第262話 節分

 2月3日。火曜日。

 海愛と彩香とサラの三人は、帰りのホームルームが終わると急いで学校を出た。


 下校の途中でスーパーに寄り、豆まき用の豆と恵方巻、それに惣菜をいくつか購入してから海愛の家に向かう。

 スーパーでの買い物に思ったより時間がかかったため、家に着いた頃にはだいぶ薄暗くなってしまっていた。


「オ〜ここが海愛サンのご自宅デスカ〜」


 家に入るなり、キョロキョロと周囲を見回すサラ。海愛の家には世界各国の置物や調度品などがあるため、初めて訪れた人はどうしても家の中に置いてある物が気になってしまうのだ。


「……サラ! リビングはこっちだよ。ちょっと早いけど先に夕食を済ませちゃおっか!」


 彩香が物珍しそうに家の中を見回しているサラに声をかける。


「あ……ハイ! 今行きマス!」


 呼ばれたサラは海愛たちの待つリビングへ。

 ひとまず三人はスクールバッグを床に置くと、制服のままリビングに置いてあるイスに座ることにした。


 それからスーパーで買ってきた惣菜をレンジで温め、簡単に夕食を済ませる三人。

 今日はこの後、福豆と恵方巻も食べる予定なので夕食は普段よりも少なめだ。


 その後、宿題をしたり雑談を楽しんだりしながら夜になるのを待つ。

 一緒に過ごしていると時間が経つのはあっという間で、気づけば外は真っ暗になっていた。


「さてと……夜になったことだし、そろそろ豆まきを始めよっか!」


 彩香が買ってきた豆の袋を開けて、3つの枡に均等になるように移す。


「豆の香りがしますネ……これを撒くのデスカ……」


 サラが枡を両手で持ち、豆をまじまじと見つめながらつぶやいた。

 海愛と彩香もそれぞれひとつずつ豆の入った枡を手に持つ。


「リビングの中なら好きに撒いていいからね。ただ……後片付けが大変になっちゃうからリビング以外の部屋に撒かないでほしいかな」


 二人に忠告しながら、海愛がリビングの窓を開ける。

 2月の寒風が吹き込んでくるが、部屋の中は暖房で暖められているため、そこまで寒いとは感じなかった。


「デハ、さっそく撒きマショウカ……」


 サラが豆を何粒かつかむ。

 そして、それを部屋の中で撒き始めた。


「オニはソト〜! オニはソト〜!」


 子どものようにはしゃぎなら豆を撒くサラ。その態度や表情から初めての節分を心から楽しんでいるのが伝わってきた。


「……楽しそうだね、サラ」


「そうだね……あたしたちも撒こうか」


「うん!」


 海愛と彩香も童心にかえって「鬼は外〜」と言いながら豆を撒く。

 

 そうして半分ほど撒いたところで窓を閉め、今度は「福は内〜」と言いながら豆を撒き始めた。


「アハハ! フクはウチ〜! フクはウチ〜!」


 サラは海愛や彩香以上にノリノリで豆を撒いている。これだけ楽しそうに撒いているなら、本当に福を招いてくれそうだ。


 それからしばらくの間、三人は夢中になって豆を撒き続けるのだった。


 そして枡の中が空になった頃。


「ふ〜楽しかったデス……」


 サラが満足げな表情で再びリビングのイスに腰を下ろした。

 海愛と彩香もそれぞれイスに座る。

 これにて豆まきは終了だ。


「久しぶりの豆まきだったけど、あたしも楽しかったよ」


「うん! いい思い出になった気がするよ……」


 豆の散らばった床を眺めながら二人がつぶやく。

 ごく普通の豆まきだが、友だちと一緒だったおかげか想像以上に楽しめたような気がしていた。


「……ところで何で節分に豆を撒くのデショウカ?」


 サラが何気なく豆まきに関する疑問を口にする。

 

 その疑問に答えたのは彩香だった。


「それはね……豆には魔を滅ぼす力があると昔は信じられていたからだよ」


「……そうなのデスカ?」


「うん。他にもイワシの頭や柊の葉も鬼を追い払う力があると言われてるね。昔の人は季節の変わり目には良くないものがやって来ると信じていたから、その季節に変わり目に神聖な豆を投げて邪気を払ったり、イワシの頭を柊の枝に刺したものを玄関に飾って魔除けにしたってわけ。だから、本来節分は年に四回行うイベントなんだ」


「セツブンって年に四回も行うものだったのデスカ……」


「立春に一回、立夏に一回、立秋に一回、立冬に一回ね。今では立春だけに行うイベントになっちゃったけど……だからこそ年に一度の節分は無病息災を願って真面目に行うべきかもね」


「さすが彩香サン……歴史に詳しいデス……」


 尊敬の眼差しで彩香を見つめるサラ。以前から興味のあった節分について詳しく知ることができて嬉しいのだろう。


「……それじゃ、そろそろ福豆と恵方巻を食べようか。地域によってはけんちん汁や節分そばを食べたりするみたいだけど……今回は用意できなかったから福豆と恵方巻だけね」


「じゃあ私、準備するね」


 そう言って、海愛がイスから立ち上がり、大皿を三枚持って戻ってくる。

 そして、その皿に恵方巻をひとつずつ載せた。


「……まずは福豆から食べよっか! みんな手を出して!」


 食用に残しておいた福豆の袋を開け、彩香が年齢にプラス1した数だけ豆を配る。


「……これが魔を滅ぼす豆デスカ……」


 興味深そうに17粒の豆を見つめるサラ。


「念のため数が合ってるか確認しておいてね」


「数は大丈夫そう……それじゃあさっそく……」


 福豆を3粒ほどまとめて口に入れる海愛。

 彩香とサラも同様に福豆を口に入れた。

 ぽりぽりと豆を噛む音だけが周囲に響く。

 17粒の福豆はあっという間になくなった。


「全部食べ終わっちゃいマシタ……」


「次は恵方巻だね。今年の恵方は南南東らしいよ」


 彩香が恵方巻を両手で持ち、南南東の方を向く。


「恵方とは何デスカ?」


 サラが再び疑問を口にした。


 またもや彩香が疑問に答える。


「福徳を司ると言われている神様・歳徳神としとくじんのいる方角のことだよ。この方角は毎年変わって、今年は南南東が恵方なんだ。……もっとも、“恵方”は『東北東』『南南東』『西南西』『北北西』のいずれかなんだけどね。その恵方を向いて一本食べきるのが正しい作法と言われてる。食べてる途中に声を出したり、恵方巻を口から離すのはNGだから気をつけてね」


「ナルホド……作法があるのデスネ」


「ちなみに恵方巻には七種類の具材が巻かれていて、これは七福神をイメージしているんだって。だから一本食べきれば何かいいことが起きるかもよ」


「……なんと! 七福神は聞いたことがありマス! ニッポンに伝わる福徳の神様ですヨネ? そんなに縁起の良い食べ物なら、絶対に完食しなくては……」


 さっそく彩香と同じ南南東を向き、恵方巻を口に咥えるサラ。

 海愛も同様に南南東を向いて、恵方巻を咥える。

 

 そして今年一年の幸福を願って、三人は無言で恵方巻を食べ始めるのだった。




 

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