ep7.画家と音楽家5

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 獣の日 pm00:45


――アルテスタ 芸術学校アカデミー アトリエ寮内


 足の折れたイーゼルに崩れた作品たち、散乱した絵筆やペインティングナイフ、瓶の割れた画用液……自分でやっておきながら改めて部屋を見渡すと落ち込んでしまう。

 同族嫌悪から人に殴りかかるなんて、まるで癇癪を起した子供だ。



「ハァ……どうして僕ってこうなんだろうね……? almA」


 壊してしまったものと無事なものを選り分けていると、あることに気づいた。

 作品によって極端に作風が違う。

 同じ作者で時期や題材で作風が違うのは別に珍しくはないのだろうけれど、アニマートさんの絵の作風は綺麗に二分にぶんしているのだ。



 飛び出す前のラメンタさんも描きかけの絵を見て『らしくない』って言っていた。

 そうすると、こっちの聖堂っぽい絵が”らしくない”絵で、倒れてた風景画っぽい絵が本当に描きたい絵ってこと?


 気になって二つの絵を壁に立てかけて見比べる。

 聖堂の絵は奥行きもリアルに感じられる精巧な絵。

 一方風景画は一瞥いちべつでは全体を理解できず、色の塊のように観える。



「芸術ってよく分からないなぁ……」


 自身に美的センスがないことを再認識して、なんとも言えない気分で無意識に耳を触っていると、突然背後からの大きな音が響いた。

 肩をビクつかせ振り返ると、カラフルなコントラバスが真横に倒れている。

 きっとラメンタさんが”あれは自分”だと感じ、生きるきっかけになった楽器だ。



「あれ……? もしかして、コレって……」


 僕がいる場所から部屋の対角に倒れているコントラバスに描かれた絵を首を傾げたり戻したりしながら観る。

 すると肖像画であることが分かる、それも薄暗い部屋の中にあっても色鮮やかだ。

 僕はコレの画法を知っている。



筆触分割ひっしょくぶんかつだ……」


 前世の、それもまだ学生だった頃、とても素敵な美術の先生がいた。

 定年間近のおじいちゃん先生、話も大好きでよく雑学を交えて授業をしてくれ楽しかったのを覚えている。



 ――『絵具って混ぜるとどんどん黒に近づいてくんだ。それを嫌がった画家もいてね、じゃあどうしたかって言うと、そのままカンバスに色を乗せたんだよ。筆触分割ひっしょくぶんかつって言うんだけど……こう、ペタッペタッってね』



 そうだ、だからパッと見ただけだと何の絵なのか分からなかったんだ。

 先生、他になに話してったっけ……思い出せ。



 ――『これ、雑な絵に観えない? でもね、ちょっと離れて見てみな? あ~後ろの席の人は多分キレイに観えてると思うよ』



 立てかけた絵を観ながら後退る。

 どんどんと輪郭がぼやけて、代わりに鮮やかな色が浮き上がった。



 ――『おもしろいよね~。でも、当時の常識だったり、絵を買う人たちの流行りだったりもあって初めはウケなかったんだよ。それどころか割と酷評なんかもされたんだ、その人たちはこう呼ばれていたんだ……――』



「印象派…………」


 先生がデカデカと黒板に書いた文字を思い出す。

 アニマートさんが本当に描きたい絵が酷評された理由も前世の歴史と同じなのかもしれない。

 でもどうやって印象派が受け入れられたのか、どれだけ記憶を探っても思い出せない……



「クソっ……なんで肝心なところを忘れちゃってるんだよぉ……僕のバカ……」


 ……でもいいさ、前世の攻略法を覚えてなくたって手札の強さだけで乗り切れる。



 アニマートさんはラメンタさんの事を天才だと思っている。

 でも恐らくアニマートさんも天才だ、先進的な感覚、それにコントラバスを観れば分かる。

 楽器が倒れていなければ、この仕掛けギミックに気づけなかったと思う。

 ラメンタさんの言葉では彼は普段下書きをしないらしい。

 頭の中だけでを描いてアウトプットするなんて凡人にできるとは思えない。


 二人の天才、カードゲームに例えるなら初めからエースを2枚持った状況。

 よっぽどの下手を打たない限り負けることはないはずだ。


 ラメンタさんとアニマートさんの望みはこの先進的な絵が認められて、本当に描きたい絵を描けるようになること。

 僕の望みは領主に謁見して山脈に入ることの許可をもらうこと。

 その為に収穫祭までにアニマートさんの絵をプロモーションして、観衆の常識をひっくり返す。



 目標が明確になったね。

 異世界の芸術革命、やってやろうじゃん!!

 おー!!



「っんん!!」


 まだ散らかった部屋で一人拳を振り上げて意気込んでいた僕に咳払いで存在をアピールしたのはアニマートさん。

 いつの間にか部屋の入口にいたようで、隣にはラメンタさんもいる。

 関係の修復ができたようで良かったけれど、はしゃいでる姿を見られたのは恥ずかしい。

 それに、どうしてラメンタさんはモジモジしているのだろうか。

 アニマートさんも気まずそうだ、きっと聞くのは野暮なのだろう……



「メルたん何やってるの~? 取り合えずアタシちゃんも混ざってあげるー、『おー!!』こんな感じ?」


「恥ずかしいんで忘れてもらえます?」


「そのポーズのことはいいとして、何かあったのか?」


「あー……あの、アニマートさんの絵、見たんです。それで……――」


 …

 ……

 ………


 僕は二人に覚えている限りの印象派の歴史を語った。

 もちろん、前世のことは伏せて別の国での出来事として。


 アニマートさんは筆触分割ひっしょくぶんかつが既に確立されていた画法だったことに少し残念そうにしつつも、自分の感覚が間違っていなかったことの安堵の方が勝っているようだった。

 ラメンタさんはすっかりいつもの調子に戻り、『やっぱり先輩は凄いんだ』と大はしゃぎだ。

 僕はもしも今、コントラバスに描かれた仕掛けを知ったら興奮で倒れるだろうな、と苦笑してしまった。



「どうしたんだ? 何か下品な笑い顔だな?」


「殴りますよ……? 僕は空気が読める子だからバラさないだけです」


「え~なになに、なんかあったのー?」


 起こしたコントラバスには風景画が描かれている……

 でも横に倒すとそれは表情を変える。

 少しデフォルメされた肖像画、モデルはきっとラメンタさん。

 描かれた流れるようなピンクブラウンの髪がその証左だ。


 『もう付き合っちゃえよ』、そんな言葉を飲み込んで彼の絵を宣伝する方法を考えることにした。



 まぁ……僕も人の恋愛を後方で眺めるのは好きだよ。ね、almA。

 僕は浮かぶ多面体に寄りかかり腕組みをした。

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