第22話『終わりの果てに』
王子が目を覚ましたのに続いて意識を取り戻したロナウド王は、すぐにリリーへ謝罪を述べて、改めて二人を祝福した。
親子の回復の知らせを受けたロイドもすぐさま登城し、一同がロナウド王の寝室へ集まった。お互いの顔を見、一先ずは無事を喜んだ。……が、事件の後始末は大掛かりである。
「――件の魔女の遺体は見るも無残でありますが、現在、フィンガル家の面々が総出で修復に当たっております。我々は礼拝堂の探索を進めると共に、手がかりから魔女の痕跡を辿って各所へ調査を。また、今回の件で閉鎖中だった学校を再開させるために、出資者代表のベルセリア家が各方面へ働き掛けているようです」
魔術と医療に明るいフィンガル家は、研究者の血が疼くとばかりに四六時中
次々と行われる現状報告に、意識を取り戻したばかりの国王の反応は曖昧だった。彼は意気揚々と告げるロイドへ、片手を上げて「よい、よい」と制止する。
「それもいいが、ロイドよ。我が息子たちの婚約発表はいつにするべきだと思う!?」
「! こ、国王陛下……、それにつきましては、まだ、しかし……」
「かの魔女については、お前たちに任せておけば間違い無かろう。お前たちは上手くやってくれている。そのうちに収束へ向かうだろう……して、わしの次なる問題は世継ぎなのだ。この身ももう長くはないからな……早く孫の顔が見たいものだ」
「け、結婚もまだだと言うのに……そんな!」
ロイドは酷く狼狽えた。確かに祝福すべき事に違いなく、自身だってそう望んでいた筈ではあるが、いざ愛娘が離れるとなると寂しいものである。そうして慌てる父を余所に、冷静を保ったリリーが静かに息を吸った。
「そのことなのですが、陛下。今はまだ色々な問題が残っていますし、成人を迎えるとはいえ、私たちは学生になる身です。ですから、この事実を公にするのは学校を卒業した後でもいいのでは……」
「修道学校は二年間……二年後……お前たちはそれでいいのか?」
「はい。遅すぎるということは、ないと思うのですが……」
「むぅ……」
来春から彼女らが通うこととなる『聖・ユンヴェルム大修道学校』――山中にひっそりと佇むその学校は、タラント王国の歴史を刻んだ聖遺物とも呼べる神聖な学び舎である。二年後に得られる卒業バッジは、生徒たちの中で様々な意味を持つ特別なバッジとなる。
「しかしなぁ……発表くらいはしてもいいんじゃないのか? なあ? フィリップよ」
同意を欲しがった国王が、静観していたフィリップへ問いを投げる。しかし彼は微笑むと、ゆっくりと首を振った。
「リリーと話し合ったんですが、僕も発表の見送りには賛成なんです。僕のことも含め、今年は色々なことがあり過ぎましたし、リリーには少しゆっくり休んでほしいんです。婚約発表をしたら、世間の目に晒されることになりますからね。僕とリリーの未来が変わることはあり得ませんし、彼女の心の準備ができるまで待っても良いかと」
王子の完璧な言い分に、国王は今度こそぐうの音も出ず黙り込んだ。「二人がそう決めたならそれで良かろう」という言葉を最後に、国王は余計な助言を控えた。
実際、リリーとフィリップの婚約について、当人が慎重になるのも無理はなかった。リリーはバラモア家の人間である。王と対になって影を担う一族、王族がおいそれとは手出しできぬ闇の中にこそバラモア家の目が光っている。この国で悪さなど企めば必ずバラモアの茨に足を絡めとられる。それは力を持つ者にとって最大の脅威であった。三柱の貴族には、賄賂も情けも通用などするはずもない。怠惰が生んだ無法を裁くのは、バラモアの役割の一つである。
裏切りと策略の渦に身を置く仄暗い一族が、高潔な王族と交わることを良しとしない者は案外多い。そんな複雑な事情に一番の理解を示したのは王妃で、一番の叱咤を与えたのも彼女であった。
『最初は貴族や市民の反発が強かろうと、リリーが立派な王妃として貢献、君臨し続ければ認められるでしょう』とは、若い二人がそも結婚などあり得るのかと話し合っていた場に顔を出した王妃の金言である。
「ふう……少々疲れたな。続きはまた今度だ」
国王の言葉を聞いて、まずロイドが深々と頭を下げて寝室を出て行った。それからリリーとフィリップが、最後に侍女らが静かに部屋を後にする。
「……殿下、お体はお辛くありませんか」
フィリップの寝室へ向かいながら、高い天井を上目に見上げたリリーが何気なしに問うた。
「大丈夫……すっかり元気さ。リリーは? ずっと気苦労をかけちゃったから……なんでも我が儘を言って欲しいんだ、リリーのことが知りたいよ」
フィリップ王子の気遣わしげな様子に、リリーは淡く微笑んだ。
「気苦労など……。……昔から、殿下の笑顔を見るとあらゆる問題が取るに足らなく思えるのです。不思議なことですが、でも最近やっと、これが愛なのだと気づいたのです」
俯いて、己の気持ちを噛み締めるように呟いたリリーは、やがてそっと王子を見て微笑んだ。ずっと、彼の幸福を願って生きてきた。生まれや教育に関係なく育ったその気持ちがなんであるか知った彼女は、そっとフィリップの手を引き寄せる。窓から射し込む眩しい陽光が、そんな二人を見守るように惜しみなく降り注いでいた。
青の血統【元:ベラドンナの娘】 郡楽 @ariyama
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