷町が両親と共に暮らした記憶として鮮明に残っていて、離れ難い気持ちになっていたのだ。

 だが、死の声ビジネスを始めて分かった、私への扱い。それは決して私が予期していたものとは違った。リアルで言われる私に対する恐れ、ネットで書かれるあることないこと。私にとってこの町は狭い。次第に私はそういう考えを持ってしまった。

 それに本気で大学を目指していたら勝谷高校になんか通っていない。私の勝谷中学でも頭のいい子たちは両親と共に都会に移り住んだり、都会にある寮に入ったらして、町の外の高校に行った人もいる。

 勝谷町唯一の小中高を通うのも進路としては決して良いルートではないのだ。

 ピカッ!

 ドゴオオオオオオン!!

 考えごとをしながら、無意識にカレーを食べていた私はビクッとしてしまった。

「この近くに雷が落ちた見たいだね」

 真さんがスプーンを置いて、席を立った。近くの窓にかかってある緑色のベースに赤い花の柄のついたカーテンを開ける。

 テロリスト対策として国に定められた超薄型の防弾ガラスから見えるのは、とにかくバケツをびっくり返したような大雨だということだけだ。

「山と家が燃えている気配はなし。発電所の避雷針に落ちたか。なら大丈夫だろう。そうだ、念のためにニュース見るか」

 そう言って真さんはリモコンのスイッチを入れた。よくわからないバラエティ番組がやっていたので、チャンネルを変えてニュースにする。

「確か天気予報ってリモコンの青いスイッチ押すと調べられたような…」

「えっ、ああ、そうだったね」

 真さんは慌てたように青いスイッチを押す。そこには今週の天気予報が表になってなっていた。

「明日の朝まで雨は上がらんな。ただし、雷警報はあと2時間で解除される」

「天気予報ってどれぐらい当てになるんだろ」

 私はとある疑問を聞いた。

「まぁ、百パーセントは当たることはないけど、それなりに当てになるでしょ」

「じゃあテロリスト予報に比べてると?」

「…人の行動は心がある。その分、科学で解析できる天気より、当たる確率は低いさ」

 真さんは私の言葉に神妙な顔つきになった。私たち高校生の間では、すでにテロリスト予報がデタラメだって噂立ってるけど、真さんたち大人はどうなのだろう。

 時に大人は子供に真実を隠す。それは私の両親が私に全ての真相を話さないまま、その真相がどこにあるのかも分からないまま、あの世の川を渡ってしまったことで説が立証できる。

『では、次のニュースです。昨夜未明、東京ロイヤルビルの地下駐車場に身元不明の人が転がっているのを清掃員が発見。警察の調べによりますと、遺体はかなり損傷しているが、政府関係者のバッジが見えるとのことです。警察は身元解明及び、テロリストの関与を探っています』

 ニュースキャスターのキリッとしたスーツ姿の女性が深刻そうな顔をしてニュースを読み上げている。真さんは途中から天気予報の情報を閉じて、そのニュースを見やっていた。

「こういうニュースがテレビで流れるのは珍しいな。テロリストがらみは確定だから、報道規制がかかってそうなもんだが」

「今日はそのニュースのほかに、どこも事件が起きてないんじゃないの。以外に日本も平和じゃん」

「まぁ流すことがなかったらそうなるか」

 私は皮肉を言ったつもりだったが、真さんには通用しなかったらしい。

 東京かぁ。私はテレビに映っているビル群を見つめた。一生縁がない場所だろうなぁ。

 ご飯を食べ終えた私は食器を洗い場に戻しながらそう思った。

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