ep7.5.角度で見え方が変わるのは絵だけじゃない

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 黄昏の日 am11:30


――アルテスタ 芸術学校アカデミー アトリエ寮内


 アトリエでの修羅場の翌日、僕は一人でまた彼のアトリエに来ていた。

 これで3日連続、流石に守衛さんにも顔を覚えられ、常連気分だ。



「来てもらって悪いな」


「それは構わないんですけど、なんで僕一人だけ呼んだんですか?」


 と、聞いてみたものの、大方予想はついている。

 昨日、僕は帰り際にこっそりと呼び留められて今日ここに来た。

 そして僕は小さいながら商会をやっている。

 つまり、ラメンタさんにお詫びの品を探しているのだろう。

 その心がけは良し、メルミーツェポイント100Pを進呈だ。



「実は頼みがあって……」


「はい、何となく分かっています。いいですよ」


「そうか! 助かる、じゃあ付き合ってくれ!」


「は?」


 いやいやいや、何言ってんのコイツ?

 ラメンタさんと二股かけようとしてんの?

 ポイント没収どころか鉄拳プレゼントするぞ?



「いや……僕そもそも子持ちですし」


「あぁ! 子供も連れてきてくれて構わない!」


「は?」


 マジかよ……そんな押しが強いことってある?

 でもメルミーツェこのからだで良いってゾーンが下に広すぎだろ。


「童女趣味は良くないと思います。それ以前に一途にラメンタさんを見てないと逃げれられちゃいますよ? と言うか今日のことはラメンタさんに言っちゃいますからね」


「いや、それは勘弁してくれ!」


 昨日はなんだかんだで良い奴だと思ったけど、とんだ勘違いだったよ。

 チャラ男は滅べ、お前は領主に会うまでのビジネスパートナーだ。

 それ以降はラメンタさんとの仲も邪魔してやるよ、彼女のことは僕が守る。



「ダメです、見損ないました。それじゃあさようなら」


「待ってくれ、オレを見損なうのはいい、でもラメンタにプレゼントを贈ろうとしてるのは黙っててくれ!」


「は?」


 聞けばラメンタさんにお詫びのプレゼントを贈ろうと思っていて、デザインの意見が欲しかったのと、買い物に付き合って欲しかったそうだ。

 つまり、初めに僕が予想していたことで大体当たっていた。


 勘違い野郎は僕だった……



うずくってどうしたんだ!? どこか痛むのか!?」


「……いいえ、5分……いや、3分で良いんでそっとしておいてください……」


 結局、悶えるような羞恥から復帰するまでに10分以上かかった。

 そしてまだダメージが残る心で話を続ける。

 アニマートさんとしては髪留めかブローチの贈り物を考えているそうだ。

 ささっとイメージを描いた彼に手招きされ、僕はカンバスを覗き込む。



「宝石入りは流石にオレの稼ぎじゃ買えないから、せめてデザインはイメージに近いものを贈りたいんだ。メルミーツェはこのデザインどう思う?」


 月桂樹の枝から伸びた五線譜が曲線を描くデザイン。

 深読みかもしれないが、ブローチの曲線はハートの半分に見えなくもない、ペアか?



