ep8.異世界の芸術革命1

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 星の日 am09:40


――アルテスタ 自由市場


「メルた〜ん、準備できたよ〜」


 胸に銀のブローチをつけたラメンタさんがステージから上機嫌で手を振り、いつでも演奏できると合図をしている。



「了解です! じゃあ僕たちもお店開きますね!」


 アトリエの修羅場から数日間、僕はブローチ作りと並走して今日の為の準備を進めていた。

 申請して使用料さえ払えば誰でも出店できる自由市場、そこの一番広いスペースを3日間借りることにした。目的はもちろんアニマの絵の宣伝。


 ただし、ターゲットは富裕層ではなく一般層だ。



「なぁ、自由市場で絵なんて売れるのか?」


「売るんだよ。ちゃんと画材持ってきてくれた?」


「あぁ、でも本当にオレの描き方でいいのか?」


 僕が渡した小さいイーゼルを立てながらアニマが不安そうに聞いてくる。

 絵の自信を取り戻した彼も、まだ他人の評価に恐怖心があるみたいだ。

 当然だ、約2年間も『未完成品』や『駄作』とこき下ろされ続けたら怖くもなるだろう。


 でもそれは評論家の意見。

 確かに知識人ではあるのだろうけれど、その意見が大衆の意見とイコールではないはずだ。



「ウジウジしないでよ!! アニマの絵は素敵なんだ、ラメンタさんにちゃんとカッコいいとこ見せなよ!!」


「……分かった、描くのは肖像画でいいんだよな?」


「うん、客引きは僕らに任せて。ヒマな時間は他の絵を描いてても良いよ」


 勝算は大いにある、何故ならアルテスタの文化が異様に尖っているからだ。

 芸術に全ての力を注いでいるこの街は建物や景観はとても優美だけど、食文化は僕が見てきた街に比べて極端に劣っている。

 食料自給も最低ライン、飢饉なんかがきたら滅ぶんじゃないかと心配になるレベルだ。


 そんな住民たちは口にしたことのない異国の料理やお菓子に衝撃を受けるはず。

 とにかく人の目を集めさえすれば次の段階に移ることができる。



「ミーツェーできたんだよぅ」


 仮設の天幕からスフェンの声がする。

 スフェンと種族によって避けられるティスは人目がつかないバックヤードで手伝いをお願いした。

 不便をかけて申し訳なく思うけれど、今日は隠れてもらっている。

 二人に悪感情を向けられたら、たぶん客であろうと僕はキレてしまう。


 なので表で売り子をするのはもちろん……



「ミー姉ちゃーん!」「着替えたー!」

「うんうん、二人とも可愛いよ~」


 執事風に黒で統一されたオーリと可愛さ特化のメイド服のヴィー。

 この姿を見れただけで、リム=パステルの仕立て屋の大手、ヴァージャ商会に無理を言って数日でこの服を用意してもらった甲斐があったとしみじみ思う。



「「ミー姉ちゃんもかわいーよ!」」


 何故か僕の分も作られていたのは解せないけどね……

 まぁいいさ、切り替えていこう。

 さぁ、アルテスタ住民たちよ、新しい文化にド肝を抜かれるがいい。



 僕たちの準備が整ったのを見計らってラメンタさんの演奏が始まった。

 初めて出会ったときと同じ聴衆を圧倒するバイオリンソロ。

 通り過ぎようとした人たちは足を止め、更に音に釣られてわざわざ覗きにくる者も出始めた。


 よし、今が絶好のタイミングだ。



「はじめまして、聴衆の皆様! わたくしは遠く北東の地、アルコヴァンから来ましたブラン商会のメルミーツェと申します!」


 先ずは掴みだ、聴衆へ大仰な挨拶の後、カーテシーで一礼。

 バベルでも使った、交渉人ネゴシエーター詐欺師スウィンダラー語り部ストーリテラーを入れたトーク力に極振りした編成だ。

 今の僕は前世の通販の司会より滑らかに語れるだろう。



「本日取り揃えましたモノは滅多に口にできない異国の料理や菓子! 更に、失われた技術の再現によって作られました銀細工! お値段も非常にお買い得! 簡易ではございますがお席のご用意もございます。どうぞお立ち寄りください!」


