ep6.画家と音楽家4
■後神暦 1325年 / 冬の月 / 獣の日 pm00:00
――アルテスタ
画家の先輩と険悪な邂逅から一夜明け、僕は
目的地はもちろん昨晩訪れたアトリエだ、今日は絶対に先輩に話をさせてやる。
「おーまーたーせー! いや~、毎回メルたん早いね~」
「僕にはalmAがいますからね、坂道だって楽々ですよー」
「その多面体の子だよね? いいな~、でも
「マジですか……」
確かにalmAは
almAは心配ないけど、むしろ攫おうとする子たちがいたら、そっちの方が心配だよ。
襲われたと誤認して自己防衛で発砲しなきゃいいけど……
「まぁ攫うは言い過ぎたけど、『モデルになって~』って迫られるかもよ。だから目立たないようにいこー!」
「はい、分かりました。almA、僕から離れないでね」
ラメンタさんの忠告を受けて、正門は避けて昨晩と同じく守衛門からアトリエに向かった。
想像通り、昼間の
よく手入れがされた花壇が並ぶ通りを抜け、よく分からない造形のアーチをくぐり、よく街でも見るような石造りの建物まで辿り着いた。
昨日は少しがっかりだと感じたが、華美なものばかり見た後だと逆に落ち着くかもしれない。
「たぶん先輩は泊まり込みだったと思うから今も居ると思うよ~」
「居なかったらどうするんですか?」
「もちろん待つよ、待ち伏せだよ」
「えぇ……」
施錠はされていないんだ……それでいいの?
まぁ……学校だし、入り込んでどうこうしようとする
実際に入り込んで待ち伏せをしようとしている自分たちのことは棚にあげて、僕たちはラメンタさんの先輩のアトリエ、建物の角部屋へと向かった。
「せんぱ~い、入るっすよ~!!」
「いや、その前に扉開けたら意味なくないですか……?」
このやり取り、昨日もやったな……
ラメンタさんの言っていたように、先輩は部屋に居た。
これも昨晩と同じで、こちらに見向きもせずに絵を睨んでいる。
次の言葉も予想できた。
「帰れ」
知ってた。
でも今日は引き下がってやんないんだからね。
「嫌です」
「そうっすよ、せんぱーい。煮詰まってるんじゃないっすか~?」
「……うるさい、集中できないだろ。邪魔だ」
彼も流石に今度はこちらを向いてハッキリと拒否の意志を伝えてきた。
髪で顔が隠れて気づかなかったが、かなりイラついているようだ。
ただ、それは僕たちにと言うよりはもっと別の、例えば目の前の絵に向けられているように感じる。
「そんなこと言って~、全然進んでないんじゃないっすかー? ほら、下書きしてる~。普段の先輩ならそんなことしないってアタシちゃん知ってんすからねー?」
おぉう、グイグイいくな。
ラメンタさんって、先輩に対しては結構ウザ絡みしにいくんだね。
先輩へ駆け寄って覗き込むように彼と絵を交互に見るラメンタさん。
無いはずの尻尾をブンブン振っているのが僕には見えそうなくらい甘々だ……
「うるさい……オレに構うな……」
「もー怒んないでくださいよ~。それにコレ、先輩の描きたい絵じゃないっすよねー? らしくないっすよ~」
「……ッ!! ふざけるな!! 自分の演奏で食ってける奴の嫌味か!?」
「え? ちょ、せんぱい?」
ラメンタさんの言葉がよほど刺さったのか彼女の先輩は突然激昂した。
まさかここまで彼が感情的になると思っていなかったであろうラメンタさんも後退りをして
「お前はいいよな!? 病気になって孤立して!! それでも才能だけで立て直せるんだからな!!」
「ち、違いますよ……アタシちゃんは先輩のお陰で……」
「ちょっと! 言い過ぎですって!!」
「大体お前は誰だ!? 余計なことに首を突っ込んでくるな!!」
「は? メルミーツェ=ブランって昨日自己紹介しましたけど!?」
彼がどうしてここまで怒るのかは分からない。
でもどうにも八つ当たりにしか見えない。
それにラメンタさんの努力を『才能だけ』と言い放ち、彼女の想いまで
その後も僕は彼と言い争いを続けた。
しかし、言い負かせてやろうと終始したことがいけなかった。
彼の口から『病気』や『孤立』とラメンタさんが傷つく言葉を何度も言わせてしまった。
気づけば彼女は涙を浮かべ、それが流れてしまわないよう必死に我慢をしている。
「……先輩、ごめんなさい。アタシ、そんなつもりじゃなかったんです」
「あ……ラメンタさん…………」
ラメンタさんはアトリエから走り去っていってしまった。
彼女の口調が変わっていることに気づいた目の前の男は一瞬、『しまった』といった態度をとったが、またすぐに絵に向き合う。
僕にはもうそれが我慢できなかった。
ゆっくりと彼に近づき――
「……おい…………」
「…………?」
――!!!!
殴ってしまった。
イスに座り、声をかけられて振り向いた無防備な彼を力いっぱいに。
分かってる、僕だってこの男を言いくるめることばかり考えてた。
ラメンタさんに配慮していなかった加害者だってことは分かってる。
そして今気づいたよ、どうしてこんなに
昔の自分に似てるんだ、何からかは知らないけれど
「起きろよ……」
数歩歩き、画材や作品が崩れた中へ手を突っ込み、男を胸ぐらを掴んで引き起こす。
怒りに任せて顔を近づけると、うめき声が聴こえ、ここでようやく冷静になった。
―僕は何をしようとしたんだ……?
我に返って、今更彼が死んでいないことに心底安心した。
あれだけ思い切り殴っておいて、だ……
僕はつくづく身勝手で小心者なんだと嫌気が差す。
「…………」
――”
以前、僕を助けてくれたスキルで彼を癒す。
魔狼に抉られた傷でも再生させた信頼できるスキルだ。
意識が戻った彼をイスに座らせて先ずは謝罪した。
「……手を出してごめんなさい、大人げなかったです」
「大人って……まだ子供だろう? オレも悪かったよ」
彼も冷静になっている、今ならお互い話ができるだろう。
でもその前に彼にはラメンタさんを追ってもらいたい。
心の傷は時間が経てば経つほど、どんどんと広がることを前世で嫌と言うほど知っている。
そして彼女の傷を塞げるのは目の前の先輩ただ一人だ。
「あの……ラメンタさんを追いかけてもらえませんか、そして謝って欲しいです。
もちろん僕も謝ります、でも今必要なのは先輩さんの言葉だと思うんです」
「アニマートだ。そうだな……行ってくる。アイツには本当に酷い事を言った」
「それもラメンタさんに言ってあげてください、お願いします」
先輩、アニマートさんはラメンタさんを探しにアトリエから出ていった。
彼女が戻ったら僕も謝るとして、今はぐちゃぐちゃにしてしまった作品で無事なものを元の位置に戻そう。
あぁ……やっちゃった……情けないよalmA。
僕は浮かぶ多面体に泣きつきたい気持ちを抑えて作業に入った。
【アトリエから立ち去るラメンタ イメージ】
https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093074340749382
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