はやりか

 二人が逢瀬を続け、幾日か過ぎたとある宵。直之進の寝所を訪れた凪の顔は、物憂げに染まっていた。

「どうした。浮かぬ顔をしておるが」

 直之進が尋ねると、凪はさめざめと語る。数年前より村々で神隠しが起きていること。年若い娘ばかりが行方をくらますこと。そして過日、凪の住まう川戸村でも少女が一人失踪したこと。それが天狗の仕業であるとまことしやかに囁かれていること。

「再び天狗がかどわかしにくるのではないかと……。わたくしは、怖くて、不安でたまらないのです……」

「天狗など俺が切り捨ててやろう」

 直之進は冗談めかしてのたまうと、枕元に備えていた太刀をすらりと抜いた。質実なこしらえ、銀着せのはばき、美しく浮かび上がる刃文。仄明るい部屋にあっても鋭刃は青白く光る。しかし眺め入ると、わずかながら点々と深い錆が飛んでいた。この太刀が飾りではなく、実践に用いられた証だ。さりとて太平の世にあって、いったい何を斬るというのか。

「直之進さまは、あやかしを斬ったことがあるのですか?」

 太刀に目を奪われた凪が問いかけると、直之進はまるでそれが滑稽なことであるかのように笑い飛ばし否定した。

 凪は重ねて問う。今度は、探るような視線を向けて。

「では、人を斬ったことは……?」

 心の奥底を見透かさんばかりの瞳に、一瞬、直之進の顔から表情が抜け落ちる。が、すぐに取り繕い口角を上げた。

可笑おかしなことを申すな。あるわけが無かろう」

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