 足を止めた聴衆から店を構えたスペースに人が流れてくる。

 こうなったらこちらのモノだ。


 服の仕立てでリム=パステルに戻ったときにパイロンさんに約束を取り付けて作ってもらった軽食に焼き菓子の詰め合わせ。曰く”パイ特製アソート”、略してPTA、らしい。

 ネーミングには目を瞑るとして、超一流の料理人が作った軽食は見た目も味も最高のサンドウィッチ、焼き菓子もパティシエにだって負けないクオリティだ。



「「おまたせしまたー」」


 加えて可愛い給仕がバベルで仕入れた花茶を運んできて来てくれる。

 もう負ける気がしない、ここまで人が集まったら第二段階だ。

 僕は丁度良くアクセサリー売り場にきた若い男女へ声をかける。



「銀細工のブローチ、良くお似合いでございます。もしよろしければ記念に今のお二人の肖像画などは如何でしょう?」


 アクセサリーの購入者をアニマのところへと流す。

 この方法を考えついたのは彼の”異常な能力”を知ったからだ。

 アニマに僕の国ではどんな絵があるのかと聞かれた際に写真を見せた。

 写真の技術を知らない彼は驚きと同時に写真のマネを始めたんだ。


 それは極細の筆と筆触分割ひっしょくぶんかつを用いた写真の模写だった。

 1ピクセルが視えているような色の再現性もさることながら、驚くべきは筆の速さ。

 適当にやってるとしか思えないほどの速度で描かれていく様は”異常”としか言えない。



「アニマー、お客様ですよー」


 絵に興味を持ってくれた客をアニマのいる場所へと案内する。

 モデル用のイスに座る男女へおずおずと頭を下げてアニマはカンバスに向き合った。

 被写体をほとんど見ずに絵を描き進めていく、これも彼の異常な能力の一つ。

 頭の中に構図から色調まで、ほぼ完全にイメージが出来上がってるらしい。

 これがラメンタさんが言っていた下書きいらずの理由だ。



 ラメンタさんも大概だけど、アニマはバケモノ級の天才だよ。

 誰だよ、こんな才能の塊をこき下ろした奴。



「できた……」


 サイズが小さいこともあって絵は1時間もしないうちに完成した。

 アニマは出来上がった絵を恐る恐るモデルの男女へと見せる。



「う~ん……これは…………」


 客の反応はかんばしくない。

 街に飾られている絵画はアニマを否定した評論家たちが良しとしたモノばかり。

 住人もそういった絵に慣れ親しんでいる。

 でもそれも想定内、僕はアニマと客の間に割って入った。



「お客様、こちらの絵、少し雑に見えてらっしゃいますか?」


「そうだね、ちょっとラクガキっぽいと言うか……」


 アニマの表情が曇る。

 僕たちは事前にこんな反応が返ってくるだろうと話し合ってはいた。

 それでもきっと今は辛いだろう。

 心配いらない、僕に任せて欲しい、そんな気持ちを込めて彼から絵を受け取る。



「分かります分かります。ですがこの絵には仕掛けがございまして……少々失礼いたします」


 アニマの絵を客に向けたまま一歩また一歩と後退る。

 すると彼らもこの絵の本質に気づいたようだ。



「どうでしょう? 色鮮やかで、それでいて写実的に見えてきましたでしょうか?」


「あぁ……驚いたよ。この絵は少し離れて観るモノだったんだね」


「仰る通りでございます。これは新しい画法になりまして、詳しい説明はこちらのアニマートからさせて頂きます。絵は絵具が乾き次第、お届けいたしますね」


 イーゼルに絵を戻すとアニマはイスから立ち上がり客へ説明を始めた。

 その顔は先ほどと打って変わって今日の空のように晴れやか。

 遠目で見えていたであろうラメンタさんの演奏のテンポも上がっていく。


 大成功だ!!

 そう思っていたが、立ち見をしていた男が僕たちの最高の気分にケチをつけてきた。



「はんっ! 新しい画法だぁ? 未完成品の言い訳をしてるだけだろう?」



 なんだコイツ……ぶちのめしていいかなalmA。

 僕は浮かぶ多面体と共に無粋な男へと向き合った。


【自由市場のメルミーツェ イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093074790463747

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