ep5.画家と音楽家3

■後神暦 1325年 / 冬の月 / 星の日 pm09:00


――アルテスタ 芸術学校アカデミー アトリエ前


 夜のベンチに二人と1機、前段である病気の話が終わり、ラメンタさんが先輩に肩入れをする理由を話し出す。



「えっとぉ……どこから話すのが良いかなぁ……

まず、先輩に協力したい理由はね、恩返しをしたいんだ」


「恩返し、ですか」


「うん……あ、それと先輩なんだけど、昔は人を遠ざけるような人じゃなかったんだよ」


「本当ですか……? とてもそうには見えなかったです」


「そう思っちゃうよねぇ〜、でも本当だよ。

あまり人と群れないのは今と変わらないけど、優しくて話しても明るい人だったんだ~」


 アトリエでの態度を見てしまうと、『優しくて明るい』なんて想像が出来ない。

 先ほどの病気の話の反応で思ったが、ラメンタさんは先輩が好きなんだろう。

 色眼鏡で見ている、なんてことはないだろうか?



「今のくら~い感じはむしろ昔のアタシちゃんにそっくり」


「いや、そっちの方が信じられないんですけど……」


「きゃはは、これも本当なんだよ~。 アタシちゃんって昔はもっさくて、くら~い女の子だったんだよ~」


「失礼かもしれませんけど、どうして今は正反対の性格になったんですか?」


「先輩のお陰かなぁ~……」


 そう言ってラメンタさんは少しだけ伏し目になる。

 切ないような、大切な思い出を抱きしめるような、複雑な表情。

 それは先輩を想う気持ちがありありと伝わってきて、何だか僕まで恥ずかしくなった。



「アタシちゃんね、昔はバイオリン奏者じゃなかったんだ。

コントラバスって知ってる? バイオリンを大きくしたようなチェロって楽器があるんだけど、それよりももっとおっきい楽器なの」


「ウッドベースのことですよね?」


「そうそう、知ってたんだねぇ~。

低音でオーケストラの下支えをする楽器、バイオリンみたいに華やかな中心にはなれない、そんな楽器……。昔のアタシちゃんそのものだったんだ」


「オーケストラは詳しくないですけど、僕の知ってる音楽ではリズムを構成する楽器は絶対必要なポジションでしたよ」


「へへへ、ありがとう……」


 言葉とは裏腹にラメンタさんの表情は憂いを帯びる。

 つい先ほどまでは昔は暗い性格だったと言われても信じられなかった。

 しかし、彼女がコントラバスの話をするときの顔は、本当にそうだったのかもしれないと思わせる。



「アタシちゃんって没個性だったけど、人に合わせるのは得意だったんだ~。

だから孤立することはなかったの。でもね、病気だって分かってからは全部変わっちゃったんだ」


 ラメンタさんが話では、アルテスタの北、冬の地域でマナ欠乏症の検査方法が確立されて3年前、彼女がまだ学生のときに芸術学校アカデミーでも実施されたそうだ。

 結果は今の状況で判る通り陽性、そうして一気に周囲から孤立してしまったらしい。



「独りになるのがすっごい怖くてさ、頑張ってたんだよ? それが一瞬で崩れちゃって……それに治らない病気でしょ? もう本当に全部がイヤになっちゃったんだよね」


「そこで先輩が助けてくれたんですか?」


「うん。病気になって独りぼっちで、もういいやって思ったんだ~。

それで楽器も捨てて死んじゃおうって思って、このベンチにコントラバスアタシを捨てたの」


 首筋がピリついた。

 自分がもしも、多感な時期に同じ境遇になったらどうするだろう?

 極端な選択を肯定するつもりはないけれど、それでも共感はできてしまう。



「そしたら先輩に『いらないなら貰ってもいいか?』って声をかけられてね。

あのアトリエに運んで代わりにバイオリンを貰ったんだ」


「先輩ってバイオリン弾くんですね。似合わない……」


「きゃはは、辛辣! 子供のときに辞めたらしいんだけどね。

だからアタシちゃんが貰ったバイオリンも4/4フルサイズじゃなくて少し小さいんだよ」


 言われてみればラメンタさんのバイオリンは僕が知ってるものより一回り小さい。



「先輩ね、コントラバスの表面をガリガリ削ってそこに絵を描き始めたんだよ。

新しい表現がしたいって言って。

いきなり過ぎて固まっちゃったんだ、でも色が乗っていくコントラバスを見てたらアタシちゃんも変われるかもって思えてさ。

それで死んじゃおうって思う気持ちがなくなったんだよ」


「それが恩、ですか」


「そう。病気のことを話しても先輩の態度は変わらなかったんだ~。

そこから先輩の卒業までずっとアトリエに通ったの。

ちっちゃいサイズのバイオリンの練習したり、先輩の題材探しについて行ったり、楽しかったな~」


 ラメンタさんが先輩の力になりたい理由は分った、それは納得できる。

 でも肝心の先輩の何を助けて力になれば良いのか分からない。

 実際、そこまで手が足りないようには見えなかった。

 描いていた絵のサイズだって別段大きくはない。

 それに何で『優しくて明るい』性格があんなにひん曲がったのかも全然分からない。


 我ながら短絡的だと思うけど、僕はそのまま彼女に疑問を投げてみた。



「話してくださってありがとうございます。僕は何を協力すれば良いんでしょうか?」


「えっとね、先輩の絵って鮮やかですっごい綺麗なの。

でも周りにはあまり認められてないんだ、『未完成品』だなんて言われたんだよ? だから頭の固い評論家気取りの人じゃなく、メルたんみたいに街の外から来た人の意見を聞きたかったんだー。

メルたんって商会をやってるじゃない? アルテスタの外の文化をたくさん見てきたのかな、なんて思ってさ」


「未完成品だなんて酷い……僕、先輩の態度は嫌いですけど、人の頑張りを否定する人はもっと嫌いです」


「きゃはは、直球! でもそうだね。先輩、すっごく考えて描いたのに酷いよね」


「先輩は周りの評価のせいであんなに擦れた性格になったんですか?」


「ん~多分。話してくれないから分かんないけど、アタシちゃんはそうだと思ってるよ。先輩の見えてる景色が周りの人と違うと思うの。

認められないってより、自分の感覚を否定されてる気分なんじゃないかな~」


 ラメンタさんの性格からして、いくら先輩が好きでも”質の悪いものを良いとは言わない”と思う。

 少なくとも先輩の話をする彼女は裏表がないように感じる。

 これでもし裏があったらバベルの百戦錬磨……カプリスさんを超えている。

 それは多分あり得ない、あってたまるか。



「分かりました。また明日、アトリエに行きましょう」


「うん! 今日はもう遅いしね。ありがとう、メルたん!」


 ベンチから立ち上がり、僕たちは来た道を戻り始めた。

 初めは感情的になってしまったけれど、超絶技巧のバイオリニストが評価する絵に興味も湧いてきた。

 難儀な先輩の性格は僕に秘策あり、だ。


 ふふふ……拠点の力チートを持つブラン商会をナメるなよ。

 クリスマス前の子供のように物で釣ってやるからな……待ってろ先輩……



 帰ったらさっそく色々と作ってみよねalmA。

 僕はラメンタさんを背負って浮かぶ多面体で一気に街へと戻った。


【アニマート イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093074272739590

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