「素敵なデザイン……僕はブローチのデザインの方が好きですね。

あと呼び方ですけど、ミーツェでいいです、そっちの方が慣れてるんですよ」


「そうか、ならオレもアニマでいい。敬語もいらない、いつかラメンタみたいに変な敬語になったら堪らないからな」


 アニマートさん、改め、アニマは歯を見せて笑う。

 思えば笑顔の彼を初めて見た、鬱屈とした表情よりずっと良い顔だ。



「うん、分かった。

じゃあ、話の続きね、もし宝石を入れるならどんなデザインになるの?」


「うーん……あまりイメージが固まってないな。買えないものを考えても虚しくなるしな……」


「忘れたの? 僕、商会をやってるんだよ? カラーガラスって言って宝石じゃないけど、安価でそっくりなモノだって用意できるんだから」


 アニマが描いたデザイン画さえあれば恐らく彼の望むモノを造れるはずだ。

 何故ならカラーガラスは拠点の力ぼくのちからで、銀細工は金属を含む鉱物全般を加工できる魔法の使い手、スフェンがいる。



「そ、そうなのか……? でもオーダーメイドは高くつくだろ?」


「全部ブラン商会うちでやるよ。ふふん、すごいでしょ~?」


「あぁ……! じゃあデザイン考えるからちょっと待ってくれ。

予算を変えやすいデザインにするからな!」


 正直、原価を割っていても作るつもりだ。

 なんなら無料タダでもいいけれど、それだときっとアニマが自信を持って”プレゼント”とは言えないだろう。


 僕はアトリエでカンバスに向き合う彼がデザインを描き上げるの待った。

 その間、彼の過去の作品を観たり、銃の手入れをしたりして過ごす。

 会話はなかったが、どことなくゆったりとした居心地の良さを感じる。

 ここに通っていたラメンタさんも同じ感覚だったのかもしれない。



「出来た、角度を変えて幾つか描いたけど、どうだ?」


「うん、多分作れるよ。石を入れたい箇所は色つけてくれたんだね。

ありがとう、分かり易いよ」


 初めのデザインに月桂樹の葉には水滴を思わせる青を、五線譜には明度の違う幾つかの緑を乗せている。

 緑系統は多分ラメンタさんの好きな色なのだろう、服やリボンに必ず緑が入っていた。


 彼女を想って作られたデザインを見ていると、不意に彼らの馴れ初めが気になってしまった。

 そもそもコントラバスの件だって、アトリエに運んですぐに描き始めたのも不自然だ。

 初めて会った人をモデルにして、角度を変えると見え方が変わる絵の構図なんてすぐに思い浮かべられるのか?



「ねぇ、聞いてもいい? ラメンタさんに会ったのって、あの楽器が捨てられた時が初めて?」


「その話知ってるのか……いや、違うよ」


「じゃあ、いつ?」


「アイツが芸術学校アカデミーに入学してすぐくらいだな。

新入生のオーケストラをたまたま観たんだよ。

少しだけバイオリンを齧ってたから分かったのかもしれないけど、アイツの演奏は周りと別物だったよ」


「やっぱりね。でも演奏は周りに合わせてたって言ってたよ?」


「あぁ、それも感じた。でも分かったんだ、ミーツェも感じたろ? アイツ、間違いなく天才だよ」


 アニマは丸イスに座ったまま天井を仰いだ、その表情は羨望や憧憬を帯びている。

 突出した才能をそのように思うのは理解できるが、そもそもアニマだって僕から言わせれば天才だ。



「アイツがマナ欠乏症になったことも噂で知ってた。

どうにかしてやりたかったのに声をかけられなくてさ。

でもアイツが楽器を置き去りにしようとしてたとき、声をかけなきゃ二度と会えなくなる気がして思い切って話しかけたんだ」


「その感覚は正しかったね、間違いなくラメンタさんの運命を変えたよ」


「だといいな」


「うんうん、運命的な出会いで両想いかぁ~、青春だねぇ」


「ち、違う! そんなんじゃないし、そんな歳でもない!」


「ほんとかなぁ~?」


 アニマの顔を覗き込むと目を泳がせて明らかに動揺している。

 そして今の僕はきっと随分とゲスい顔をしているはずだ。


 安全圏から眺める他人の恋愛は良いモノですなぁ、なんて思いながらニマニマしているとバサリと何かが落ちる音が聞こえた。



「せ、せんぱい? それにメルたん……な、なにやってるんすか……?」


 慌てて入口に振り向くと、バスケットを落とし、この世の終わりのような顔をしたラメンタさんが両手を口に当てて震えている。

 僕はすぐに理解した、彼女の位置からだとアニマの顔を覗き込む僕は彼にキスをしていたように見えただろう。



「ラメンタさん違うんです! 僕はアニマの顔を覗き込んだだけです! アニマ! ちゃんと説明して!!」


「あ、あだ名呼び……それにタメ口……アタシちゃんだってしたことないのに……」


 ヤバい、やってしまった、心からそう思った……



「メルたんと先輩のばかぁーーーー!!!!!!」


 走り去っていくラメンタさんの背中を僕たちは慌てて追いかけた。



 どうしてこういつも間が悪いんだろうねalmA。

 僕は浮かぶ多面体に跨り、これは呪いではないかと身震いした。

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